母が訪ねてくる

夏伐

母が訪ねてくる


黒いスーツを着た男が家に訪ねてきた。


僕がしたことが知られたのかもしれない。


男はニヤリと笑い「埋めるのが浅いですよ」という。

仕方がないだろう。

家の裏にある山にはもう埋める所がない。それだけ続けてきたのだ。


項垂れて僕は彼を家に招き入れた。


この有り得ない状況に対処する為だったとは言え、僕のしたことは殺人である。

それにもう疲れていた。


ところが、男はとんでもないことを提案した。


「『今の』お母さんとお父さんには引っ越してもらい、あなたには今のまま処理をお願いいたします。手続きはこちらで行います」


「――は? 逮捕するのでは?」


「私は警察ではありませんよ。それにアレが警察に対処できると思っているんですか?」


男は不思議そうに僕を見つめる。


「アレは増殖します、大元の処分が終わるまであなたには協力していただきますが、よろしいですね」


「増殖……」


「毎日帰ってきてたでしょう」


「はい……」


僕はこのおかしな状況を理解してくれる人間がいたことに安堵して泣いてしまった。


「遺体の処分もこちらで致します。今までのも、これからのも……」



母が行方不明になった。

夕飯の買い物に行ったきり帰ってこなかった。


父は悩んでメンタルクリニックに通うようになった。


僕から見て父母は仲が良かったし、僕も素行が悪いというわけではない。


皆それぞれ尊重しあう良い関係だったと思う。

父母は時折「反抗期がないのが不満」と言っていたが、ないのだから仕方ない。


警察にも届けた。


周囲からは家庭不和が原因じゃないかと諭されたり、家族の理解が足りなかったのではと言われた。


一か月後――母は帰って来た。





翌日、久しぶりに家族そろっての朝食を食べていた。

こんな何気ない日常に感動した。



ピンポーン。



チャイムの音が響く。


父母を残し、僕は玄関の扉についているのぞき穴から外を見る。


――母がいた。


心配そうな顔をして玄関の前でそわそわしている。

僕は混乱しながらも玄関を開けた。


「母さん……?」


「ごめんごめん。なんか気づいたら朝でさぁ。荷物も全部無くしちゃった!」


カラカラと笑い、そのまま家に入ろうとする。


僕は引き留めようと。

とっさの事で止められず、ダイニングで朝食を取っていた父母と鉢合わせてしまった。


僕が後を追って部屋に飛び込むと、三人は混乱していた。


「だ、誰ですか?」


「あなたこそ誰なんです!」


父も僕も混乱しっぱなしで茫然としていた所で、母二人が取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。


爪を出して引っかきあい、青い血が流れる。


二人ともだ。


僕がそれを確認していた時、父は片方の母を止めに入っていた。


「――ぼうっとしてないでお前も母さんをとめろ!!」


父に怒鳴られ、母を押さえつけようとする。


女性でも大人の腕力で本気で抵抗されると辛い。


僕は必死になって母を止めていたが、バランスを崩して母を巻き込んで倒れてしまった。


――ゴツ……。


鈍い音がして母が動かなくなってしまった。


頭からドクドクと青黒い血が流れる。


父と父が止めていた母は僕を抱きしめた。

この母は先ほど一緒に食事していた母なのか、それとも帰ってきたばかりの母なのか分からなかった。


しばらくして、父と僕とで山に行って死んだ母を埋めた。


「人間の血は青くない。だからお前は人殺しじゃない」


父は自分に言い聞かせるように僕に言った。


もう一人の母も血は青かった。


「うん」


もうこのことは考えないようにしていたのだが……。


翌日も同じ時間に母が帰ってきた。


よく観察してみると帰ってきた母は顔が異様に青白い。

こいつも本物ではない。


僕は母を山に誘導し事故に見せかけて殺した。やはり血は青かった。


感情はどんどんマヒしていった。

父の為にも僕は母を一人で処分していくようになった。

分かってはいるんだろうが、父は何も知らない風を装うようになった。


母は毎日帰ってくる。


ピンポーン。


父も『もう一人の』母も引っ越した家には僕一人。


僕は訪ね人を家に招き入れる。


今、家には母がいる――。

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