第十一章 王都ヴェスタファール(3)

 エリーズからの使いは、きっかり三日後にやって来た。

 封筒を宿に届けた郵便配達人は何も知らされていないらしく、偽の差出人名が書かれたそれをヴィオレッタに手渡し、受け取り署名を貰って次の配達先へ向かって去って行った。

 封筒を開けてみると、中からは女性が好みそうなかわいらしい花模様の便箋が一枚と、立派な、アイギス聖王国の正式な印の入った別の封筒が一つ。

 「こいつは…招待状だな」

 「招待状?」

 「王家主催の茶会や舞踏会の時に、招待客に配られる。貸してみろ」

封筒を受け取ると、ヴァイスは慣れた手つきで蜜蝋をはがし、中から折りたたまれた良質な厚紙を取り出した。

 優雅な飾り文字で記された催しの内容と、開催日時。招待客としてのヴァイス――ヴィンセントと、ヴィオレッタの名前。主催者は王妃ローザになっている。

 首を捻っていると、再び宿の部屋の扉が叩かれた。

 「お届け物です。ヴィオレッタさんに」

 「あっ、はい! …あれ? 手紙はもう届いたのに…」

 「出てくれ。多分、デカい箱が届く」

 「箱? ――」

扉を開けると、配達人が大きな箱をいくつも抱えて廊下に立っている。

 「失礼します。中に置かせてもらいますね」

 「えっ、…え?」

 「こちら、受け取りの署名を」

 「あ、はあ…」

 「では、失礼しまーす。」

配達人が去って行った後、ヴィオレッタは、ぽかんとして、積み上げられた荷物の山を見つめている。

 「どういうことなんですか、これ…」

 「夜会に出るための衣装一式だ。オレと、あんたのな」

 「へ? 夜会?」

 「エリーズからの伝言だ。ローザ王妃が主催する夜会への招待状を追加してもらった、と。開催日は明日の夜。開催場所は王宮の離れだ。オレたちは、正式な招待客として王宮入りすることになる」

そう言って彼は、招待状と一緒に入っていた、花模様の便箋をつまんで見せた。

 「しょ、正面から…ですか?!」

 「まあ、それが一番確実な方法だ。裏口からコソコソ侵入したところでつまみだされるだけだしな。曲がりなりにも王妃の招待客なら、いきなり追い出されることもない。とはいえ、あんたには少し…練習が必要だろうな」

腰を下ろしていた寝台の端から立ちあがると、おもむろに箱を開いた。中には男物と女物それぞれの、夜会用の服が入っている。

 「え、これ…まさか、エリーズさんが準備してくれたんですか」 

 「だろうな」

取り出したシャツとベストをざっと見て、彼は、それを脇へどけた。

 「オレの服の大きさは合ってるはずだ。問題はあんたのほうだな。一度着て長さを確認したほうがいい。あまり派手じゃないのを選んでくれてるようだ。部屋に戻って着てみろ」

 「は、はい…」

 「こっちのブーツと髪飾りも忘れるな。着たら戻って来てくれ。夜会の最低限のマナーを教えておく」

 「わかりました…。」

何やらとんでもないことになってきた、とヴィオレッタは思った。傭兵に混じって戦場に出たかと思えば、今度はドレスを着て貴族だらけの夜会に潜入する? だが考えてみれば、これから国王に謁見しようというのだから、そのくらい出来なければ話にならないのだろう。

 こんな上等のドレスを着るのは生まれて初めてだし、まして夜会なんて。

 (傭兵をやるより難しそう…。それにこの服、なんだかボタンが多いし、どうやって着ればいいんだろう…)

途方に暮れながらも、四苦八苦してなんとかドレスを着こみ、それほど踵は高くないブーツを履き、一緒に入っていた髪飾りを頭につけてみると、なんとなくちぐはぐだか、それなりには見られるようになった。

 「お待たせしま――」

ヴァイスの部屋のほうに戻った彼女は、思わず入り口で足を止め、ぽかんとなった。

 そこに立っているのは、どこからどう見ても立派な紳士だった。ぴんと背筋を伸ばし、白い手袋をはめ、タイをきっちり締めて髪を撫でつけてある。

 「何だその顔は。似合うだろう?」

にやりと笑った時、ようやく、いつものヴァイスらしさが出て、ヴィオレッタは少しほっとした。

 「吃驚しました。見違えちゃいましたよ」

 「そう言うあんたのほうは、微妙に垢ぬけないな。当日は、オレがあんたの同伴役になるんだ。もっとしゃんとしてもらわなきゃ困るぜ、お嬢様。」

 「うう…」

 「まずは髪型だな。ちょっとそこに座れ。オレもそれほど詳しくはないが、最近の流行りは三つ編みをこう、くるくるっと…」

寝台の端に座らされ、手鏡を持たされて、髪型の指導。

 「で、スカートの裾は、こうだ。立つときは両手を腰の前に置く。歩き方は、背筋を伸ばしてゆったりと…」

続いて歩き方、立ち居振る舞いと視線の運び方。

 「"ごきげんよう"なんて普通言わないからな。というより、身分が下の者から上の者に話しかける時はまずない。今回はオレたちが最下位だと思っておいたほうがいい。黙って隅っこにいること。ローザ王妃とは顔見知りだし、会場に居さえすれば王妃のほうから見つけてくれるはずだ。あんまりキョロキョロすんなよ」

 「はい――」

 「いつもの夜会なら、おそらく国王陛下は最初に少し顔を出して挨拶したらすぐ引っ込む。主催者の王妃も最初は招待客への挨拶周りだ。身分が上位の者から順繰りに回っていくから、オレたちのところは最後だろう。国王陛下に引き合わせてくれるなら、その時のはずだ」

 「じゃあ、それまで目立たないようにしてればいいんですね」

 「ああ。どうも今回の夜会は、若手貴族令嬢の社交界デビューのような集まりらしいから、あんたが多少ぎこちなくても、そうボロは出ないさ。オレもついてる」

 「頑張ります…。」

気は重かったが、なんとかやってみるしかない。

 一日かけて付け焼刃の礼儀作法を教え込まれ、ハリボテのご令嬢が出来上がったところで、いよいよ王城への潜入の夜となった。




 その日、ヴァイスたちは、夜会の始まる時間ぎりぎりを狙って会場を訪れた。

 招待状は本物だったし、ヴァイスのそつないエスコートのお陰で、会場への潜入自体は何の問題もなく出来た。それでも、いつ誰に怪しまれるか分からない。話しかけられたりしても何も答えられないのだ。ヴィオレッタは柱の影の、なるべく目立たない場所に陣取った。

 会場にはヴィオレッタより少し年下と思われる、華やかに着飾ったご令嬢たちが集い、賑やかにお喋りを交わしている。一人で参加している者も居れば、ヴィオレッタのように同伴者を連れている者もいる。同伴者の種類は様々で、老執事だったり、女性のお付きだったり、兄弟らしき人物だったり。

 「あの子たち、みんな貴族のご令嬢なんですよね」

 「そうだ。要するに高級な女子会だな。そう思えば少しは気が楽だろ?」

 「まあ、…少しは…。」

あまりに住む世界が違いすぎて、溜息しか出て来ない。

 きらめく灯りに立派な食器、色とりどりの花に飾られたテーブルには片手でつまめる軽食にお酒の入っていない様々な飲み物。音楽隊までいる。

 「あっ、いらしたわ」

ざわめきが止んで、令嬢たちがいっせいに、踊り場のほうを見上げる。

 ちょうど、一人の妙齢な貴婦人が、ずいぶん年上に見える男性に手を取られてしずしずと階段を降りてくるところだった。王冠こそ頂いていないが、王妃と、その夫である国王に違いなかった。威厳と気品。それに堂々たる自身が、二人の足取りや視線の中に感じられる。

 (すごく綺麗な人。それに…確かにエリーズさんに似てる)

柱の影にいながら、ヴィオレッタは、美しい王妃の姿をじっと見つめていた。輝くような金髪に白い肌。はっきりとした目鼻立ち。着飾っていることを除いても、ひときわ目を惹く美女だ。

 階段の下まで降りると、王妃はにこやかな笑みとともに一同を見回した。

 「ようこそいらっしゃいました、皆さん。今夜は女性たちのための夜会です。どうぞ、たくさんお喋りをして楽しんでいってくださいね」

拍手と歓声が湧きおこる。

 「さあ、楽しい音楽を! みなさん飲み物をお手にとって」

ヴァイスが、側を通り過ぎようとする召使いの盆から素早く二人分のグラスを取り、ひとつをヴィオレッタの手に渡した。

 「――乾杯!」

 「乾杯」

 「か…乾杯」

さざめくような話し声が戻って来る。王妃は夫と何か言葉をかわし、グラスを手に、招待客の間を周り始めた。ヴァイスの言ったとおりだ。身分の高い者から順番に声をかけていくつもりらしい。国王のほうは、顔見知りらしい何人かの女性たちに囲まれて話をしている。

 緊張で飲み物の味も分からないが、とにかく一杯だけ飲み干して、ヴィオレッタは、次にどうすればいいかと隣のヴァイスにそろりと視線を向けた。

 「せっかくだ、何かメシでもつまんで来い」

 「む…無理ですよ! テーブルマナーは…習ってないです」

 「今日は軽食だ。ひょいとつまんで食えばいい。他のご令嬢たちを見てみろよ、ほら。」

 「でも…。」

 「仕方ないな。取って来てやるから待ってろ」

 「あ、ちょ!」

慌てているヴィオレッタとは裏腹に、ヴァイスは慣れたもので、ご令嬢たちに気さくに声をかけながら、合間を縫って皿をとり、果物や軽食を取り分けていく。

 (うう…。ヴァイスさん、やっぱり元は貴族なんだなぁ…。)

下級の家の出だとか自己卑下していても、普段はざっくばらんな言動でも、やっぱりどこか一般庶民とは違うのだ。ずいぶん分かったつもりでいたのに、知らないことも多い。ヴィオレッタは、少しだけ複雑な気分だった。


 ヴァイスが取り分けて持ってきてくれた食べ物をつまみながら待って居るうちに、気が付けば、国王の姿は会場から消えていた。

 王妃のほうもほとんどの招待客の間を周り終えたようで、初めて、部屋の隅にいるヴァイスたちのほうに視線が向けられた。ヴァイスは軽く頭を下げる。

 ここでふいに、王妃は手を叩いて、音楽隊のほうに合図した。陽気な、体の浮き立つような音楽が流れ始める。

 「それでは皆さん、お腹もずいぶん膨らんで来たでしょう? ダンスの時間にしましょう! 甘いものを食べて太ってしまうんじゃないかと気にする必要がないようにね」

くすくすと笑い声が起きる。

 「さあ、ドレスの裾を上げて! 従者の皆さんもご一緒に。皆知っている曲でしょう? 身体を動かして! 楽しくね」

少女たちが踊り出す。王妃も、軽くステップを踏みながら楽しげに移動して、自然な動きで柱のところまで近付いてきた。

 「お久しぶりね、ヴィンセント。戻ってきて来ているとエリーズから聞いた時は驚いたわ」

 「ご無沙汰しております、妃殿下。相変わらずのお美しさに目も眩むようです」

 「よして、もう子供も二人目よ? そろそろオバサンになっちゃうわ」

踊っているふりをしながら辺りを伺うと、彼女は、ふと、ぴたりと足を止めて真顔ぶ振り返った。

 「来て。こっちよ」

 「……。」

柱の後ろから続く廊下へ。ヴァイスたちは、ローザのあとについて足早に会場をあとにする。賑やかな夜会会場の音楽と声が休息に遠ざかり、廊下には静けさが落ちている。

 「おおまかな話は聞いているわ。ルートヴィッヒ王子を殺した犯人を突き止めたそうね。」

 「はい。現在、ジークヴァルト・グレースが匿っているはずです」

 「そして、魔法道具アーティファクトのこと…。密かに新しく作って近隣の国の戦争を煽っている」

ローザは小さく首を振り、溜息をついて額に指をやった。

 「陛下がそんな恐ろしいことに手を貸しているとは信じられないの。きっと何も知らされていないのだと思う。」

 「そう思います。だからこそ直接お会いして確かめたいのです。もしご存知ないのなら報せたほうがいい。――そのために戻ってきたのですから」

 「分かっているわ。ヴィンセント、この件は私も同席したいの。だから夜会の終わるまで少し待っていてくれない? そこに控室を用意してあるから」

 「かしこまりました」

ヴァイスは頭を下げ、王妃に示された部屋に入っていく。王妃のほうは、大急ぎで会場に戻り、これから閉会の挨拶をするようだった。


 部屋の中にいると、外の様子はほとんど分からない。

 けれど、少なくとも会場に突っ立っている時よりは気が楽だ。慣れないドレスの裾を引っ張り上げながら、ヴィオレッタは、ふかふかしたソファに腰を下ろした。

 「いい人みたいでしたね、王妃様」

 「ああ。あの人には昔から良くしてもらってきた。エリーズとの結婚の時も、最初から後押ししてくれたしな」

ヴァイスのほうは入り口近くに立ったままだ。

 「あの方は後妻なんだ。前の王妃様は病弱な方で、跡継ぎを残せなくてな。一人目の王女様はオレが結婚する数年前に生まれた。今年で十二才になるはずだ。二人目が生まれたのは数年前で、その子が今の皇太子になる。…あのジークヴァルトが後見人だ。もし今、国王陛下に何かあったら、幼い王子の後見人が全ての権力を握ることになるだろう」

 「それって…。」

 「…あくまで可能性だ。だが、フィロータリアならやりかねん」

話しながら、彼は、廊下に複数の足音が響いてくるのに気づいた。

 素早く扉の側を離れ、壁際に立って道を開ける。緊張した面持ちだ。

 ほどなくして、部屋の扉が開き、先ほど見かけた国王が、不機嫌そうな表情で入室してきた。後ろに王妃を伴っている。

 ヴァイスは素早く膝を折り、首を垂れる。ヴィオレッタも、慌ててソファから立ちあがり、壁際に身を引いた。


 国王アレクサンデルは、入り口の脇に膝を折る男のほうに、じろりと視線をやった。

 「…生きていたのか。コルネリウス」

 「は。お目汚しにて申し訳ございませんが、火急にお耳に入れておかねばならないことを突き留めましたので、無理を言って妃殿下にご協力いただきました。この度のことは全て、私の責任にございます。どうかお許しを」

 「まあ良い。ここまでするからには、相応の内容であろうな。申して見よ」

 「ルートヴィッヒ様を殺害した者と、使われた魔法道具アーティファクトを突き止めたのです。その者は魔法王国イーリスの生き残りで、フィロータリアと申す女です。使われた魔法道具アーティファクトは、かつてハイモニアが大陸の覇権を握ったあの戦争で使われていた一点もので、幻霧げんむの香炉と呼ばれる品でした。…香炉から発する煙によって人間の精神に異常を引き起こすことが出来るようです」

なめらかな口調。よどみのない言葉。頭を下げたままで、彼は続ける。

 「その幻霧げんむの香炉が最近、ティバイスとトラキアスの戦場でも使われ、ティバイスの兵が全て眠らされている間に首長が暗殺されました。…暗殺者はその女です。私もその場に居合わせました」

 「……。」

国王は、聞きながら部屋の奥まで歩いていき、一番奥の席に腰を下ろした。隣には王妃が、固い表情で夫に付き添うように。部屋の入り口までお供してきた兵士たちは、中へは入って来ない。ヴィオレッタの目からは、国王が今の話をどこまで信じているのか、何を考えているのか、さっぱり分からなかった。

 「フィロータリアは今、グレース領に匿われています。少し前にはリギアス連合国で国境のアルアドラス家に居ました。グレース領で魔法道具アーティファクトの製造が行われているのです、王。それらが密かに輸出され、ティバイス首長国ではアイム領の領主の手に、リギアス連合国ではアルアドラス家の当主の手に渡り、戦争の引き金となりました。結果は――ご存知の通りです。陛下、教えていただきたいのです。これは陛下の許可されたことなのですか? この大陸に火種をまき散らし、燃やし尽くした後にハイモニアの幻想を再び築こうというのですか。自らの弟の仇の力を借りてまで」

 「言葉が過ぎるぞ、コルネリウス」

 「――失礼は承知の上です。しかし、」

 「あなた」

王妃が嗜めるような口調で言って、片手を夫の手に重ねる。「私も知りたいのです。どうか、この者の質問にお答えになってください」

 「…グレースが何やら企んでいることは、知っておったわ。その、フィロータリアとかいう女のことはともかく、魔法道具アーティファクトについてはな」

不承不承、という様子で、アレクサンデルは溜息まじりに言った。片手をこめかみに当て、肘置きに片腕を載せる。

 「では、魔法道具アーティファクトが他の国に送られていることも? あなたは知っていて、見逃したのですか。」

 「無論、最初から知っておった。グレースが私財を投じて研究開発したのだ。それがあれば我が国の戦力は大いに向上する。大量の兵を雇って置かずとも良くなる。一部を国外に輸出したのは、実戦での効果を計るためなのだ。それをどう使うかまでこちらが指示したわけではない。手に入れた者たちは戦争を起こし、自滅したまでのこと」

 「それは違います、陛下」

顔を上げ、ヴァイスは強い口調で割って入った。

 「ティバイスとトラキアスの戦場でも、ティバイスとリギアスの戦場でも、フィロータリアはそこに居ました。魔法道具アーティファクトを与えた若い権力者に取り入って、戦争の行方を左右していました――より多くの戦力を喪失するように。明確な意志を持って、他国の勢力を最大限に削いでいたはずです。そして今回、ティバイスとリギアスが講和を持つに至る前に、リギアスの北方四か国が連合を離脱した――グレーン殿の仲介で。これはいずれアイギスがリギアスへ攻め入る時のための布石だった、違いますか?」

アレクサンデルの隣で、ローザが息を呑むのが分かった。国王は石のような表情のまま、視線は誰も見ていない。

 「…だとしたら何だというのだ」

 「陛下!」

 「お前にも関係のないことだ、ローザ。国防も国政も、女の出る幕ではない」

 「ヴィンセントの報告をお聞きにならなかったのですか。グレーン卿が力を借りているのは、あなたの弟の命を奪った者なのですよ!」

 「そんな女の存在をわしは聞いておらぬ。それに、グレーンは、たかが一人の女に惑わされるような男ではない。それはわしが良く知っておる」

 「勿論、女の色香に惑わされることなどないでしょう。しかし――」

 「話は終わりだ」

無情にも、アレクサンデルは一方的に打ち切って、さっと席を立った。

 「この件は外部に漏らされては困る。追って沙汰を下すまで、貴殿らはここに留まって貰うぞ。よいな」

 「お待ち下さい、陛下! まだご報告せねばならないことが。その女は、ただの女ではなく――」

 「あなた、お待ちになって!」

ローザも腰を浮かし、後を追おうとする。しかし、ヴァイスとローザの懇願にも関わらず、国王は既に部屋を出ようとしている。兵たちに何やら指示を出し、そのまま、廊下へと姿を消した。

 代わりに、廊下に控えていた兵たちが中に入って来る。

 「失礼します。陛下のご命令により、コルネリウス殿、ならびにお連れのご令嬢につきまして、沙汰あるまで城にてお持て成しするよう仰せつかりました」

 「私のお客様よ。手荒な真似はしないでちょうだい」

 「承知しております、妃殿下。丁重に客間にお通し致します。しかしお帰しするわけにはいかないと――ご命令なのです」

兵士も困ったような顔をしている。

 ローザは溜息をつき、ヴァイスたちのほうを見やった。

 「御免なさいね、二人とも。陛下もきっと、知ったばかりのことに混乱されておいでなのだわ。少しすれば落ち着かれるはずだし、私からももう一度、話を聞いていただけるよう説得してみるから」

 「お心遣い、痛み入ります。しかしご用心なさってください。フィロータリアは、彼女自身が魔法道具アーティファクトなのです。少女のような姿をしていても、中身はそうではありません。そして――この王国の後継者であったルートヴィッヒ様や、ティバイスの首長が暗殺されたことを、忘れないでいただきたいのです。あの女は危険です。陛下の身に危険を及ぼす可能性もあるのですから」

 「ええ、お伝えしておく。そうだ、ヴィンセント。エリーズのこと、謝っておかなくては…。何度も説得したのたけれど、陛下も、私の両親もグレーン卿に押し切られてしまったの。許して」

 「…いいえ」

微かな笑みを浮かべて、彼は小さく首を振った。

 「全ては私の不甲斐なさ故です。しかし遅ればせながら、ようやくここまで辿り着けた。不誠実な企みを抱く者に成功は訪れませんよ」

 「あなたの運命を切り開く力強さを信じているわ。少しの間だけ我慢して頂戴ね。」

やってきた兵士と召使いに促され、ローザは、後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながら去って行った。

 ヴァイスたちのほうは、厳重すぎるほど何重にも兵士と騎士たちに取り囲まれて、城の廊下を歩かされ、離れの一画まで連れていかれて部屋に閉じ込められた。窓から見えるのは城壁だけ。設備は悪くないが日当たりは悪く、窓の外にも廊下にも、常に見張りの兵が立っている。

 これでは囚人だ。いや、実際に囚人なのだろう。ただ、少しばかり扱いがいいというだけの。

 (エリーズさんの結婚式は、来週には執り行われる)

ヴィオレッタは、何も言わないヴァイスのほうを伺いながら心の中で呟いた。

 (それまでに何とかしないと…でも武器も、私の"七里跳びの靴"もここには無い…。どうするんですか、ヴァイスさん?)

こちらに背を向けて腕組みをしたまま、男は、じっと窓の外の壁を見つめていた。




 ――そして、閉じ込められたまま三日が過ぎようとする頃、囚人たちのもとに、思いがけない来客がやって来たのだった。

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