第7話

昨日より今日を、今日より明日を、カフェ『日和』は色付いていく…

そのまま、消えてしまうかもしれない古民家だった…懐かしい思い出を閉じ込めて終わってしまうはずだった。

忘れたくない思い出があるように、終わらせたくないモノがある…



「お疲れ様です。」

多那瀬は、店じまいをして厨房に現れた。

「お疲れ様です…」

もう限界という表情浮かべて小春は言う。

「初日から、大盛況でしたね。」

多那瀬は、定位置なりつつある作業台の包装する場所に座り、自然に手をのばし、お菓子の梱包を始めていた。

「助かります…もうくたくたで…」

小春は、最後のパウンドケーキを焼き上げ、冷ます間に多那瀬の横の席に座り、梱包作業を始めた。

「前日に出来る事は手伝えますが…小春さんは、朝から大変でしたね。」

パウンドケーキや、焼き菓子は前日から用意できるが…パイや、マフィンは当日に焼くのが美味しいのだと小春は言う。

それは、節の時からの決まりだったみたいだ。

「先ずは、明日をのりきります。」

小春は、最後のひと踏ん張りと梱包の手を進めた。

お店の、オープンは木曜日から日曜日である。

食材の調達や、焼き菓子のストック作りの為に、月曜日から水曜日は定休日と決める事で、無理なく出来ると考えたからだ。

「多那瀬さんのアドバイス通り、週の前半休みにして正解でした。」

小春は、思いのほか大変な仕事だと実感した。



二日目のオープン…

早くも、店先に小さな列が出来ていた。

「お待たせしました。いらっしゃいませ、どうぞ。」

多那瀬が暖簾を出し、立て看板を置く事を確認してから、初老の男女五人の客は入店した。

昨日、来てくれた女性と男性の姿を確認して、多那瀬は声をかけた。

「今日も来ていただいて、ありがとうございます。」

二人は、笑顔で会釈し女性が、応えてくれた。

「午前の方が、涼しくて動きやすいからって、皆でおしかけちゃた。」

はじめの頃から、話しやすい方だと思っていたが、お茶目な雰囲気もあるんだと多那瀬は感じた。

「それに、今日を逃したら…次は三日後。お菓子も買って帰らなきゃ。」

そう言い残して、女性はカウンターへとかけて行った。

今日も、暑くなるだろう…みなそれぞれ、アイスコーヒーや、アイスティー等を注文していた。もちろん、マフィンや、パイ等の注文も忘れずに…

「あと…持ち帰り用に、このマフィンと、フィナンシェ…サブレも包んでもらえるかしら?」

初日一番の、女性客…サナエは、少女の様な顔をしてお菓子を選んでいた。

「サナエさーん、お店のお菓子を買い占めないでね。」

一緒に来てた、女性は早々に席に着いている。

サナエは、少し急かされながらも、満足出来るチョイスができたのか、嬉しそうに紙袋を抱えて、彼らの席に合流した。

それから、入れ替わり立ち代わりと、お客さんは切れる事なく来店してくれた。



「はい、お疲れ様です。」

やっと客足が途絶え、つかの間の休息をとることができた。

疲れて、小春はカウンターにもたれかかり、うつらうつらと舟をこいでる…冷やしていたスポーツドリンクを冷蔵庫から出すと、多那瀬は小春の頬にくっつけた。

「ひゃぁっ!」

一瞬、冷たさに驚き小春が声を上げたが…気温は暑く、スポーツドリンクを多那瀬から受け取ると、小春はおでこにあてて、頭を冷やしていた。

「気持ちいいです…」

小春は、そのまま寝そうになる。

「ちゃんと水分補給してください。」

多那瀬に急かされ、小春はスポーツドリンクを飲んだ…身体に吸収されるように飲めてしまう。気付けば小春は、ペットボトルの半分ほどを飲んでいた。

「生き返りました。」

水分を補給出来たおかげか…小春は、背筋を伸ばす事が出来た。

その様子を見て多那瀬は大丈夫だと確認し…「もう少し、待てて下さいね。」と言い厨房に入っていった。

何かを炒める音がして、ケッチャプの焼ける良い香りがする。

「お待たせしました。」

皿を持って現れた多那瀬は、皿とフォークを小春に渡した。

「ナポリタン。」

小春は、嬉しそうな顔を多那瀬に向ける。

「味の保証はありませんが、どうぞ。」

と多那瀬にすすめられて、小春は頂く事にした。

「美味しい…」

懐かしのナポリタン…その言葉が合うナポリタンだった。

「よかった…暑い日は、しっかり食べないとばてますからね。」

そう言うと、多那瀬も食べ始めた。

「多那瀬さんは、お料理も得意なのですね。」

食べながら、小春は多那瀬を尊敬する。

「時々、自分の分を作るくらいですよ。」

多那瀬は、恥ずかしそうに謙遜していた。



日も傾き、涼しい風が入りはじめた頃…

「こんにちは…」

爽やかな女性の声がした。

「はーい」

厨房から、小春が顔を出すと少女の姿があった。

「あっ、店長さんですね。」

少女は、やっと会えたとばかりに喜んだ声をあげた。何のことか解らず、小春はキョトンとした顔をする。

「戻りました。」

と、ちょうど多那瀬が、買出しから帰って来たのだった。暖簾をくぐり入ってきた多那瀬と、少女の目が合った。

「あっ、こんにちは、昨日いらしてくださった。」

多那瀬は、少女に笑顔をむける。

「はい、こんにちは。」

覚えてもらっていた事に、少女は喜び挨拶する。

「昨日も、来てくださってたんですね。ありがとうございます。」

小春は自分を知っていた理由がわかり、少女に挨拶をしたが…そっとショーケースに目をやり、おどおどしながら…「お菓子…もう、ほとんど売れてしまって、焼き菓子が少しあるくらいなんです。」

と、少女に伝えた。

「焼き菓子も、美味しそうですね。昨日いただいたマフィンとても美味しかったです。」

少女は、焼き菓子をキラキラとした瞳で眺め…

「月曜日からお休みですよね…」と、少し残念そうに聞いてきた。

「はい、そうなんです。買出しや、仕込みがあるので…」

小春は、申し訳無さそうに応える。

「3日間来れない分で…これ全て頂いてもいいですか?」

少女は、ショーケースの中を指差す。

あまり無いとはいえ…マドレーヌが3個、クッキーが3枚入った物が二袋、ガレットが5個あった。一人で3日間で食べ切れる量ではあるが…二人は少し驚いた顔をしてしまった。

「買占めちゃうのは…やっぱりダメですかね?」

少女は、不安気に言葉をはっする…

「あっ、大丈夫です。」

ハッと小春は、返事をする。

「全て、お持ち帰りにしますか?」

多那瀬が、優しく少女に問いかける。

「えっと…マドレーヌ1つは、食べていってもいいですか?」

「はい、かしこまりました。お飲物は、どうされます?」

少女の応えに、多那瀬は優しく対応し、飲み物のメニュー表を出す。

「今日は…本日のハーブティーで、お願いします。」

少女は、黒板を見上げた。

本日のハーブティーには『カモミールとレモン』と書かれている。

「温かいのと、冷たいの…どちらにしますか?」

多那瀬がオーダーの対応をしている横で、小春がハーブティーの準備を始めていた。

「オススメは?」

少女は首をかしげる。

今日、昼間は暑かったが…日が傾き、少し冷たい風が入っていていた。

「日も沈み、冷えてきました。温かくして、蜂蜜をくわえるのはいかがですか?」

小春の言葉に、少女は明るい声で「それでお願いします。」と期待の表情を見せた。

多那瀬は、わくわくとした少女を見ながらお菓子を紙袋に詰めた。

少女は、嬉しそうに紙袋を受け取ると席に着く。

少しして、少女にお茶とマドレーヌを運んだのは小春だった。

「お待たせしました。マドレーヌと、本日のハーブティーです。蜂蜜はお好みでどーぞ。」

小春は、少し緊張しながらも、テーブルに丁寧に並べていく…

目の前に置かれたカップから、カモミールの香りが広がる。

少女は、香りを吸い込む様に軽く深呼吸して…「良い香り」と笑顔を見せる。

小春は、その光景を見て満足気に笑みがこぼれた。そして、小春が立ち去ろうとすると…

「あの…少しお話ししてもいいですか?」

少女から、呼び止められる。

「はい」

小春は、何だろう?と不思議そうな顔をする。

「こんな住宅地で、なぜお店をはじめようと思ったのですか?」

少女は、キラキラした目を小春に向けた。

小春は、昔ここで祖母がお店をしていた話しをすると、少女は真剣に聞いてくれたので…一度お店をオープンさせてみて惨敗した等の話もした。そして、その夜の話も…

「色々あったんですね。」

興味津々に話を聞いて、少女は言った。

「色々ありました…本当に、多那瀬さんが居なかったら、こんな話しすら出来なかったと思います。」

自分の不甲斐なさを再確認し小春は落ち込む。

「やろうと思った気持ちだけでも凄いです。」

少女は、間違いないと言う勢で小春に伝える。そして、戸惑う小春を見て…

「ここのお菓子が美味しいのは、優しくて、真っ直ぐな小春さんが作るからなんですね。好きです。」

少女は、最後の一口のマドレーヌを口へ入れて幸せな笑顔を見せる。

「ありがとうございます。まだまだ未熟ですが、頑張りますのでお店に来てください。」

小春は、少し恥ずかしそうに…しかし、嬉しそうに言った。



思い出の為にはじめたお店は…ここを好きだと言ってくれる人の為のお店になる。

懐かしい祖母を思い出して、優しい気持ちで作っていたお菓子は、喜んでくれる人の為に…好きだと言ってくれる人の為に…嬉しい喜びの気持ちを、優しさと共に込めて。


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