第6話

出会ってから、ずっとカフェ開業に向けて二人三脚でいてくれた事に感謝の気持ちでいっぱいだった。

気付けば、ひと月を軽く超えて…ふた月目にかかろうとしている。

こんなにも長い時間付き合わせてしまった事に、少し申し訳ない気持ちもあるが…



金曜日の夜に、仕事が終わってから多那瀬は、お菓子を包装していた。

いよいよ明日は、オープンを迎える。

「本当に、多那瀬さんには感謝してます。」

お菓子を焼き上げた小春は、多那瀬と共に包装作業に入り話し始める。

「あのまま、一人でやっていたら…きっと私、途中で諦めてました。なので本当に…」

小春が最後まで言う前に、多那瀬は話を挟んできた。

「あの日、此処に来れて良かったです。小春さんの、お手伝いが出来て…小春さんのお菓子に出逢えて…色んな人に食べてもらいた。」

小春は、おとなしく多那瀬の話に耳を傾ける。

「小春さんが諦めていたら、このお菓子は食べれなかったわけですし。それに…」

多那瀬は、少しためらう様に間をあけて…

「学生時代、カフェでバイトをしていて…いつかは自分もお店を開きたいなぁ~と思っていたのに…いつの間にか、普通のサラリーマンになってて…こうして手伝えて楽しいです。」

一つ一つお菓子を丁寧に包みながら言う多那瀬の顔は、恥ずかしそうにでも、嬉しそうに笑っていた。

そんな多那瀬の姿を、小春は静かに眺めていたいと思った。



ショーケースにマフィンや、パウンドケーキを並べていく…レジ横には、焼き菓子やクッキーを並べると、お店が生き生きとしてきた。

カウンター内でお湯を沸かし、カウンター後ろの棚に並ぶ食器を確認する。

「いよいよですね。」

テーブル席で、チラシを折っていた多那瀬は、カウンター内で準備をしている小春に声をかける。

「はい…ドキドキです。」

緊張し、小春はオドオドしながら応えた。

「大丈夫ですよ。今までちゃんと準備してきましたし、万全です。」

多那瀬は、優しく小春に言い聞かせる。

「はい、開店お願いします。」

小春も、ここまで来たのだからと、気持ちを切り替えた。

多那瀬は、扉を開け暖簾をかける。立て看板を持ち、外に出ると…

「おはようございます。一番乗り目指して、来ちゃった。」

いつだか、お店に顔を出してくれた初老の女性が開店を待っていてくれたのだった。

「おはようございます、嬉しいです。」

多那瀬は暖簾を上げて、女性を店内に招き入れた。

「いらっしゃいませ、カフェ『日和』へようこそ。」

エスコートされて店内に入った女性は目を輝かせて見渡す。

「ステキ…」

懐かしさもあり…そして、新しく作られた空間に心躍る様だった。

「いらっしゃいませ、こちらでご注文お願いします。」

小春は緊張しつつも、声を掛けた。

「ここで先に注文するのね。」

女性は、楽しそうにショーケースを眺める。

マフィンと、アイスコーヒーを頼み、お会計を済ませて席に着いた。

すると…またお客さんが入って来た。

「あれ?一番乗り目指したのに…やっぱり、早いなぁ~。」

と、初老の男性が、女性を見て呟いた。

男性は、カウンターでフィナンシェとコーヒーを頼みお会計を済ませると、女性の隣の席にかけていった。

きっと2人は顔見知りなのだろうか…楽し気に話し始めている。

「お待たせしました。」

多那瀬は、二人に飲み物と、ケーキを運び丁寧にテーブルへと並べた。

二人は、待っていましたとばかりに、飲み物を軽く口にした後、ケーキを口へと運んだ。そして…

「懐かしい…美味い。」

「美味しい…節さんの味だわ。」

二人は、懐かしい味だと驚いていた。

そして多那瀬を見たが…気付いた多那瀬は違いますよと言う顔をみせ…

「カウンターに居る、小春さんが作りました。節さんのお孫さんだそうです。」

と、二人に説明をした。

「こはるちゃん?あの小さかった子が…」

女性は、小春をよく知っている様だった。

両親が忙しく、小春は節の家によく預けられていたという…節のお菓子を買いに来て、そのまま井戸端会議を始めるお客たちは、小春の事をよく知っていたそうだ。

「よく節さんの後ろに隠れていたのよ。」

と女性は、話してくれた。

そんな時期もありました…と言い、小春は恥ずかしそうな顔を見せる。

「よく一緒に、お菓子を作ってる。って節さん言っていたけど…本当に同じ味ね。」

女性は、嬉しそうにケーキを食べていた。

男性は、静かだったが…やっぱり、この味がいいと頷きながら食べている。

「祖母の味って言っていただけて嬉しいです。」

小春の、目標は『祖母の味に近づける。』事だったみたいだ。

パティシエを目指したのも、節の影響があったからであろう…喜んでいる小春を見て、多那瀬も何だか嬉しくなった。



それから、節のお菓子のファンだったと言う高齢の方や、初老の方が次々と来店した。

お菓子をテイクアウトするお客さんも多く、話を聞くと…節のお店は、元々は洋菓子店で喫茶店ではなかったそうだ。しかし、節の人柄もあり、人が多く集まる様になったため、喫茶スペースを作ったという。

「会った事ないけれど…尊敬しちゃいますね。」

お客さんがひき…休憩に入った多那瀬は厨房の仕切り辺りから、小春に声をかけた。

「よくお客さんは来てましたが…ここまで多いとは思いませんでした。」

小春は初日にして、へとへとだった。

「では、コーヒーは、私が淹れますね。」

小春と、場所を代わり、多那瀬がカウンターに立った。

背広が似合う大人だ…背丈もそこそこあり、平均より少し高いであろう多那瀬が、カウンターに立つ姿は絵になると小春は思い眺めていた。

いつものように多那瀬の動きは丁寧であった…コーヒーを淹れる用意をする所から、ドリップする所作まで…見ていてお手本の様だった。

「小春さん、どーぞ。」

マグカップを、多那瀬から手渡される。

スーと、息を吸う様に湯気を吸うと…良い香りがした。

そっとカップに口を付ける…

「美味しい…」

小春の表情が緩んだ…朝から、根を詰めていたのだろう。

「よかった…」

そう言うと、多那瀬もコーヒーを飲み始めた。

10時開店…気付けば14時を過ぎていた…昨夜、ケーキの端切れなどを集めていた皿を出して、二人で遅めの昼食にした。



「こんにちは…まだやってますか?」

15時過ぎる頃には、ショーケースはスカスカになっていた。

「いらっしゃいませ、やってますよ。」

カウンターに、多那瀬が顔を出した。

小柄な若い女性…学生さんだろうか?現れたのが、男性だったので、少し緊張している様だったが…

「けっこう出てしまって、売り切れが多いですが大丈夫ですか?」

多那瀬は優しく声をかけると…

「大丈夫です。あっ、えっと…オススメありますか?」

少し緊張しながらも、安心出来そうと感じたのか、応えてくれた。

「どれも美味しいですが…私のオススメでいいですか?」

多那瀬は、真剣に考えている。

「はい、お願いします。」

その少女の応えに

「まだ暑いですし…レモンとクリームチーズのマフィンに、アイスティーがいいかと思います。」

と、多那瀬は応えるが…ハッとして…

「テイクアウトでしたか?」

と、少女に顔を向けた。

「カフェ、初めてで…緊張するから、テイクアウトにしようと思っていたけど…オススメ頂きます。」

少女は、安心したような顔で笑顔を見せた。

「お待たせしました。」

窓際に座る少女に、多那瀬はマフィンとアイスティーを運んで行くと…

きょろきょろと辺りを見ていた少女が、ハッとして…姿勢を正した。

「かしこまらなくても大丈夫ですよ。」

多那瀬は、優しく笑顔を見せる。

「素敵なお店ですね。チラシを見た時から、来てみたくて。」

少女は、真剣な表情を見せた。

「ありがとうございます。」

多那瀬は、嬉しくなった。自分も気に入っている店の雰囲気を褒められ、チラシも見てもらっていたことに…

「このお店は、お一人で?」

少女は、気になったのか聞いてきた。

「私は、手伝いです。店長は、明日に向けてお菓子作りの真っ最中ですよ。」

少女は、へぇーと言う顔を見せるが…厨房の方が気になるみたいだ。

「私より若い女性が、ここの店長です。」

多那瀬の言葉に、少し驚いていた顔を少女は見せたが…マフィンを口へ運ぶと、優しさを感じたのか、納得の表情を見せた。

女性店長の顔が見たいので、また来ますと言い少女は帰っていった。



色んな人に愛されていたお菓子をもう一度…

懐かしさを求めて来るお客さん、新しい出会いを求めてくるお客さん…どんどんお店は、賑やかに色をつけていく。

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