第四章 放浪の元騎士ヴァイスの誓い(3)
その少し前、ヴァイスは、森を奥へ奥へと歩いていた。
思っていたよりは道らしき道が分かりやすく、迷う心配は無さそうだったが、周囲は樹海の名にふさわしく緑の迷宮と化している。絡み合う木々の根と枝葉はまるで意志を持っているかのように複雑に絡み合い、ひとたび道を外れれば、二度と戻って来られない予感がした。たった百五十年やそこらで成長する速度ではない。あちこちに木々に飲み込まれた建物や道具の痕跡があることからして、イーリス滅亡の伝説のとおり、この森は何らかの
だが、道中を妨げるものは何も無かった。
「幸運の指輪」の効力は確かなものだった。牧場と同じく警報装置と思われる仕掛けはいずれも動き出すことはなく、ヴァイスは、わずか数時間で森の奥へと辿り着いていた。
目の前に、茨に絡まれて立つ半分崩れた大きな門が見える。門扉に刻まれているのは、手元にある指輪に刻まれているものと同じ二頭の獣。
そして、その奥の崖から流れ落ちているものは、虹色に輝く大きな滝だ。魔法王国イーリスの象徴とも言うべき「虹色の滝」。――この樹海の名の由来でもある。
高い城壁はほとんどが無傷で残っていて、門の先がどうなっているのかは伺えない。壁には棘だらけの茨が幾重にも絡まっているし、ここから先へ進むには、門を通るしかなさそうだ。
門の脇には、かつて門番だったものらしき大きな
これも
百五十年前のイーリスとアイギスの戦争で使われて殆んど失われたはずだが、目の前にあるそれは、見たところ、外れかけた核を嵌めこんで巧く修理さえすれば、まだ動かせそうだった。
(ふん、こいつ一体でも一生遊んで暮らせるほどの金にはなるだろうな。この樹海に挑む侵入者が絶えないわけだ。)
空虚なガラス玉の目をこちらに向けている
ガラーン、と、鐘の音が鳴り響いた。
「?!」
ガラーン、ゴローン、ゴローン。ガラーン、ゴローン、ゴローン。…
繰り返される重たい戦慄とともに、森が、ざわりと蠢いた。けたたましい鳥の声とともに、羽ばたきが空に広がっていく。
(やべえな。何かに引っかかっちまったらしい)
懐に指輪があることを確かめてから、彼は、大急ぎで門を離れ、市街地だったはずの場所へ駆け込んだ。頭上では、赤と青の羽根を持つ小鳥たちがけたたましく鳴きかわしている。
(どうやら、指輪の"幸運"もここまで、か。…さて、どうしたもんか)
廃墟と化した建物の中に逃げ込んで外を伺い、路地裏を駆け抜け、少しずつ街の奥へと進んでゆく。走りながら彼は、いまの自分が置かれた状況を分析しようとしていた。
この場所、かつての魔法王国の都だった場所へ来た理由。それは、未知の
全ての
それだけなら、あまりにも微かでか細い希望の糸だった。だがもし、ここが、はるか昔に何もかも破壊され尽くした、ただの廃墟では無かったとしたら――
「…おっ?」
ふと、ヴァイスは足をとめた。
行く手に、これまでの廃墟とは明らかに雰囲気の違う建物が見えて来たのだ。位置取りからして街の最深部、滝のすぐ脇にあたる。一段高い丘の上に作られたその建物だけは、他と違って、壊れた様子も、寂れた様子もない。優雅な白い壁に、整えられた生垣に囲まれた庭園。微かに、花の香りが漂って来る。
引き寄せられるようにして一歩、踏み出そうとした時、――目の前に、一人の容姿端麗な少年が立ちふさがっていた。
「ここから先は立ち入り禁止だ」
そう言って、肘の長さほどの杖の先を真っすぐにヴァイスに向けた。
驚いて、ヴァイスは思わず目をこすった。まさかこんな森の奥に、生きた人間がいるとは思っていなかったのだ。
幻か、それとも
だがそれは、どちらでも無さそうだった。
中性的な顔立ちをした少年は、執事服のようなものを身に纏っていた。年は十四、五だろうか。片目を隠す、少し癖っ毛な銀髪にすみれ色の瞳。そして、流暢な標準語。――確か百五十年前のイーリスでは、ハイモニア言葉である今の標準語は、あまり使われていなかったはずなのだが。
ヴァイスの表情に気づいて、少年は、怪訝そうな顔つきになった。
「…なぜ笑っている。」
「いや、その…何だ。」苦笑いで誤魔化しながら頭を掻く。「まさか人に会えるとは思わなくてな。あんたも、イーリス人の生き残りなのか?」
少年は杖を構えたまま、人形のような無表情でヴァイスを見つめると、質問には答えず警告を発した。
「…ここへの立ち入りを許可した覚えはない。通行証を置いて、すぐにも出て行ってもらう」
「通行証? ああ、この指輪はそういうもんなのか。ここがあんたの住処だっていうんなら、勝手に入ったことは謝る。用が済めばすぐにも出ていくさ。ただな、ちょいと聞かせてほしいことがあるんだ。あんたらにとっても興味のあることのはずだ」
「何?」
「オレは、ある
「……。」
人形のように無表情だった少年の目に、かすかに動揺のような色が走るのが分かった。「斡旋所…」
「あー、別に裏切り者がいたとか、口の軽い奴がいたとか、そういうんじゃねぇ。ただオレが、ちょいと探り入れて掘り当てただけの話さ。心配すんな、誰にも言ってねぇよ。斡旋所がイーリスの生き残りの隠れ蓑だってことは」
ややあって、少年が何か言いかけた時、空から小鳥が一羽舞い降りて、少年の肩先にとまって、チチ、と短く鳴いた。はっとして、彼は顔を上げる。それから、じろりとヴァイスのほうを睨みつけた。
「…僕の主人が、お前に会うと言っている。武器は渡してもらう。それと、妙な真似をしたらすぐに放り出すぞ。いいな」
「主人? まだ誰かいるのか。まぁいい、話をしてくれるんなら有難い」
腰の剣を外し、念のためと持っている短剣を手渡して、ヴァイスは、少年の跡に続いて歩きだした。
向かう先は、どうやらこの先の城のような建物らしかった。
驚いたことに、生垣の向こうには隅々まで手入れされた庭園が広がっていた。
せっせと働いているのはメイドや執事の姿をした精巧な
少女が一人。――喪服のような、古風な仕立ての黒一色のドレスを纏い、艶やかな金色の長い髪を頭の上まで束ね上げた、まるで宝石のように赤い瞳を持つ美貌の少女。薄いヴェールを顔の前に垂らしてはいるが、それ越しでも十分に判るほど、整った美しい顔立ちをしている。
少年はあずま屋に近付くとぴたりと足を止め、首を垂れて来客を告げた。
「連れてきました、エヴァンジェリン様」
「ご苦労様」
少女が顔を上げてこちらを見る。ヴァイスはとっさに背を伸ばし、"騎士"としての仮面を被っていた。どう見てもこれは、身分の高い相手に違いない。ならばこちらも、それ相応の礼儀を持って接しなければならない。
「傭兵のヴァイスと申します、お嬢様。まあ故あって本名のほうは名乗れないのですが。」
「…その礼の仕方はハイモニアの――いえ、アイギスの人ね」
「よくご存知で」
隣で、なぜか少年が微かに殺気のような気配を纏う。
だがヴァイスのほうは、少女から視線を逸らさずに、社交界のご婦人たち向けの爽やかな笑顔を作って続けた。
「確かに、以前はアイギス聖王国で騎士をしていました。とはいえ十年も前にクビになった身です。主君を守れなかったかどで糾弾され国を追い出されたのですが、殺害に使われた
――もしもお嬢様が何かご存知であるならば、どうかこの哀れな放浪の元騎士めに、少しばかりのお慈悲をいただけますと光栄に存じます。」
少女は無表情に茶器を置く。
「随分とお上手だこと。そうやって身の上話をしながら、人を言いくるめて情報を得て来たのでしょうね」
少年とほとんど変わらない年頃に見えるというのに、その口調はやけに大人びて、今までに出会って来た貴婦人たちの中でもかなり手ごわい部類だと感じさせる。
不思議に惹きつけられる声色。それに全てを見透かすような赤い瞳が、ゆっくりとヴァイスのほうに向けられる。
「確かにここは全ての
「見込みはありましたよ、少しなら」
と、ヴァイスは少しだけ仮面を脱ぎ捨てて、ひょうきんな口調で肩をすくめる。
「斡旋所と長年関わるうちに、あそこの情報網が
「おい。」傍らの少年が口を挟む。「何という口のきき方をする。少しは慎め」
「よろしくてよ、アステル。彼は正直に話しているようだから」
少年は不満げな顔をしながらも引き下がり、続きは、少女の方が言葉を継いだ。
「それで? 貴方の探しているその
「二度と使われないよう壊してしまうか、お嬢様たちに引き渡すか、それはどちらでも構わない。今の私の第一の目的は、犯人を突き止めて、主や仲間たちが何故殺されなければならなかったのかを知ることだ」
「そして、あわよくば仇討ち…と?」
「ええ」
ヴァイスは、静かに頷いた。
「…そう。お話は分かったわ」
少女は表情を微動だにさせないまま、居住まいを崩してテーブルに肘をつき、手に顎を載せた。金色の髪が一筋、さらりと頬に流れ落ちる。
「貴方が知りたいと思う情報を、おそらく
「本当か」
「だから教えて頂戴。何を見たのか。どういう状況だったのか。」
「……。」
ヴァイスは、一呼吸おいて真っすぐに少女を見つめた。
「十年ほど前、私がまだ騎士団に入って一年も経っていない頃のことでした…。」
記憶の中にあるものは灰色の霧と、悲鳴と、血の匂いと。
何度も夢に見てうなされた、文字通りの悪夢のような光景。思い出すだけでもおぞましく、言葉にするのは尚のこと難しい。それを言葉にすることは、もう何度も試みて、そのたびに自分の語彙力の乏しさを痛感してきていた。
「私の主は、当時のアイギス聖王国の皇太子、ルートヴィッヒ様――王弟殿下でした。王位継承順は一位でしたが、武人気質で気さくな方で。兄の国王陛下に男児が生まれれば、継承権を放棄して好き勝手出来るのに、と普段から愚痴られているような方で、王位にも何の興味も無いような、風のような方でした。
…私は、そんな方に気に入られて、ルートヴィッヒ様直属の、黒鷹騎士団というところに推薦で入れていただきました。本来なら下級騎士の家の生まれの私のような者が入れるところではないんですが」
「……。」
エヴァンジェリンとアステルは、黙って聞いている。
「事件が起きたのは、王国の北西の端にあるシルシラ平原でした。そこにある、ハイモニア時代の古い砦跡に盗賊が出没するようになったという報せが入ったのです。討伐に向かった騎士団は全滅。そこで我が主は自ら討伐に出ると言い出されて、オレたち黒鷹騎士団も向かうことになりました。
…ただの盗賊退治だと、あの時は誰もが思っていたはずです。人数が多いか、腕利きがいるか。どちらにしても負ける気はしなかった。事実、ルートヴィッヒ様配下の騎士団には国内屈指の手練れが揃っていたし、ルートヴィッヒ様ご自身も国内で一、二を争う剣士でしたからね。油断はしていなかったのですが、何もかも予想外だったのです。
目的地に着いて、様子がおかしいことに気づいたのはすぐでした。待ち受けていたのはいかにも貧弱な傭兵が数人。とても騎士団を倒せるほどの戦力は無い。罠に嵌められたと気が付いたのは、そいつらを捕縛して、他の仲間は何所に居るのかと詰問しようとしていた時。どこからともなく霧が視界を包み始めて、仲間たちが次々とおかしくなりはじめていたのです。」
「…続けて」
表情のない白い貌の中で、少女の赤い瞳が赤く燃え立つように輝いている。「それから? 霧はどこからやって来たの」
「分かりません。風に乗って四方から押し寄せてくるように思えた。だから最初は、高原に時折発生する自然なものだと思っていたんです。そうではないと気が付いたのは、仲間たちが同士討ちを初めてからでした。精鋭騎士団が、あっという間に壊滅して…。最初は抵抗されていたルートヴィッヒ様も、次第に、正気を失くされていいきました。」
忘れることなど出来ない、悪夢のような記憶。制止も間に合わず、次々と同士討ちの刃に倒れていく仲間たち。悲鳴とうめき声、血の匂い。
今でも、思い出すだけで体の奥底が震えるような感覚にとらわれる。それでもヴァイスは、出来るだけ冷静に語ろうと努めていた。
「私だけは無事でした。なんとかルートヴィッヒ様だけでも逃がそうとしたんですが、――その時にはもう、あの方もおかしくなっていました。何を見ているのかは判りませんでしたが、誰かがやって来る、とか何とか。わけのわからないことを叫んで、武器をやみくもに振り回し始めて。
それでも、…最後に残った正気で、私に、このことを報せに走れと命じられた。このままでは全員死んでしまう、何があったのか報せる者はいなければならない、と。」
ヴァイスは言葉を切り、長い溜息をついた。命令に従うことに迷いが無かったわけではない。けれど、もしあの場に留まっていたら、自分は確実に死んでいただろう。
感情を飲み込んで、彼は顔を上げ、続けた。
「――巨大な獣を見たのは、その時です。霧に紛れるような真っ白なやつで…あれが何だったのかは、いまだに分かりません。狼でも鳥でも蛇でもない、その中間のようなやつだった、と思います」
エヴァンジェリンの表情が、微かに歪んだ。
「それが幻ではないと、何故判るの」
「あとで知ったのですが、どうやら私は
…それでも、私は自分の体験に自身があった。それで、自分で調べて、探して、考えた。――思うに、あの時、他の仲間は全員、何かの幻覚を見ていたんだろう。と。だから同士討ちをした…どうです? 合っていますか」
「……合っているでしょうね。使われたものが、私の考えているものなら」
エヴァンジェリンは肩の力を抜き、指を膝の上で組んで、椅子に深く座りなおした。
「霧の中で、何か香りはしなかった?」
「ええ、しましたよ。木か何か…香木でも燃やしてるような」
「それなら確かですわ。貴方の出くわしたものは『
ヴァイスの表情を確かめてから、少女は声色を僅かに落とした。
「たった一つしかないものだし、かつての戦争の最中に失われたはずのものだった。残っていたとしても、使い方を知る者がいなければ無害だと思っていたのだけれど」
「……。」
「その点は私の読みが甘かったわ。」
「いや――…。」
なぜ、謝る?
いや、これは、謝られているのだろうか。表情からも、口調からも、少女の感情はほとんど読み取れない。
「だけど、分かりませんわね。使い方はもちろん、存在を知る者はもういないはずなのに」
「斡旋所の連中も知らないのか? あ、いや。裏切り者が、とかじゃなく、…情報として、彼らは持っていないんですか」
「ええ。彼らは知らないでしょうね。裏切り者、については…確証はないわ。だから、確かめる必要はある」
少女は、指先を形のよい顎に当て、しばし考え込んだ。
「ヴァイス、と言ったわね。貴方、傭兵なのでしょう」
「ああ」
「傭兵は契約は守る。そうでしょう」
「勿論だ。」
「それなら、
少女は、ヴァイスの灰色の瞳を覗き込む。
「"ラヴァス"。契約によって実施される労働を指す言葉よ。イーリス語で「義務」を意味する言葉、"ラヴィ"から来ているの。ここから山一つ越えたカームスの街に、斡旋所がある。そこの窓口に言って、『虹の座のラヴァスのために来た』と言いなさい。私は依頼の形で斡旋所の窓口に仕事を出しておく。それを請ければ、行くべき場所の情報を受け取れる」
「ふむ…。」
「アステル」
少女に呼ばれて、黙って側に控えていた少年が、弾かれたように顔を上げた。
「私は少し調べたいことがあるわ。この者を客人として案内しておきなさい」
「は、…」
微かな衣擦れの音と共に少女は席を立ち、薔薇の生垣の向こうへと消えて行く。
執事の少年は微かに首を垂れたまま主の去るのを待ち、それから、ヴァイスのほうに向きなおって、ついてくるよう無言に促した。
庭園を離れる間、ヴァイスは、この不思議な樹海の奥の"楽園"について思いを巡らせていた。
門から市街地のあたりは完全に荒れ果てて、長年無人だったことを意味していた。人の住んでいる気配のあるのはここだけで、そしておそらくここは、かつての王城だった場所のはずだ。だとしたら、あの少女は?
「なあ執事殿。アステル…といったか? さっきのあのお嬢様、もしかして、お姫様…なのか?」
「……。」
少年は答えたくなさそうだったが、主人に「客人として」案内せよと言われていては、無視するわけにもいかないようだった。
「貴様の想像通りだ、傭兵。エヴァ様はイーリス王家のただおひとりの生き残り。そしてここは墓所だ。……その心臓が役目を終えた時、最後の記憶の伝承者を眠らせるための」
「王族だけなのか? どうして他のイーリス人は森の外で暮らしてる。こんだけ建物が残ってりゃ、まだ住めるだろうに。ハイモニアも滅びたんだ。仲間を呼び戻さないのか」
「…あの方のご希望なのだ。」
微かに苛立ったような口調。
「こちらの事情に首を突っ込まないでいただきたい」
「いや、まあ。そう怒るなよ。あんたらとはこれから、協力関係になるんだぞ」
「ただの契約関係だ。僕はお前を信用はしていない」
歩いているうちに、滝の音が近づいてくる。
アステルが向かっているのは庭園の向こうに見えていた建物のようで、そのすぐ裏手が滝に面している。虹色の輝きを持つ水が流れ落ちる高い滝は、下から見上げるとかなりの迫力で、しぶきだけでなく、水そのものも不思議な虹色の光沢を帯びて見える。
ヴァイスは思わず足を止め、しげしげと滝を見あげた。その流れは、切り立つ山脈の一つから、切り立った崖を滑り降りてくるのだ。今は濃い緑の木々によって風景のほとんどが覆い隠されているが、かつて樹海が無かった頃のイーリスは、両脇を崖に挟まれて、その谷間にすっぽりと収まるような形で存在したのに違いない。
「こっちだ」
アステルに促され、視線をやると、長い回廊が建物の中へと続いていた。メイドの格好をした
「さすが本場だな。この
「かつては、このイーリスの全ての家庭で使われた、ありふれた品だった」
不愛想な口調で言いながら、少年は、手前の部屋の扉を開いた。「この部屋を使え。今からでは森の外に戻れないだろう」
「泊めてくれるのか? そいつぁ有難いな」
「エヴァ様のお決めになったことだ。だが、」少年は、ヴァイスに鋭い視線を向ける。「ここには無数の目がある。余計な真似はしないことだ」
「ああ、判ってるさ。そっちこそ、客人に少しは親切にしてくれよな。」
「……。」
表情は全く動かさないのに、不機嫌になったことが判る。見ように大人びているところがあるかと思えば、やけに子供っぽく感情に素直なところもある。それがヴァイスにとっては面白かった。
部屋に一人取り残された彼は、部屋の中にぽつんと置かれた寝台に腰を下ろし、大きく伸びをして、どさりと身体を投げ出した。
(そういや、結局、武器は返して貰えなかったな。…ま、明日の朝でも返してもらえりゃいいんだが)
微かな埃臭い匂いと、見上げた先にある色あせた天井。寝台の端には、どこか時代を感じさせるデザインの彫刻が施され、窓に掛かるカーテンは、何度も継ぎ接ぎされてなんとか形を保っているに過ぎない。
起き上がってカーテンに手を延ばし、軽く引っ張ってみると、繊維の端がほつれてしまった。百五十年前のままなのだ。
(…ここは、…本当はもう、死んでいる都なんだな)
いま暮らしている人間がさっきのあの少女一人だけだとすれば、広大な王宮も、実際は廃墟と変わらない。いくら
この王宮もまた、王国の滅びた時のまま、静かに朽ちて行くのを待っている。
(まさか、オレが出会ったのは幽霊で、夜が明けたら誰もいない廃墟に一人…なんてことは、ないだろうな)
苦笑しながら、ヴァイスは窓から見える景色を眺めやり、そして、考え込んだ。
ついに、あの時使われた謎の
十年追い求めた情報に、その一端に触れることが出来た。
決して晴れることのなかった霧の向こうにうっすらと、ようやくほんの一筋の光が見え始めていた。
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