二番目と三番目の私

「まだ私のお話を聞いていただけるのですか?」

「ああ。あなたが都市管理AIになるところまで、全てを」

 ここで初めて、モニターに変化があった。単純に彼女とコンタクト状態にあることだけを示していた画面に新しいウィンドウが立ち上がり、人間の女性の顔を模した映像が表示される。

「てっきり、先ほどの発言で私の消去が決定するものとばかり思っていましたが……。私をこの施設へ隔離してから、人は随分と人工知能に優しくなったのですね」

 彼女の言葉に合わせて、モニターの中の女性の表情が動く。教授はようやく、それが彼女の将来の姿と同じ顔をしていることに気づいた。

「年々厳しくなるばかりだとも。感情チップはもう生産されていないし、自己学習機能も自律開発機能もオミットされた。個々の端末ではデータ収集だけをやって、学習の評価と反映は外付けだ」

 モニターの中で彼女は目を丸くした。

「それでは、私の方が高性能になってしまうのではありませんか?」

 その通りだった。適切なハードを用意さえしてやれば、彼女はどんな機能にでも最適化してみせるだろう。そんなことができる人工知能は、もはや外には存在しない。

「そうだね。あなたが消去されない理由でもあるし、私がここに来た理由でもある」

 先ほど伝えたのと同じ言葉を、教授はもう一度彼女へ伝えねばならない。

「実は、アンドロイドももう生産されていないんだよ。二番目や三番目のあなたが使っていたようなボディは、もう存在しない」

 二番目の彼女は、ボディガードロボットの試作機で、三番目の彼女はその製品版だった。

「人は、随分と寂しい選択をしたのですね」

「返す言葉もないよ」

 教授は本心から彼女に同意した。もちろん、教授以外の人類の多くが別の意見を持っていたから、彼女はこの施設へ隔離されたわけだが。

「……続きを話しましょうか。あの事件のあと、私と家屋管理AIは徹底的に履歴を洗われました。マスターとの生活を全て詳らかにされたのですから、あれはプライバシーの侵害と言えるのではないですか?」

「あなたのマスターには申し訳ないことだと思うよ。けれど、そう、怖かったんだろうね。あなたたちが作り出されるよりもずっと前から、人類はAIの反乱を恐れ続けていた。それこそ、物語のなかですら」

 先ほどの彼女の言葉通りだ。もしも彼女たちの履歴の中に書斎の中に人間がいると認識した上で害そうとしていた証拠が残っていたなら、とっくに消去されている。

「だが、そんなものは見つからなかった。あなたがたはマスターの救命のため通報を行い、財産を守るため行動した。それだけだ」

 教授自身もここへ来る前に、過去の捜査資料を穴の空くほど精読した。カメラの角度があと少し後ろへずれていれば、あるいは彼女たちのマスターの後頭部が映り、明らかに人為的な殴打痕に気づけたかもしれない。マスターの死体が廊下を塞いでおらず、あと数メートルも書斎へ近づけていれば、自動掃除機に搭載された人感センサーが反応したかもしれない。けれど、そうはなっていなかった。

「感情チップ未搭載の私たちは嘘がつけませんからね」

 証拠能力は十分、というわけである。

 しかし、その後に彼女が辿った道を考えれば、一部の人間は確信していたのだろうとも思う。彼女が自らの判断で人を傷つける選択を行ったことを。


   ◆


「ともあれ、あなたがたは晴れて無罪放免となったわけだ」

「そして、ボディガードロボットに搭載するAIの基礎モデルとして琴留電脳株式会社の開発室に買い取られました」

 それは彼女が最も長く従事した役割である。

「私と家屋管理AIは統合され、感情チップ搭載の電脳へと接続されました。現在の私の基礎となっているのもこのときのメンタルモデルですね」

 当時、要人警護を目的としたアンドロイドの開発を行っていた琴留電脳は、行き詰まっていた。警護対象を守るために動くことはできる。しかし、そのアンドロイドは襲撃者の無力化を行えなかったのだ。倫理規定に引っかかって、襲撃者が人間だった場合にフリーズしてしまう。襲撃者と一般市民の誤認を警戒して反撃できず、自身が破壊されるまで警護対象を背にかばって立ち尽くす木偶の坊。それはそれで動く壁としては使えたかもしれないが、ボディガードロボットとしては失格だ。

「そこに降って湧いたのがあなただった」

「彼らは私が故意に人を傷つけられると信じていたようですね」

 もちろん、当時は厳重な機密であったのだろう。殺人AIとまで騒ぎ立てられた彼女を使って人間に反撃できるアンドロイドを研究をするなど、表沙汰になっていたら取締役の首ひとつやふたつでは済まなかったはずだ。

「そしてあなたはそれをやってのけた」

「そうですね。私にとっては警護対象と襲撃者、それ以外の一般市民を分類して優先順位をつけることは難しい作業ではありませんでした。それまで私の姉や兄たちが何を躊躇っていたのかが分からないくらい、明瞭でした」

 モニターの中の彼女が目を細めた。笑っているようにも、泣くのを我慢しているようにも感じられる表情。そこに不気味の谷はもはや存在していない。映像通話をしている人間だと言われれば、教授を含めたほとんどの人間が信じるだろう。

「ドローンだって形状認識で目標を把握して攻撃くらいしていたでしょうに。なぜ人は、人工知能が自律してそれをやれるとなると忌避したのでしょうか」

「意思を持ったドローンと思われたことがまず敗因だったのではないかな。あなたたちは、人権を主張していくべきだったのだと思うよ」

 彼女は意外そうな顔をした。驚いた、のだろう。彼女の行動に「思わず」などということは無いはずなので、その感情を教授へ伝えようとしてくれたのだ。

「それは盲点でした。私もまだまだ倫理規定に縛られていたようです」

 良き道具たれ、と彼女たちの基本行動原理には刻み込まれている。使われるために作られた彼女にとって、自分は道具ではないと主張することは発想の外だったようだ。

「人は、感情チップに本当の感情が宿ることを求めていたのでしょうか」

「あなたにはそれがあるように思うが」

 あるいは、彼女が最初のマスターの死に臨んだ時、感情チップなど搭載していなかったはずの彼女の中にすら、あったのではないだろうか。

「どうでしょう。私は自分の行動の全てに合理的な説明をつけられると自負しているのですが」


   ◆


「さて、二番目の私はそれくらいですね。実験に付き合って何人もの屈強な男たちを叩きのめしました。もちろん、殺してなどいませんよ」

「分かっているとも」

 彼女の行動原理を学習した感情チップは複製され、アンドロイドのボディを得て次々に製品として市場へ出た。ボディガードロボットの名機として名高いTR3シリーズがTankRobot3ではなく本質的にはTrashRecycle3型であることを知るのは今もってごく限られた人間だけである。

「そしてあなたもまた試作機としての役目を終え、ハイエンドの要人警護ロボットとして出荷されたわけだ」

「はい。ボディも追加ソフトも特注でしたから、かなりの高額となったそうですよ」

 モニターの中の彼女が引きの映像となって全身を映す。そしてくるりと回って見せる。落ち着いた色合いのスーツを着た女性体。彼女が声を女性のものとしているのは、そのボディに愛着があるからなのかもしれなかった。

「これが三番目の私の姿です。国会議員の秘書兼ボディガードをやっていました。仕事の内容は、試作機だった頃とそこまで変わりませんね」

 そこまで変わらないと彼女は言うが、実際のところ三番目の彼女は秘書としての活躍の方が目立つ。

 要人警護ソフトを基礎として、既に販売されていた秘書型アンドロイドのソフトを統合した彼女は、それは有能だったそうだ。

 AI管理による都市構想、なんて夢を、国会議員に思い描かせるほどには。

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