口数の多い殺し屋 N&M

泡沫 希生

ノーマン&メアリ

 ノーマンが一息入れようと壁にもたれた瞬間、彼の目前に死体が降ってきた。背が低く痩せ気味な男の死体。その顔は醜く腫れ上がり、目を開いたまま絶命している。

 死体を一瞥してから、ノーマンは後ろの壁を見上げた。ここは裏路地にある廃屋の裏口で、がら空きになった二階の窓から死体は降ってきたようだ。死体の背にはクッションが括りつけられ、そのおかげか衝撃音は少し抑えられていた。


「おい、メアリ。合図くらいしろ。俺を殺す気か? クソ野郎の下敷きになるとこだったぜ」

「なれば良かったんじゃない? アンタ最近少し太ったし、いシェイプアップになったかも」

「お前が痩せすぎ痩せすぎってうるせぇから、少し肉をつけてやったんだろうが」


 二階の窓から顔を出したのは、服の上からでも体格が良いとわかる女。ノーマンと同じように、肌を出さず動きやすそうな黒い服を着ている。

 メアリは窓枠に手をかけると飛び降り、ノーマンの横に音もなく着地した。ノーマンは細いとはいえ背は高い。その彼と並んでも差はないほどメアリは体格が良く、力が強い。そのことを嫌になるくらい、ノーマンは良く知っている。


「どいつもこいつも骨がない奴らだった。アンタみたい」

「ハッ、お前が馬鹿力なだけだろ。ま、ともかく成功してよかった」


 頭脳派のノーマンと肉体派のメアリ。性格を含めて対照的だが、仕事の時は不思議と息が合う。今回も成功だった。


「ねぇノーマン。コイツを、人に見つかるようなとこに置けばいいんだっけ?」

「ああ。こいつらの仲間に見つかる前に、サツに見つかって廃屋を捜査してもらった方が都合がいんだとよ」


 二人はクッションをそこらに置き、協力して死体を持ち上げると、通りから見えるような位置に男を置いた。この男は襲撃した時の様子から察するに、標的のリーダー格で、残りの部下は廃屋内に放置してある。

 ある組織の隠し拠点の一つを潰してほしい、としか二人は聞いていない。それ以上聞く必要はないし、知りたいとも思わない。報酬さえ貰えればそれで構わないのだ。

 空を見れば、厚い雲に覆われた黒色が微かに陽光を帯びつつあった。


「これでいいだろ、近くの住民が起きる前にずらかるぞ」


 来た時と同じように、何の痕跡も残すことなく二人はひっそりと退散した。とは言っても、


「今回の分け前、ワタシが多めだよね?」

「なんでそうなる」

「アンタは今回ほぼ何もしてない。計画を考えただけ。動いたのはほとんどワタシ」

「仕事が成功したのは、計画を考えた俺の功績だろうが。フィフティ・フィフティだ」


 小声で交わされる二人の会話は、途絶えることがない。

 やがて、廃屋から少し離れた茂みに着くと、二人は隠しておいた鞄から上着を取り出し、血で汚れた服を隠すため身にまとった。手袋と頭につけていた布を外すと代わりに鞄に入れる。ノーマンの茶髪とメアリの金髪があらわになった。


「とりあえず、分け前については後で話そう。貰う前から話してたら、報酬がどっかへ行っちまいそうだ」

「相変わらず小心者だねぇ、アンタ。この稼業向いてない、今からでも転職したら?」

「確かに。サツにでもなって、怪力女を捕まえるのも悪くないかもな」


 ノーマンが笑い混じりに返すと、メアリは唇を尖らせ舌を鳴らした。肩まで伸びた金髪をいじり始める。力はともかく、口はノーマンの方が上なのだ。

 離れた場所に停めてある車に着くまで、二人の会話は途絶えなかった。どちらが運転して帰るのか揉めるまでが、仕事の時のお決まりだ。


 二人は今日もこうして帰路につき、報酬を手にすることになる。口数が多いことに目をつぶれば、成功率は高く良い仕事をしてくれる。そんな彼らを裏社会の者はこう呼ぶ。N&Mと。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

口数の多い殺し屋 N&M 泡沫 希生 @uta-hope

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ