第11話

シロくん、そろそろ起きてシロくん! いつまで寝てるの!」

 リンジュに呼ばれる。騒動から三日目の朝だ。体調に異常はないが、若干疲れが残っているのか頭がやっている。

「う、あ?」

「おはようシロくん。目覚めはいかが?」

 肉声で。目覚ましなんか頼んでいないのに。だって枕元に目覚まし時計があるから。

 時間を確かめようと寝ぼけ眼を彷徨わせてそれを探した手が付いたのは、ふにっと柔らかい感触だった。

「——お寝坊さんですね。ヤシロくん」

 と、ミナセが微笑む。

「あ、わるい。 ……ん?」

「こういう所は、昔から変わらないね」

 そして、シオリがアンニュイなため息をつく。

「……そうですか」

「ねぇ! 時間ないわよ!」

 さらに、三人の向こうからはリホの苛立たしげな声が飛んできた。

 目は覚めたけれど僕は断言する。

「なんだ夢か」

「現実よ」

「夢だな」

「現実や」

「いやー、夢だろ」

「現実です」

「夢だ!」

「九割九分九厘、現実だよ、ヤシロン」

「自分ちの枕元に知り合い勢揃いしてるとか夢だろ!」

「おめでとう。美少女五、ぷらす、オジさん一、にかこまれて起きるなんて、昔の王侯貴族みたいな起床経験だよ」

「それどんなシチュエーションだ。ぜんぜんありがたくねぇ」

 寝癖頭をかきむしる。

「む、失礼な」

「どこがだよ」

「ちょっと、ほんと、時間ないんですけど! だべってないでさっさと着替えなさいよヤシロ!」

 わかったわかった、わかったからとりあえず出て行けよと。

 数回、僕は深呼吸をして、しっしっと追い払う仕草をした。

「……これに着替えてくださいね」

「了解」

 渡されたのは、随分仕立ての良い礼服だった。

 ミナセとシオリ、そしておっさんはすっと立ちあがって部屋をでていこうとした。

「おい」

「カザネさま?」

「えー、べつにここに居てもいいでしょ。ヤシロンの着替えとか見慣れた風景見たいなものだし? 廊下は寒くてさー。なんでヤシロンこんな狭くてぼろっちい部屋。借りてるのさ」

 ぴきっときた。それはあんたの負わせた借金がデタラメだからだよ、という叫びを飲み込んで、いう。

「だめだ、さっさとでてけ」

「あ、そっか。元気なんだね」

「うるさい出て行け」

「あはは〜べつに隠さなくても良いのにぃ。ヤシロンのホルモンバランスと生体時計を調整してるのは私ですよ、つまり。朝が元気なのは、私の設計だから」

「うるせぇ。早くいけ!」

「はいはい。もー初心なんだから」

 こいつの発言はいつもどことなくイラッとするんだよなぁ。

 そして。

「わたしも?」

「当たり前だろ」

「カザネちゃんじゃないけれど、わたしこそ、みなれた相棒みたいな者なんだけどね」

「でてけ」

「はいはい」

 着替えを済ませて家を出ると、さらなる知り合いの井戸端会議が、開催されていた。雀のなく朝なのに、何かあるのか。

「なんの騒ぎだよこれは……」

「ヤシロ兄ちゃん、おめでとう!」

 花束をもって走ってくるカエデも、いつもの制服にちょっと豪華な飾りを付け加えた晴れ着だ。着替えておいて今更に、何かあったかなと僕は首を傾げていた。

「へ? ヤシロ兄ぃ。お腹、痛いの?」

「いやさ、カエデ。そもそもなんで僕は祝われてるんだ?」

「ん? んん? 兄ぃ何も聞いてないの?」

「そうなんだよ。何の騒ぎだよこれ」

「時間ね。いきましょう」

「え、ちょ」

 僕はシオリに引きずられながら、だんだんと脇から湧いて増えていく観衆をひきつれて、議会に連れてこられた。

「人気者ね、ヤシロくんは」

「なにがどうなってるんだよ?」

「まあ、まあ。任せときぃ。仕込みは上々やで!」

「ヤシロくんは神輿の上に、どんと座っておいてください」

 議会堂の正門から先は、応援の皆さんは入れない。声援に背中を押されていると、僕は再び議員の面々のまえに立たされた。

「探求者、ヤシロ」

 議長けんジンクウ家現当主かつ剣姫シオリの父として、リクロウは苦虫を噛み潰している。

「……当議会は貴殿をジンクウ家の繋累家当主として、分家設立を認め、準じて、深層探索任務を依頼する、以上」

「……は?」

「以上だ」

「なにがどうなってそうなったんですか」

「詳しいことは彼らに聞きたまえ」

「はぁ……」

 振り返ってみれば、おっさんとミナセが笑顔でサムズアップをしていた。

 町内会の声援が聞こえてくる笑顔は、察するにあまりある。僕は向き直って首を垂れて、にやけ面を隠した。

「……謹んで、任務をお受けいたします」

「やったねシロくん」

 リンジュのささやきに、鳥肌がたった。

 そして、議場を後にして会議室に押し込められる。新興の武家として認状を渡され、公社への加盟書に血判を押さされ、前線組への招集命令を受けるなど、諸々の事務書類に埋もれながらも、笑いが止まらない。

 トントン拍子で進んでいく手続きの後、シオリに前線組のメンバーを紹介してもらった。

 どうだよ、クソ親父。

エビローグ

 ある偉人は世界樹の根元で、世界で最も有益な人生を閉じた。

 至る所で銅像や木像になっているあのひとのことだ。

 なぜ私が、こんなことをいきなり語り出したのかというと。

 偶然解けたパズルの解法を、問い直すような問題が発生したのだ。

 白く塗り直した壁に、気がついたら黒点が付けられていた。

 そんな感じだ。

 難しい顔をした彼が、うっかり死んでしまわないように、気をつけないといけない。

「彼曰く、世界は常に移ろいゆくので、物や金、運、そして命にこだわるのは、難しく考えてもしょうも無いことらしいですよ」

 探求者をやめて、近頃図書館にこもり気味なミナセが、夕飯の時に教えてくれた。

 奈落に繋がる穴蔵を探検して、他人様の要求で無駄に命を危険にさらして、オーパーツや真実を求めて突き進む前線組にいると、その意味を考えてしまう。

 深層、六十六階層への4度目のアタックで、それは見つかった。


 ——カンノウ=オオツナの墓。聖樹歴524年二月十日、ここに没す。

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アップダウンウェルノウン はいきぞく @kurihati

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