第8話
誰にだって、頑張っても出来ない事はある。無理して慌ててしまうより、誰かに「助けて」って言える事で…素敵な一歩が踏み出せるかもしれない。
小春は月曜日に疲れを癒す為、のんびりと過ごした…火曜日は、買い出しをして、仕込みをした。
そして、水曜日…今週分の焼き菓子を作る。
朝からクッキーやマドレーヌ、フィナンシェ…次々と焼き上げていく、厨房には出来上がった焼き菓子が梱包されるのを待っていた。
さすがに、多那瀬の姿はない…これまで助けてもらっていたが、普通に働くサラリーマンだ。平日までも助けてはもらえない。
「さぁ包みますか…」
一通り焼き終えた小春は、梱包作業をはじめた。
「こんばんはぁ~」
日も暮れた頃…仕事帰りの多那瀬がカフェ日和に顔を見せる。
「順調ですか?」
と多那瀬は、厨房へとやってきた。
「はい、ほぼ焼き終えたので、あとは包むだけです…」
小春は、作業の手を止め顔を上げた。
多那瀬は、当たり前のようにジャケットと鞄を店のカウンターに置いてきたようだった。シャツの袖を捲り、手洗いをしている。
「仕事帰りですよね…お疲れなのに申し訳ないです。」
小春の言葉に…
「好きでしている事なので、迷惑でなければ手伝わせて下さい。」
そう多那瀬は、返す。厨房に掛かっているエプロンをして、安定の包装台の席に座った。
「助かってます…でも多那瀬さんは、お仕事で疲れてますし…」
言いたいことはあるはずだが、優しく返されてしまって小春は、口ごもってしまう。
「無理はしませんよ。明日は、帰りが遅くなるので来れそうにないです。」
心配そうな顔をして、多那瀬は言う。
「大丈夫です。」
小春は、平日ですし…と返した。
「あら?今日は小春ちゃん一人?」
開店を待っていたサナエは、いつものように多那瀬が暖簾を持って出てくると思っていたようだった。
「おはようございます。はい、平日ですので…さぁ、どうぞ。」
小春は、立て看板を店の前に置き、サナエを店に招いた。
サナエは、ショーケースを眺めて品定めをしている。今日は何を食べようかと悩んでいたが…決まると、行動は早い。
「レモンタルトと、アイスティーをおねがい。持ち帰り用にマドレーヌ二個もよろしく。」
小春は「かしこまりました。」とマドレーヌを紙袋に詰めて、お会計し…サナエに紙袋を渡した。紙袋を受け取ったサナエは嬉しそうに抱えて、いつもの席に着く。
タルトを皿にとって、グラスにアイスティーを注ぎ、二つをトレーにのせて、サナエのもとに運んだ。
「今日は皆、町内会の後に来るから…それまでお話ししない?」
サナエに声をかけられ、小春はそうすることにした。
「多那瀬さんは、普通にサラリーマンだったのね。」
小春の話を一通り聞いて、サナエは驚いていた。
オープン前から、当たり前のように多那瀬の姿を見ているサナエは、多那瀬のことを従業員だと思っていたようだ。経営者だとしても違和感を感じなかったと言う…
「じゃぁ、ほぼ一人でやるのよね…」
サナエは、何かを少し考えているようだった。
「こんにちは、4人いい?」
町内会が終わったのか、先日サナエと来ていたお客が顔を見せる。
その後から、町内会に出ていた人達だろうか…次々と来店して、店内は満席になった。
まさか平日で、ここまで混むとは思っておらず、小春は慌てている。助けを求めたくても、今日は多那瀬がいない…
「小春ちゃん、慌てなくて大丈夫よ。皆急いでないから、出来た物をカウンターに出して。」
カウンターでバタバタとしていた小春に、サナエが声をかけた。
サナエの顔馴染みばかりなのか、サナエが動き出す…トレーに飲み物をのせて席を回ってくれた。
その間に小春は、皿にパイやマフィンを盛り付けていく…飲み物を配り終えたサナエと一緒に小春は、パイなどをお客に運んだ。
サナエの動きは手慣れた雰囲気があった。
「これで最後です。」
最後の一皿を出し終えて、やっと落ち着いた。サナエにお礼を言って、小春はカウンター内の片付けをはじめる…
その合間にも、焼き菓子を買いに来るお客が何人かいて、正午前にお客たちは帰っていった。
サナエがいなければ、大変な事になっていただろう…今も、席の片付けをサナエがしてくれている。
小春は、洗い物に追われていた。
「サナエさん、助かりました。ありがとうございます。」
やっと手が空き、二人は一息つく事が出来た。
「もしよろしければ、レモンスカッシュいかがですか?」
小春の言葉に、サナエは喜んだ。
「私、レスカ好きなの。」
疲れを見せる事なく、サナエは楽しげに笑っている。
「汗もかいたと思うので…塩レモンを使った、ソルト.レスカです。混ぜてお飲み下さい。」
「いただきます。」
サナエは、珍しそうにグラスを眺めてから、ストローでよく混ぜるて飲んだ。
「美味しい…丁度いい甘さと酸味に、少しだけ塩味があって飲みやすいわ。暑い日にピッタリね。」
サナエの喜ぶ顔を見て、小春も座って一休みする事にした。
「ねぇ、小春ちゃん。平日は誰かに手伝ってもらったらどう?」
サナエの言葉に、小春は考える…
「知り合いが、こっちに居なくて…バイトを雇えるほど稼げるか不安で…」
確かに今日のような日が続くなら、人手があった方が良いが…まだ開店して間もない、客足の保証もない、不安ばかりだ。
「午前中、だらだら暇してる子がいるけど…手伝いに来てもらうのはどう?」
サナエに言葉に、小春は少し考えてしまう。
「雇うまで考えなくていいわ、お小遣い程度は出してもらうけどね。」
少し戸惑いはあるが…サナエの申し出を受ける事にした。
翌日、小春が店を開ける支度をしていると、サナエが声をかけてきた。
「おはよう、小春ちゃん、昨日言っていた子よ。」
サナエの後ろにいたのは、先週話をした少女だった。
「おはようございます…あれ?この前の…」
小春は、驚いた顔で少女を見た。
「あら?お知り合い?」
小春と、少女を交互に見てサナエは首をかしげる。
「初日から来ていただいてるお客様です。先日、お話もして…」
週末に小春は、少女と話をした事をサナエに伝えた。
「それなら、話は早いわね。今日から少し、この子に手伝いをさせてもらえないかしら?」
知らない人が来るよりも、気は楽だった。「試用期間という事で…」と小春は、少女に手伝ってもらうことにした。
飲食店でのバイト経験があるという少女…カナエは、教える事がないほど、テキパキと働いてくれた。
カナエは、サナエの孫娘だという。接客が上手く感じの良い子だ。
正直、お菓子作りは得意だが…人見知りで、接客が少し苦手な小春にとっては、多那瀬に代わる救世主のように思えた。
昔ながらの下町感あるこの場所は、平日、週末変わりなくお客が入る。高齢の方や、主婦らしき客が多い…平日も家に居る人達ということだ。
「ありがとうございました。」
午前中、最後のお客をカナエは見送った。
「カナエさん、そろそろ休憩にしましょうか?」
厨房で作業していた小春が顔を出す。
「はい。」
カナエは、少し暑そうに襟元パタパタとさせる。
「お疲れ様です、厨房へどうぞ。」
小春にすすめられて、カナエは厨房へと入り目を輝かせた。
「甘い香りがする。凄い、ここでお菓子を作るんですね。」
カナエは、嬉しそうに辺りを見回す。
「ホットサンドと、アイスティーを用意したのでどうぞ。」
厨房内の広いテーブルに食事が用意されていた。カナエは、すすめられた丸椅子に座り食事をはじめる。
その間、小春は店のカウンターで菓子やケーキを持ち帰り用に買いに来るお客の接客をしていた。
「ごちそうさまでした。」
食事を終えて、カナエが店に戻る頃には、ケーキやパイ…焼き菓子も完売となっていて、小春が閉店作業をしていた。
「あっ、カナエさん。今日は、完売してしまい…もう閉めますね。」
15時前と早めの閉店だ。
「今日は、ありがとうございます。助かりました…少しですが、お給金です。」
小春は、茶封筒をカナエに渡しす。思ったより厚みを感じてカナエは封筒の中を見た。
「こんな早い時間に終わって、こんなにいただけません。」
カナエは戸惑った顔で、小春に封筒を返そうとするが…
「17時まで、お願いしようと思ってて用意していたけど…カナエさんの接客のおかげで完売出来たから、その分で受け取って。」
小春は、こんな時間に完売なんて凄いと喜んでいる。そんな小春に返す事は出来なかったが…カナエは、どうしても金額分働きたかった。
「お給金は頂きます。でも、17時頃までは働かせていただけませんか?」
カナエの言葉に…
「まだ手伝ってもらっていいの?助かる~」
小春は、完売してしまい…明日の分の焼き菓子を、これから作らなくてはならない事を伝えると「これからの方が大変じゃないですか。」とカナエに心配された。
お店は軌道に乗り始め、忙しい時間が増えていく…一人で、頑張らなきゃと思っていたけれど、周りに心配をかけるだけだって気付いた。
色々な人に支えられて、やっとお店になるのだと感じはじめる。
甘く香る古民家カフェ 菓夢衣 千 @senyuki
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