女神様の戯言

黒蛙

健康的な肉体

「最強だ!最強の力をくれ!」


「わかりました。では最強の力を授けましょう…」


「よし!ハハッ、これで俺ツエーして楽しんでやるぜ!!!」



「行きましたか。全く、最強の力なんて抽象的な望みを言われても困りますね」


「お疲れ。今日は何人目だい?」


「なんだ、貴方ですか」


「おいおい、先輩に向かって何だとは悲しい事言うじゃないか、女神54番」


「僅か300年程度早かっただけで先輩風を吹かせないでください、女神53番」


「相変わらず厳しいね。それよりもさっきの転生者はどんな願いだったんだい?」


「最強の力をくれ、です。最強とは一体何なんでしょうね」


「ここ最近はそんな願いも減ってきたと思っていたけど、まだあるんだね、そんな願い。で、君はどんな祝福ギフトを授けたんだい?」


「前に同じ願いをされた転生者にはその世界最高の攻撃力を授けましたが、あっさり死んでしまったようなので、今回は最高の防御力にしてみました。」


「死んでしまっては元も子もない、ということか。まぁ転生者は漏れなく寿命以外の要因で一度死んでいるんだけどね」


「正確には、死ぬ定めにあった、ですよ。先輩」


「おっと、私達の管轄外である死者を転生させたなんて思われたらどうなるか分からないからね。危ない危ない」


「ちゃんとしてください。先輩」


「これ見よがしに先輩と呼ぶのはやめ給えよ」


「それで、そちらはどうなんですか53番」


「あぁ、何人目って話しかい?こっちは12人目。流石に神力も尽きそうだから今日はこれでお終いさ。君は?」


「今の転生者で8人目です。面倒な願いがあったのでこちらも神力が尽きそうですね」


「面倒な、というと?」


「非常に細かく指定してきましたね。不老不死はもとより、全属性耐性やらありとあらゆる疫病、毒への耐性などなど、おそらく彼の思いつく限りの祝福ギフトを上げていったのでしょう」


「へぇ、それを全て授けてあげたのかい?」


「えぇ、その代わり一人に与える祝福ギフトの枠を大きく逸脱していたので、全ての生物から魂のレベルで嫌悪される存在に転生させて帳尻を合わせました」


「うわ、えげつない」


「そういう53番、貴方はどうなんです?」


「どう、というと?」


「このような面倒な願いはありましたか?」


「今日は特になかったかな。あぁそうだ、疫病、毒への耐性で思い出した。中々面白い話しがあるよ。聞くかい?」


「まだ仕事の途中ですが」


「お互いもう切り上げようというところさ、問題ないだろう」


「……まぁ、いいです。私も興味はあります」


「そうこなくちゃ。その疫病と毒への耐性なんだけどね、まとめて授けられる祝福ギフトがあるよね」


「【健康的な肉体】ですか」


「そうそう。その転生者はね、健康であればそれでいいっていう謙虚な者だったんだよね」


「中々珍しい」


「でしょ、だから【超回復】もおまけで授けてあげたのさ」


「【健康的な肉体】では肉体の損傷は治りませんからね」


「そうそう、折角だし、寿命で亡くなるまでは平穏に暮らしてほしいと思ってね」


「53番にしては気が効きますね」


「私を一体なんだと思っているんだい…?まぁともかく、その【健康的な肉体】を授けた転生者の話しさ」


「聞く限りだと、別段楽しそうな話しではない様に思えるのですが」


「それがそうでもなくてね」


「というと?」


「その転生者も最初のうちは平穏に暮らしていたのさ。転生前はどうやら医学に心得があったみたいでね、大人になってからは転生先の世界でも元の知識を十二分に活かして医療に従事していたんだよ」


「なるほど、医療の心得があるのならば、健康であればいいという考えに至るのも理解できます」


「人の死に一番近いといっても過言ではない職だものね。で、暫くは平穏に暮らしていた彼だったんだけど、1つの転機が来たのさ」


「転機、ですか」


「そう、彼は転生先で幼馴染を娶ったんだけど、その幼馴染が転生先特有の病に罹ってしまったんだよ」


「転生元の医学では対処できない、のですね」


「そう、ありとあらゆる手を使って彼女を治そうとしたんだけど、彼女の容態は悪化していく一方。自らの知識ではどうにもならない状況に絶望しそうになった時、彼は自分に与えられた祝福ギフトについて思い出したんだ」


「【健康的な肉体】…とはいえ、それは与えられた本人にしか効果が無いのでは?」


「私もそう思っていたんだけどね、なんと、彼は自分の血液からいかなる病をも治療する万能の秘薬を作ってしまったのさ」


「なるほど、祝福ギフトのおすそ分けということですか」


「あぁ、こんな使い方があるのかと驚いたものさ」


「それで、彼は自分の妻を治しめでたし、という話しですか」


「いやいや、話しはこれで終わらない」


「そうなのですか」


「そうなのです。しかも、ここからが面白いところ」


「ふむ?」


「自分の血液から秘薬を作ることに成功した彼は、この後どうしたと思う?」


「……医療に従事していたのならば、同じような病に罹った人を治したのでは?」


「正解!ところが、この行為が間違いだった」


「どういうことですか」


「どんな病でも治すことが出来る秘薬があると知った人々は彼の元に殺到したのさ」


「当然ですね」


「ただ人々が殺到しただけなら良かった。しかし事態はそれだけに収まるはずもない」


「何が起きたのです?」


「その秘薬を巡って、人々が争い始めたのさ」


「……愚かな」


「愚かだねぇ。でも、当人にしてみれば生死を分かつ問題だからね。必死にもなる」


「それで?」


「結局、彼のいた国は他国から攻め込まれ、彼とその妻は他国に囚われてしまう」


「そこで秘薬を作り続けた、ということですか」


「そうだね。また別の国に攻め込まれ、囚われるまでは」


「同じことの繰り返し、ということですか。実に愚かしい」


「全くだね。そうして彼を巡って争いが絶え間なく続いた」


「その状況をその彼が良しとしていたのですか」


「勿論、そんなことはなかったよ。でもね、彼は自ら死のうとしても死ねなかったのさ」


「【健康的な肉体】と【超回復】」


「そう、それを知った時は申し訳ないことをしたなと思ったものさ。まさかこんな事になるとは思っていなかったよ」


「裏目に出るとはまさにこういう事ですね」


「下手な親切心は良くないんだなと思ったものだよ。ともかく、そうして絶え間ない争いに巻き込まれながら、それでも彼は秘薬を作り続けるしかなかった。何故なら妻の命が掛かっているからね」


「妻の命を助けた事が、結局多くの命を奪うことになるとは、皮肉なものですね」


「そう、でもね、まだまだ話しは続くんだよ」


「まだあるのですか?」


「まだあるのさ。そうして作り続けた秘薬はいつしか膨大な量になった。その数は果てしなく続く争いで著しく減少した人々全てに行き渡るに十分すぎるほどだった」


「それだけあれば争う必要は無いのでは?」


「そう、秘薬が配られさえすれば争う必要は無くなった。それを実現したのが、一人の英雄さ」


「ここに来て登場人物が増えた」


「物語には英雄は必要なんだよ。その英雄は囚えられていた彼を開放し、大量に作られていた秘薬を全て配ったのさ」


「これで争いは無くなったのですね」


「そうだね、争いは無くなり、秘薬は潤沢に行き渡るようになった。彼としても病を治すのは本望だからね。争いにならないと分かれば自ら積極的に秘薬を作ったよ」


「まだ作るのですか」


「希少であるから取り合いになる、ならば飽和させてしまえば取り合いにはならない、そういう考えだったのだろうね。それから彼は寿命で死すまで延々と秘薬を作り続け、その量は向こう100年は賄えるだろうとまで言われたよ」


「100年か…薬というのは100年経っても使えるものですか?」


「いいや、普通の薬はそれほどは保たないと思うよ。うーん、多分30年くらい?よくわからないけど。多分それも【健康的な肉体】の影響かもね」


「それにしても、100年分は作りすぎではない?人の寿命は確か50年くらいですよね」


「もはや使命のように感じていたのかもしれないね。材料が自分の血液だから、自分が死んだ後には作れないという焦燥感もあったのかも」


「それほど作ったら自分の血液が無くなりそうですね」


「それも【超回復】のおかげで減るそばから戻るから、それこそ無限に作れるといってもいい」


「なるほど、大量の秘薬を後世に残し、めでたしと」


「ところがそうでもない」


「まだ続くと?」


「もうちょっとさ。向こう100年は賄えるといわれた秘薬はその通り、100年使い続けられた」


「100年は安泰だったということですか」


「そう、100年はね。しかし100年経つ頃には秘薬も尽きかける。人は慌てたよ、今まで当たり前のように使っていた秘薬が無くなるのだから」


「読めたわ、残りの秘薬を巡ってまた争いが起きた」


「惜しい、たしかに争いは起きたけど、それよりももっとまずい状態になっていたんだよ」


「争いよりも?」


「人は100年間、その秘薬に頼っていた。どんな病でもその秘薬を使えばいいって。だから、秘薬がなかった頃に行っていた治療行為が後世に伝わらなかったんだ」


「なるほど、秘薬さえ使えばいいのだから、病状に合わせた治療なんてする必要がない」


「そしてその秘薬は無尽蔵にあると、そう錯覚してしまうほどにありふれていた。伝わらなくなってしまったのも頷けるね」


「それで、その後はどうなったのですか?」


「運が悪いことに、秘薬が尽きかけた頃に流行り病が蔓延してね、多くの人が死んだよ」


「どのくらい?」


「うーんと、確か…8割くらいだったかな。確かに厄介な流行り病なんだけど、それでも100年前ならここまで酷いことにはなっていなかっただろうね。多くの人はどうすればいいのかわからずに死んでいったよ」


「たった100年で知識が途切れてしまうとは…人とは儚いものですね」


「でも、予想外にしぶといのもまた人さ。残りの2割はまだ細々と生活しているよ」


「そのしぶとさが人の強さなのでしょうか」


「そうだね、1000年くらいすればまた元通りの生活になれるかもしれないね」


「その程度ならばすぐですね。それで、この話はお終い?」


「そう、お終い」


「中々面白かったです。ただの【健康的な肉体】と【超回復】だけの祝福ギフトが、世界にこれだけ大きな影響を及ぼす事になるとは」


「かなり稀な事象だと思うけどね。そういえば54番、君にはこういった話はないのかい?」


「そうですね…今はぱっと思い出せないけど、多分何かあると思います」


「そうか、それじゃぁ今度は君の話を聞かせてもらおうかな」


「分かりました。次の機会には私の話を」

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