永遠の美

「なんでも…望みを言え、と?」


「そうさ、どのようなものでも、望む力を」


「……そういわれても、なんとも」


「であれば、こうなりたい、という望みでも構わないよ」


「なりたい…そう、だな。だったら、私は美しいモノに囲まれて生きたい」


「美しいもの、か。それは美女、という事かい?」


「いいえ、いいえ!違う、違いますとも!そうではない、一代だけのものではない、後世にも永遠に伝わるような、そういうモノだ」


「なるほど、つまりは美術品?」


「そう、そうだ、美術品。そういったモノに囲まれていたい」


「分かった、ではどれだけ使っても無くならない程の財力を授けよう」


「いや、違う、そうではないのだ。有り余る金で美術品を掻き集めるなど下劣な行為は望んではいない」


「であれば、創造するというのは?」


「創造…そうだ、それだ。私は自分の手で美しいモノを作りたい。そしてその中で生きたいのだ」


「君の望みは理解した。君には美術品を創造するに相応しい祝福ギフトを授けよう」


「おぉ…感謝します!」


「君の新たな人生に幸あらんことを」



「ふぅ、やっと今期のノルマが終わったよ…」


「お疲れ様です、53番」


「おや、54番、君から出向いてくれるとは珍しい」


「今期のノルマは大分厳しかったですからね。先輩がちゃんとこなしているか確認しに来ました」


「ふふふ、そう煽っても無駄さ。ちゃんとノルマは達成したよ。ついさっきだけどね」


「……それは予想外でした」


「全く、君はもう少し先輩を敬うという事を覚えたほうがいいね」


「同期ですので」


「一応は先輩だよ、これでも。そういう君はどうなんだい、54番」


「終わっていなければ来ていません」


「仕事熱心だよねぇ、君は」


「そのための存在ですから」


「それにしても、今期のノルマは確かに厳しかったね。永遠に終わらないんじゃないかと思うところだったよ」


「前期は冥界に水を開けられましたからね。上も必死なのでしょう」


「末端の私達の負担も考えてほしいものだけれどね。まぁさっきの転生者で終わったからいいけど。……あぁそうだ、54番、君は永遠の美しさというのはどういうことだと思う?」


「なんですか、藪から棒に」


「実はさっきの転生者が、永遠に残る美しいものを自分で作りたいっていう望みだったからさ」


「なるほど、そういうことですか」


「それで、どうだい?」


「正直、私にはよくわかりませんが…あぁ、そうだ。丁度いい話があります」


「へぇ?」


「先日、貴方が面白い話を聞かせてくれましたよね。そのお返し、というわけでは有りませんが、私から1つお話させてもらいます」


「ほう!君の話か、それは興味があるね」


「お互いノルマを終わらせたいいタイミングですし、少しお時間をいただきます」


「勿論、構わないとも」


「それでは、これは永遠の美しさを求めた転生者の話です」


「おっと、早速永遠の美しさについて結論が出るのかい?」


「そう簡単に終わるようであれば、わざわざこんな話はしません」


「それは失敬」


「彼女は転生の望みに、永遠に保たれる美しさを求めました。永遠、ということですので、まずは【不老不死】を」


「君のところは何かと【不老不死】を求める者が多いねぇ」


「多くの人の望みなのだと思います。寧ろ美を追求するのような願いの方が少数では?…ともかく、まずは永遠を担保しましたが、正直、美についてはよくわかりませんでした」


「さっきもあまりピンと来ていない様子だったものね」


「えぇ、ですから、美とは何かを考えたのです」


「ほほう」


「美しいとは、つまり多くの人から好ましいと思われるモノであると考えました」


「確かに、そういった側面はありそうだね」


「ですので、自らの存在を自在に変える事が出来る【変貌する魂】と、他人の心情を把握出来る【覗き見る瞳】、そして周囲から好感を持たれやすくなる【人気者】を融合させ祝福ギフトとして授けました」


祝福ギフトの融合とは、また思い切った事をしたね」


「……その時はまだ若輩でしたので」


「若気の至りってやつか。内容を聞くに、周囲からの好感にそった存在に自動で変化させるようにしたのかな」


「その通りです。そしてその試みは成功しました。彼女は時が経つに従い、周囲から羨望の眼差しを浴びる姿へと成長しました」


「どんな姿になったんだい?」


「スラリと伸びた手足、流れるインクのように艷やかな深い黒髪、豊かな乳房、目鼻立ちはくっきりとし、切れ長の目尻に黒の瞳、ですね」


「なるほど、それが美しいということか」


「適齢になると周囲からの婚姻の願いは引く手あまたでした」


「美しいモノというのは人を引きつけるものなのだねぇ」


「しかし、彼女は誰とも婚姻を結ばなかったのです」


「へぇ、それは何でだい?」


「彼女の転生先は地方の都市でした。決して小さいわけでは有りませんが、まだまだ大きな都市はいくつもあります。ですので、彼女はもっと自分に相応しい男がいるのではないか、とそう思っていたようです」


「中々傲慢な考えだね」


「【不老不死】で時間は無限にありますからね。もっと良いものを、と考えるのは人のさがなのでしょう」


「それで、彼女は別の街へいったのかな」


「えぇ、彼女は街を転々としました。道中の路銀は行く先々で言い寄ってきた男から貰っていたようです」


「はは、私は知ってるよ。そういうのは悪女っていうんだ」


「人はそう呼ぶのかもしれませんね。それでも、【人気者】の影響か大きなトラブルには見舞われなかったようですが」


「【人気者】は意外と便利な祝福ギフトだねぇ。今度使ってみようかな。おっと、話の腰を折ってすまない」


「そうしていくつかの街を巡っていくうちにたどり着いた辺境の国の王都で大きな事件が起こります」


「おぉ、いいねいいね。それで、何が起きたんだい?」


「魔王が現れたのです」


「魔王」


「正確には魔族と呼ばれる種族の王、ですね」


「なるほど、それで魔王。その魔王の何が問題だったんだい?」


「その世界では世界の約2割が魔族と呼ばれる種族が支配する土地でしたが、魔族の数に対して圧倒的に土地が足りませんでした」


「なるほど、その魔族が土地を求めて人の支配する土地に侵略してきたってことかな」


「その通りです。そして運が悪いことに、その辺境の国は魔族の支配する土地に面していました」


「あらら、それは大変だ」


「辺境の国王は魔王討伐の声をあげますが、誰一人として手を挙げる者はいませんでした」


「魔族というのはそれほど強力なのかい?」


「個体差はあるようですが、概ね人よりは戦闘に長けていたようです。困り果てた王でしたが、とある噂を耳にします」


「お、もしかして?」


「そうです。首都の城下町に、誰もが振り向かざるを得ない程の絶世の美女が居ると」


「目をつけられちゃったわけだ」


「かなり派手に男漁りをしていたようですので、当然ですね。そして王はこう命じます。その女を捕らえよと」


「うん?捕らえる理由がよくわからないな」


「王の目論見はこうでした。魔王を討伐した暁には、その女を妻として差し出す」


「うわ、凄いこと考えたものだね」


「美しいという事はそれだけで価値があるものなのだと改めて認識しましたよ」


「それで、その転生者はどうなったんだい?」


「彼女は捕らえられ、王の目論見通り多くの男達が魔王討伐に名乗りを上げました」


「そして魔王を討伐した英雄の妻となりました、かな?」


「ところがそうはなりませんでした」


「へぇ、それは何故だい?」


「誰一人として魔王を討伐出来なかったからです。逆に、侵攻してきた魔族の軍に王と共に囚われる事となりました」


「まぁ、よくよく考えれば軍相手に一人で立ち向かったところでどうにもならないよね」


「全くその通りですね。そうして囚われた王と共に、見せしめとして公開処刑される事となったのです」


「別に王族というわけでもないのに、なぜ?」


「周囲の男たちがあまりに彼女を庇うものですから、それだけ重要な人物なのだと勘違いしたのでしょう」


「美しい事が完全に裏目に出ちゃってるんだね。あれ、でも少し疑問があるよ。魔族は彼女の美しさの虜にならなかったのかい?」


「えぇ、なりませんでした。そのあたりはこれから話します」


「おっと、ちょっと先走っちゃったか」


「処刑場に連行され、多くの魔族の視線にさらされながら死を目前にした彼女でしたが、このとき彼女に変化がおきました」


「まさか、突如ものすごい力に目覚めて周りの魔族を倒しまくった、とかは言わないよね」


「……3割程度は正解です」


「えっ!?」


「彼女の変化はまず四肢から起きました。スラリと伸びた手足は筋骨隆々太く力強いものに。流れるインクのように艷やかな深い黒髪は燃えるような赤く長い髪へ。豊かな乳房は小さくなり4つに増え、その口からは鋭い牙が。黒の瞳は紅玉の如き紅へと変わり、額にはもう一つ目が現れました」


「わぁ、なんか凄いことになったね。あぁそうか、彼女に授けた祝福ギフトは、周囲の好意に合わせて肉体を変化させることだったね。つまり、魔族においての美しさというのはそういう姿だったってことか」


「概ねその通りですね。魔族にとっては力こそが全て。彼女の姿はその力を十二分に発揮するのに適した姿だったのです」


「ふーむ、美しさというのは価値観によって変わるということなのか」


「そのようですね。美しさとはこういう事だと決まっていると思っていましたから、私も驚きました」


「む、ちょっと待って、ということはもしかして、その姿は彼女の望む美しさとは違うということもあり得るんじゃないのかい?」


「鋭いですね。彼女は自らの姿を見て激しく嘆きました。こんなものは美しさではないと。しかし、周囲の魔族はその姿を絶賛し、その姿であるからこそ処刑を免れることができました」


「自分の思う美しさではないからこそ助かったということか。なんとも皮肉なものだね」


「散々魔族にもてはやされた彼女ですが、ついには魔王の妻として迎えられることとなりました」


「彼女としては不本意なんだろうけどね」


「しかし拒否することは出来ませんでした。魔族は人以上に封建的な社会のようでしたので」


「なんとも不憫な話しだね」


「とはいえ、魔王からはとてもに大切にされていたようで、その生活そのものについてはこれと言った不満はなかったようです。そんな生活をしていく中で、彼女は1つの考えに至ります」


「ほほう、それはどんな?」


「今の姿は一方から見れば美しさとは程遠いが、しかし一方から見ればこれだけ大切にされる程とても美しいのだと。であるならば、その一方だけになれば、自分は世界一の美しさを持つ事になるのではないかと」


「非常に危うい考え方だね」


「まさしく。しかしその考えもまた真理ではあります。そして幸か不幸か、彼女は行動力があり、魔王の妻でした」


「あー、何となく分かったよ」


「予想は付きやすいですかね。おそらく53番、貴方の予想通りです。彼女は、人の完全駆逐を望みました」


「うわー、やっちゃったね」


「魔王としては魔族が住むに十分な土地さえあれば良く、人を完全に殲滅するつもりはなかったようですが、絶世の美女である自らの妻にそう願われては答えないわけにはいかない」


「男というのは本当に愚かな生き物だねぇ」


「全くですね。人と魔族との戦争が本格化した後は一方的でした。全く纏まりのない人の国を1つ、また1つと滅ぼしていき、50年と経たずに世界から人という存在はほぼ駆逐されました」


「本当にやり遂げちゃったのか。ということは、彼女は世界一の美しさを手に入れたということだね」


「そうですね。【不老不死】を持つ彼女は『麗しき魔族の母』と呼ばれ、後世に渡るまで崇められたようです。その後もその姿のままで居られるかどうかは、世界の選択次第でしょうね。話は以上です」


「うん、中々面白かったよ」


「満足していただけたのであれば幸いです」


「しかし、こうして話を聞いてみても、やっぱり美しさというのはよくわからないね」


「そうですね、抽象的な概念として美しさという言葉は理解できますが、いざそれを具体化しようとしたときにはまるで雲を掴むような感覚になります」


「見る人によって変わる、かぁ。そう考えると、永遠の美しさというものは無いのかもしれないね」


「美しさに限らず、永遠というものは存在しないのかもしれませんよ」


「というと?」


「ほら、それです」


「転生者リスト…?あぁ!そうだね!永遠に続くと思っていたノルマだって、いつしか終わるのだからね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女神様の戯言 黒蛙 @kurokawazu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ