第8話 チュートリアル

ゴォーン。

ゴォーン。


鐘が鳴っている。広場にあった時計台の鐘だろう。

我々の心情と重なっているのが、実に演出的だ。

会議室のような部屋は、どんよりとした重たい空気となっていた。


「0時となった。これで99日だ。円球を開いてみるといい。DP(ダンジョンポイント)というものが99になっているはずだ。」


各人が円球を開く動作を始める。

二葉みたいな巻き込まれていない一般人だけでなく、我々・・・この世界の参加者の間でも各個人の円球画面は見えないようだ。

俺も少し間を置いてから円球を見た。

DPは確かに99となっていた。

実のところ、少し前に円球を開いた時にこの表示が追加されていたことを俺は認識していた。その時は、数字の意味がわからなかったが、数字は”100”だった。

他にも少し増えていた表示があったのだが、今は彼の話を聞くとしよう。


「ふむ。落ち着いた様子なのはさすがだな。初回ダンジョンを突破しただけのことはある。0時になると1つDPが減る。そして、0になるとランダムダンジョンから持ち帰ったすべてのものが没収される。初回ダンジョンで持ち帰ったものも対象だ。つまり、諸君らの命が没収されるということだ。」


「DPを増やす方法はある。だが、まずは我々の立場を認識してほしい。」


男は太い声で続ける。


「我々は一度命を失った。そして、システムの超常的な何かによって再び生を得た。

特殊なルールを体に背負わされて・・・な。いや、新しい体を与えられたと言えるかもしれない。いずれにせよ、我々は捕らわれの身なのだ。」


彼の言っていることは、あのダンジョンを体感した誰もが実感しているだろう。


「私のことは”バンク”と呼んでくれ。何のことはない。現実・・・リアルでは銀行員ってだけだ。」


人は見た目で判断できない。バンクはとても銀行員とは思えないほどの強面だ。

思ったことは皆同じということだろうか、周囲もなんとなくざわついた雰囲気となっている。


「普通はリアルの情報を匂わすことはこの世界では避ける。諸君らは、くれぐれも慎重に名乗りたまえ。私は、”バンク”というニックネームで通ってしまったが、ろくなことにならなかった。」


うーん。ヨーコに名乗ってしまった。

ちらっと隣のヨーコを見ると、気まずそうに目を反らした。あっちも偽名ってわけじゃなさそうだ。


「さて、話を戻そう。DPを増やす方法だ。大きく分けて3つある。」


バンクはホワイトボードに”① ランダムダンジョンで入手”と書いた。

正に授業を受けているような構図になっているが、こなれた様子を見ると、バンクは、幾度も講師役をやっているのだろう。


「ランダムダンジョンのクリア報酬、モンスターを倒したり、宝箱で入手したり、そんなところだ。当然、ダンジョン内では命を落とす危険はあるので慎重に行動することだ。効率よく稼ぐ方法もある。ヒントが欲しい奴は、これを後で読んでおいてくれ。」


机の上に印刷物をどんと置いた。数十ページあるだろうか。

書かれている内容は、先駆者のノウハウが蓄積したものであろう。継続的に参加者が補充されて、ある程度我々にとって成熟した世界になっているのではないかと想像する。


講義は続く。


”②ミッション・サブイベントの報酬”


「ミッションは、システム側から唐突に指示されるものだ。指示される条件はよくわかっていないものも多いが、報酬は比較的良いものが多い。私も諸君らのチュートリアルをミッションとして受託している。報酬は、DP10ポイントだ。ただ、無視するとペナルティがある。目標期日に遅延すると、1日ごとにDPマイナス2とかな。サブイベントは、条件を満たせば誰でもできるし、クリアしないことによるペナルティはない。」


"③マネー"


「身も蓋もない話だが、DPは、金で解決できる。時価ではあるが、だいたい1ポイント10万円ぐらいだ。この街でそういう商売をしている店がちらほらある。お金さえあれば、ダンジョンでリスクを負って稼ぐ必要はないということだ。」


高いな・・・という声がざわざわとあがっていたが、俺が感じたことはそこではない。


つまり、DPは”譲渡”が可能であるということである。

参加者同士の争いの種になるのは明白だ。

非常に恐ろしいことだ。

リアルの情報を匂わすリスクはここにある。争いがあれば、現実社会までここでの人間関係を引きずる可能性は大いにありうる。


「さて、ここでいったん質問を受けよう。何かあるか?」


ヨーコの斜め前に座っていたサングラスの男が手を上げた。


「リアルからマネーを持ち込んで、DPを買い上げればこの世界と積極的に関わらなくてよい。そういう理解で間違いないか?」


「その理解で結構だ。補足すると、この世界への持ち込みは基本的に何でもできる。ただし、一方通行だ。逆に持ち帰ることはできない。今回、不幸にも貴重品を持ち込んだ物は諦めることだ。」


なるほど。財布持ってこなくてよかったぜ。現金はともかく、カード類はのきなみ再発行となるところだった。


「例外と言ってはなんだが、金は持ち帰れると整理してよいかもしれん。この街にそういうサービスをしている銀行がある。手数料をとられるが、現実の銀行に金を振り込んでくれるというわけだ。つまりは、ここでの稼ぎがよければ、逆にここで生計を立てることができる。ちなみにその銀行は、高度な金融知識を有した人間が運営していて、しっかり街中の日本円の流通量を操作したりしている。」


現実では本業としている銀行員ならではの視点ということか。確かに、一方的に日本円が供給される状況ではすぐにインフレになってしまうからな。


「私は、この世界では20年目・・・といったところだが、DPの蓄えは、引退するには心許ない。まだまだ働き盛りってやつだ。」


どっかで聞いたようなセリフだ。サラリーマンの悲哀を感じる。


この後、バンクは丁寧に聞かれた質問に答えていった。


「次で最後にしよう。誰か、質問あるか?」


俺は質問することにした。


「この世界で生きるための目の前の目標についてはわかったのですが、そもそも、我々がここで将来的に何をすべき・・・、いや、システム側の最終目標はなんでしょうか?」


いったい、このような仕組みで我々を縛ったとして、何が目的なのだろうか。全く見えてくるものがない。


「答えは、”わからない”だ。」


バンクは、ため息まじりに我々を見回した。


「この世界は、記録によると100年以上の歴史があるようだ。詳しく研究している奴もいるのだが、導き出される結論はまだない。システム側の干渉は何かしらあるんだがなあ、ただ・・・」


「ただ?」


「誰か覚えているか?ダンジョンから帰還したときのシステム側のアナウンスを。」


サングラスの男が自信満々に発言する。

「持ち帰るものはあなたの命です、だろ?」


「いや違う。その後だ。」


ヨーコが小さな声で被せた。

「さあ、帰還しなさい。終わる世界へ。・・・だったかしら。」


「そうだ。


私の時は、”終わらない”世界へ。・・・だった。


不気味だろ?いよいよ・・・何かが起ころうとしているのかもしれん。」


室内は、静寂に包まれていた。

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ランダムダンジョンから帰還できれば現実世界に〇〇を持ち帰れます @shirokyo

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