第7話 復讐(最終話)
「同じ方法にしますか?」
迷っている私に気付いた万屋がそんなことを言ってきた。
驚いた。
それと同時に、「それだ」と私の心が応えた。
よくあるそうだ。犯人から受けた仕打ちをそのまま犯人に返すというスタイル。この男がどうやって姉を壊したのか、警察が教えてくれなかった方法を万屋は知っているらしい。私がお願いすると少し時間が欲しいといって万屋はその場を離れた。
姉を殺した男と、姉を殺された女だけが、ここにいた。
「なんでお姉ちゃんだったの」
しばらく無言で男を見下ろしていた私は返事のできない男に向かって質問していた。
接点と呼べる接点は同じ通学電車というくらいだと万屋は言っていた。だとしたら、なんで姉がターゲットにされたのかわからない。姉じゃなくてもよかったのに。
「お姉ちゃんの目を、耳を、鼻を、どうしたの」
永遠に失われてしまった姉の一部。
戦利品などという悍ましい結末ではなかったけども、この男が持っていったのでなければどこに行ったのだろう。取り返せるものなら取り返したかった。
「何人殺したの」
眼鏡の数だけ人を殺したのだろうか。
大学生という皮をかぶって、この男はいったい何人をその手に掛けたのだろうか。
「お姉ちゃんの――」
携帯の着信音が鳴った。
無機質な部屋に無機質な音が響く。
『もしもし、どこ行っているの? 早く帰ってきなさい。遅くなるんだったらタクシー使っていいから』
現実感のない目の前の光景とのギャップに、携帯から聞こえてくる母の声が遠くに感じられた。
「遅くならないように帰るから心配しないで」
一瞬、姉を殺した男が目の前にいると言いそうになるのを堪えると、驚くほど自然に嘘を口にしていた。男が笑ったような気がする。
それから二言三言話をして電話を切ると、万屋が戻ってきた。
用意されたのは犬だった。
一瞬どういうことかと不思議に思ったがすぐに、姉の最後の姿と『永遠に失われた』という言葉の意味を理解した。
姉はこの男のペットのエサにされたのだ。
今まで感じたことのない感情が沸騰したお湯のように沸きあがった。
「どこから」
私は万屋に聞きながら、改めてナイフを手に取った。
さっきは違和感しかなかったそれが妙に手になじんでいた。
右手でナイフを握り左手で刃先に触れると、金属の冷たさで立ち上ったマグマのような感情の爆発が酷く冷めていくのがわかった。
「最初は指だったらしい」
切り刻まれた順番を確認して、その通りに模倣する。指を切り落とし、鼻をそぎ、目玉をえぐり取って犬に与えた。一つだけ異なることといえば、男には胸がなかった。だから、その代わりのものを犬に食べさせた。
ナイフを男の体に突き刺すたびに、私もまた血を流していた。
心が壊れていくのがわかった。
まともな人間には人は殺せない。
人を殺すためには人であることを辞めなければならなかった。
復讐を選ばなかった両親は間違いなく正しかったと思う。
前に進むために選択したつもりの道は、前ではない場所に続いていた。
さっきの電話は私を引き戻すための最後の機会だったのかもしれないと、いまさらながらに思った。でも、私は……。
さっきまでの喧しさが嘘のように静かになった男の躯を前に私は立ち尽くしていた。私の手から万屋がナイフを取り上げた。
「家の近くまで送りましょう」
ずっと能面のように感情を見せなかった万屋の顔に表情が浮かんでいた。
それはとても嬉しそうに笑顔だった。
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あとがき
読了ありがとうございます。
書いててミステリーなのかホラーなのかそれさえもわからない作品でしたが、いかがだったでしょうか。
よくある話だと思いますが、少しでもゾクゾクした気分が味わえたのなら幸いです。
良かったら感想コメントなどお待ちしています。
万屋「唯野誰彼」 朝倉神社 @asakura-jinja
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