第7話 チュートリアルを始める前に

「諸君。ベースタウンへようこそ。」

スキンヘッドの男が険しい顔つきで声をあげた。

低い声だ。筋肉質で軍隊をイメージさせるような迷彩服を着ていた。


そこは街だった。

人の往来があり、活気がある。目の前には噴水がある。

屋台のようなものがあり、食事をしている人が見える。

人?

いや・・・獣人?

その獣人と話をしている者は、銀髪の耳が長いエルフのような容姿だ。

コスプレにしては随分クオリティが高い。

ここは街の広場のようだ。

既視感のある洋風の街並みが奥に広がっていた。


広場に視線を戻すと、俺と同じ状況で転送されたと思われる人間がキョロキョロと不安げに周りを見渡していた。


スキンヘッドの男に視線を戻す。

威厳を感じる。50代ぐらいだろうか。

落ち着いた様子だ。


「今回、俺が諸君のチュートリアルミッションを受領した。・・・が、はじめに伝えておく。チュートリアルに参加するかしないかは諸君の自由だ。ペナルティーはない。サブイベントというのはそういうものだ。」


”サブイベント「チュートリアル」が始まりました。”

このアナウンスのことだろう。

無視しても問題ないということか。


「ただ、このサブイベントは、システム・・・、あーなんといったらいいか、この世界を管理していると思われる奴らをシステムと俺たちは呼んでいるのだが、そのシステム側の良心を感じる数少ない趣向の一つだ。今回は15人ぐらいか。俺は俺で有益な情報を諸君達15人にしっかり提供するつもりだ。」


今のままでは帰る方法も分からない。

選択肢は無いように思うが。

これが罠だと考える奴もいるということか。

・・・と思った矢先に、目の前のフードを被った男が、すくっと立ち上がり、迷いなく街の奥へ颯爽と走り去った。

スキンヘッドの男は、その様子を意外そうに見つめた後、話を続ける。


「さて、あそこにダンジョンギルド”グッドラック”という看板がある。そこの建物でチュートリアルを行う。15分後だ。」


男は、広場にある時計台を指差した。


「あそこの時計で0時ちょうど集合ということにしておこう。参加する気がある者は時間通りに来るように。以上だ。」


0時前か。俺は就寝直前だった。

日本の時刻と同じに見えるが・・・。

ここは日本のどこかなのだろうか。

俺は空を見上げた。

だが、空は明るい。


「おっとそうだ。ここにバスタオルがある。あと、服や靴が無い奴・・・、貸してほしかったら俺についてこい。」


見回すと裸の人間もいる。寝間着で裸足の人間も・・・。

唐突に訪れた転送。

3分の準備時間程度では、状況によっては転送に気づくのも遅れる。シャワー中であれば、アナウンスにも気づかないだろう・・・。

女性もいる。即座にバスタオルを受け取り、隠す所を隠す。

そんな様子を気なしにぼんやり見ていた。


「ねえ。」

「え?」


振り返ると金髪の女性が大きな目でこちらを見ていた。

青い目。高い鼻。

欧米に由来する特徴を持つ容姿だ。


「どう見た?」

「ど、どうって・・・。何が?」


不意の質問に俺は慌てた。そういう目で見てないからな、そういう目で。

ぼやっとしていた視線がたまたまそうだっただけで・・・。


「あのおっさんが信用できるかどうかってことよ。既に一人離脱していったし。」

「あーそっちか。」

「そっち?」


自然な日本語だ。

俺より若いかな?容姿では年齢を判断できない。

彼女も転送された人だろう。

深呼吸をする。

慌てた態度を落ち着けなくては。


「おほん。この広場を見ると、なんというか・・・ファンタジーな人達がいるよね。容姿の特徴がぜんぜん違うのに談笑しているじゃない?」


獣人。銀髪のエルフ。普通の人。

広場の真ん中で食事をしながら、にこやかに談笑している。

彼らの考え方や能力はおそらく違う点が多いのではないかと思われるが、今の俺では詳細を想像できない。

明らかに違うのは容姿だ。

容姿の特徴が違うと、争いが起きやすいというのは歴史を見ても明らかだ。

争いの結果、ある程度の折り合いがつくと、平和と秩序が生まれる。


「コスプレイベントかもしれないが、それはそれとして、少なくともこの周辺の治安は良さそうだ。そんな場所にある建物でこんな人数を罠にかける可能性は低いと思う。俺は彼の話を聞くことにするよ。」


彼女は少し驚いた様子で俺を見た。


「なるほど。そうね。」


ふと、彼女の視線が俺の後方に移動した。

振り返ると、獣人が日本円を出して屋台でソフトクリームを購入している様子が見えた。ファンタジーな人達が日本円を持っているわけないよな。やっぱり、高度なコスプレかねえ。


「あそこ。ソフトクリーム売ってる。300円だって。私達も食べてみない?」


緊張が溶けて緩んだ表情が可愛らしい。

面白い提案だが・・・。


「いや、財布持ってきてないんだよね。」

「大丈夫。あたしが出すわ。」


彼女は、財布を持ってきていたのか。

俺の返事を聞かずに、チョコ味のソフトクリームを2つ買い、1つを俺に手渡した。

俺達は、傍にあったベンチに腰掛けた。


「うん。美味しい。」


俺も一口食べてみた。

普通に美味しい。


「あたしは、ヨーコ。あなたは?」


ヨーコか。日本人なのか?

氏名まで分かれば判断つくかもしれんが、まだ、警戒しているのかもしれない。

俺も氏名までは言わないほうがいいかもしれない。


「イツキ。」

「イツキ。やっぱり、あなたもあのダンジョンをクリアしたの?」

「地下3階踏破ってやつだよな。」

「うん。持ち帰るものは・・・」


「「命」」


言葉が重なった。

彼女も一度死んだんだ。俺と同様に。


「ここっていったいどこなんだろうね。日本じゃないのかしら。」

「わからない。だが、言語は日本語で、日本円が流通している。ルーツは同じである可能性は高いと思う。」


獣人は日本語を話していた。

犬のような顎と口がしっかり動いて出てくる言葉が日本語。

非常に不思議だった。


少しだけヨーコと情報交換を続けた後、指定された建物へ行った。


「チュートリアルを始める。まずは、シンプルに大事なことを言おう。」


スキンヘッドの男は低い声で続けた。


「諸君らは100日後に死ぬ。」


チュートリアルは、衝撃的な一言から始まった。

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