第5話 SPOT訪問

 スポンサー契約は一年ごとの更新なので、年に一度契約のため、本社に行く。事前にメールと封書が送られてくる。封書は実家宛てで、届くと父から連絡が来る。メールは紫苑の個人ケータイに入る。送り主は羽鳥さんではなく、スポーツ事業部だ。本社は東京にあり、いつも父と一緒に行く。未成年なので保護者が必要なのだ。はじめは契約のことはよくわからないと放置していたが、その年は前日に契約書を引っぱりだし、読んでみた。意外と理解できた。競技保障費や遠征に向けての協賛。器具の提供。大会成績に寄る加算金。自分のしていることが金になる。この時ようやくそれを自覚した。大会に出て、賞金をもらうだけが稼ぎ方ではない。そんなのは効率が悪いやり方だ。紫苑はSPOTの担当者の話をよく聞いた。

「基本的な条件は去年と同じです。そうだ、聞いておきたいことが。高校卒業後はどうされたいか、考えていますか」

「できたら推薦で大学に進みたいです」

 父は少し驚いたようにこちらを見た。この話はぼんやりとしかしていない。

「そうですか。ではしばらくは大会遠征も同じくらいのペースになりますね」

「たぶん。でも今年はワールドカップがあるので、それには出たいです」

 賞金は少ないが、注目を浴びる大会だった。オリンピックにもつながる。

 サインをし、父が印を押し、契約は成立した。

 滞在は一時間である。帰る時なんとなく楡はあたりを見渡した。応接室のあるフロアは静かで、社員の姿はない。エレベーターで一階に下りてしまうと、もう出るだけだ。紫苑がなんとなくもたもたしていると、担当氏が気がついた。思い切って聞いてみた。

「あの、羽鳥さんはここにいるんですか」

「あ、羽鳥ですね。おります。今呼んでいるのですが、前の打ち合わせが長引いているようでして」

 先方が慌てて、ケータイを取りだした。

 ちょうどそのタイミングでノックが合った。

 羽鳥さんが顔を出した。一年ぶりである。振り返った瞬間目が合った。ふわりと目元で笑ってくれる。

「遅れまして失礼しました」

 父をまず挨拶をし、次にもう一度楡と目を合わせた。ちょうど目の前の高さである。懐かしくて、楡はついじっと見た。ふしぎとテンションが上がっている。あれ、なんだろう、これ。

 羽鳥さんは紙袋を差し出した。

「これ、新製品サンプルなんですが、使ってください。あとはお土産です」

 受け取るとずっしりする。ロゴのついたTシャツがメインのようだが、他にもごちゃごちゃ入っている。父の方は恐縮してペコペコしている。父は羽鳥さんのファンだ。

 もう済んだの。済みました。こそりと耳打ちされて、うなずいている。時間も11時前と昼にしては早い微妙な時間だ。じゃあ、と羽鳥さんは立ち上がった。せっかくだから、社内をちょっと見て行きますか。羽鳥さんは先に立ち、社内の歴史を紹介する部屋とかスポンサーしている選手のコーナーなんかを見せてくれた。そこに自分もいた。

「え、こんな昔の写真?」

 最近の優勝記念写真や記事に交って、契約初年度の写真が飾られていた。

 羽鳥さんはそれをのぞいて、振り返った。

「もう三年ですね。すっかり大人ですね」

「いやいやまだまだ」とかなんとか父が返している。

「いえまたそんな、こんなイケメンの息子さんがいたら、大変では?」

 イケメン?っていったか今?紫苑は耳を疑った。あくまで大人の会話で自分は無視か?と思ったら、羽鳥さんが笑ってこっちを見ていた。

「もてるでしょ」

 紫苑は顔をしかめた。もてると言えばもてる方かもしれない。女子が寄ってくるという点ではそうだ。

「我が社では人気です」

 羽鳥さんは言い切った。

「実は柴崎君より。女子には」

 柴崎君はメジャーリーガーだ。パワーヒッターで活躍している。

「それを言ったら羽鳥さんのほうがもてるでしょ」

 言ってから紫苑はハッとした。もともと無口で思っていても口にしたりしないのにどうしてこんなことを言ったんだ。案の定父がぎょっとしている。

「そりゃもう。羽鳥さんは社内にファンクラブがありますからね」

 意外な方から答えが返された。担当氏がうんうんとうなずいている。羽鳥さんはとみると苦笑いという顔だ。否定もしない。そうでしょうね。そんなかんじだ。父はすぐ入会するだろう。そういえば結婚しているのだろうか。指輪はしていない。でも充分可能性はある。していておかしくない年齢だ。そうだよな。なぜ今頃そんなことに気付いたのか。腹の奥がむずむずした。もやもやか? 

 微妙な空気になりかけたが、羽鳥さんがすかさず動いた。エレベーターの方へさりげなく誘導する。その前でちょっとフロアに寄り道をする。

「ここがわたしたちのオフィスです」

 紫苑をすこし前に出し、「楡紫苑選手が来てます」とフロア内に声を張った。すぐに社員が気づいて立ち上がり、拍手をしてくれた。思わぬ歓待に楡は嬉しくて頭を下げた。

 照れくさくなり、後ずさると横目にすこし広い一角を認めた。あそこが羽鳥さんの席ですかと指を指すと、そうだという。ホワイトボードに妙にたくさんのマグネットが並んでいる。あれなんですか。あれ?出張が多いから、誰かしら買ってくるようになって、いつの間にか集まっちゃったの。それを紫苑は記憶した。


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群青写真 sumIF @getasan

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