第10話

 議会がヤシロの処分を下した。その翌々日。

 議会の下したヤシロへの処分に一切納得していないタガネは、ミナセと相談をしようと、すっかりなじみになったギンのレストランにきていた。

 今日もウェイトレスとして働くミナセをつかまえて、バックヤードで話をしている。

「くそ! なんでや! なんでヤシロがあんな目にあわないかんねん?」

「そうですね。でも、忌み人だったなんて」

「それや。ただ世にも珍しい天使をもっとるだけやろ。ヤシロ自身は善良な一探宮者でしかない。それなのに、あんな大げさに騒ぎ立てて、どないすねん。強い力を持った探宮者が一人増えたら、そのぶんだけ戦いが有利になって万々歳! せやろ?」

「タガネ先輩。少し落ち着いてください。わかってますから。でもこの問題は、心情的なものも多分に含まれていると思うんです。議会の長老たちにとっては特に。だから、一つの正解がある問題じゃなくて」

「シシドウ! おまえはどっちの味方やねん。 あの老害どもか、それともヤシロのか?」

「もちろん、ヤシロくんの味方ですよ。でも、わたしたちだけが、彼の味方で、それでどうなるって言うんですか? 私たち程度のチカラじゃ、議会の決定は変えられないんですよ」

「それで、ヤシロの事は忘れるつもりなんか?」

「そんなこと、できないです! ……でも」

「もうええわ。俺一人でも、アイツを助けたる」

「そんなの無理ですよ! 頑張ったって、タガネ先輩の立場が悪くなるだけです!」

「そんなん関係ない! アイツには返しきれない恩があるんやからな!」

 抗議活動を始めたタガネは、ヤシロの代わりに入っているバイト先を片っ端から説得し始めた。やがて町内会を味方に付け、その輪はどんどんと広がっていく。

 一方その頃ミナセはというと。

「ミナセ、話がある。ちょっときなさい」

 一家の長である父に釘を刺されていた。

「お父さん?」

「かの少年の事だが、お前はこれ以降は関わらないようにしなさい」

「なんでですか」

「わかるだろう。忌み人と関係があったと長老達に知られれば、シシドウ家の立場が危うくなる。せっかくお前の病気も治ったのに」

 ミナセを戒める彼の表情も、暗い。

「……わかりました」

「そんな顔をするな。これはお前のためだ」

 公社の議会がヤシロの封印の目処が立たず、廃棄処分を期待する中、タガネの行動は一般人の賛同を集めていた。この街の七割は、探宮者以外の人々だ。彼らの言葉や行動があれば、公社の決定への反対は、力のある物になる。

「ギンさん、ちょっと相談があるんやけど」

 賛同はあつまった。

 やっぱり、ヤシロの縁の輪は尋常じゃないとおもいつつ。

 タガネは街民からの協力を、火蓋を留める最後の楔を切るために、ギンの元へ、話を付けに来ていた。

「あらどうしたのタガネ君。そんなに改まって」

「ヤシロが公社の刑務所に監禁されたんすわ」

「知ってるわよ」

「そやろな。じゃあなんでアイツがぶち込まれたんか。わかりまっか?」

「それは、知らないわね」

「ざっぱに言うと、あれや。ヤシロが異教徒やったってばれてな、そんで監禁されてしもてん」

「まさか、あの子が邪教になんて通じてるわけないじゃない!」

「や、ものの例えやで。ヤシロは普通の探宮者や。それ以上でも以下でもあらへん。でも、公社に監禁されたのは紛れもない事実やで。それも、無実の罪、押しつけられてな。許せへん」

「それで、タガネ君があちこち顔出してる訳ね」

「そうや、アイツのバカみたいなバイトのスケジュールの埋め合わせと、仲間集めのために。それで、ギンさんにも一つ手を貸してほしいんや」

「……わかったわ。やりましょ。公社相手の喧嘩となると、さらに人手が必要ね。町内会を挙げるわ」

「お、おう。さすがギンさん、話がはやいな」

「街民のやり方で、ヤシロを取り返して見せましょう」

 町内会および財閥の圧力には屈しない態度をとる公社。

 やがて定期討伐作戦の日が訪れるも、公社に相対している二人は作戦に参加することができない。

「これから点呼をとるぞ。各班のリーダーは俺の所までこい」

「タガネ先輩、お願いします」

「しかし、こんな時でも祭りはやるんやな。街の方はええんかい」

「父は衛士なので、かなり辛そうでしたね。まさか、あんなヤシロくんに人気があるなんて、思いもしませんでした」

「せやな、じゃあ、行ってくるわ」

「——何でですか! 納得できないわ! あの二人には何の責任もないじゃない!」

「どないしたんや」

「お前達、元A43班には今回の作戦への参加許可が下されていない。大人しく街で労働でもしてろ」

「なんやそれ?」

「議会への押し入り、忌み人と親交を持った、それだけで十分信用できないからな。謹慎処分が出されなかっただけマシだと思え」

「どうしたんですか?」

「シシドウ、すまん。作戦に参加できんくなった」

「そんな! 何でですか、せっかく戦えるようになったのに」

「……屑ね」

「どうしましょう」

「どうしようもなんも、作戦の参加登録できんなら管制のサポートもなしや。そんな状態で二人のこのこ入っていっても、頓死するのがオチや。ここは大人しく引き下がるしかあらへん」

「私たち、これからどうなるんでしょうか」

「知らんけど。どうにかするしかないやろ」

早すぎる感謝祭

 六月第三週の土曜日。

 前進観測基地より入電した情報により、議事堂地下、大管制室に大祭規模の壊神群に対抗するための作戦本部が設置された。

 同日、午後七時、前線組が緊急招集。深層アタックを行っていた一姫三王の招集も間に合い、万全の体制が構築できたと、議会はある一点の不安を除いて、平常道理に運営されていた。

 しかし。伝説通り、事態は急展開を迎えることになる。

 翌日、日曜午前三時、前進基地からの定時報告が途絶え。

 待機指定部隊を除く、在都探求者、約3000名に緊急招集が臨議発令される。

 同日、午前七時、後方支援部隊の招集および編成が完了、次ぐ八時、全部隊展開完了。

 現地斥候観測により、敵勢総数5000体、内危険指定個体300体との推定が司令部に提出された。

 戦力分析は、予断を許さぬも現行戦力により撃滅可能と算出。


 しかし、これが致命的な誤りであることが、まもなく明らかになる。


 十時半、戦闘開始。


 最前線、対危険指定個体戦闘指定地域の通信ログ

「なんだぁ? こっちは溶けそうなくれぇ疲れてるってのによう! こんの化け物の大群はよぉ!」

 深層級の壊神を複数体相手にとりながら、攻撃の合間を、針に糸を通すようなきわどさで跳び回る猿のような青年が、胸いっぱいの怒声を吐く。

「口を動かす前に手を動かせアホ猿!」

 それにすかさずつっかかる、格闘男装麗人。

「んだともじゃもじゃ! てめーこそ手ぇ抜いてんじゃねぇよ!」

「は、誰が手を抜いてるって? 死ね! 野良犬に噛まれて死ね! このクソ猿!」

「あっ、もういっぺん言ってみろうすぎたねぇ雌犬!」

 そして、動き回る的と味方の合間を縫う曲芸射撃で、的に風穴を開けながら。いつものように説教をかますのは、いつもはふかふかの白髭を、すっかり砂まみれにしたこびとの老人だ。 

「……くぅおら馬鹿ども! 喧嘩する暇があるならもっとDPS騰げんかい! シオリ嬢の半分もないぞ! それともなんか? 猿王、狼王の名前は飾りか童ども!」

「「うっせぇジジイ!」」

 一騎当千のこの三人、猿王、狼王、鷹王、だけでなく、前線級の各家当主たち。そして、剣姫ことジンクウ=シオリも、物・質あわせて重厚な敵勢力に、苦しめられていた。

 そしてこれは、最前線だけでなく、中域、後方すべからくくせんする。

 やがて、物量と前線組も苦戦する強敵に、陣地は総崩れに陥ってしまった。

 とうぜん、各部隊のリーダーからは司令部にたいして救援の要請が殺到した。

 しかし、いくら待っても、ノドから手が出るほど欲しい応援部隊が来る気配はなく。

 痺れを切らした後方部隊から、リホ達の班が、直接司令部に伝令にはしることとなった。

「今回の作戦。マジやばくないっすか」

 セントラルシャフトのエレベータから、通い慣れた訓練用迷宮を学園へと戻る道中。

 班員の一人がぽつりとこぼした。

「しっかりしなさい! 伝令を伝えれば、きっとすぐに応援部隊が派遣されるわ!」

 リホはすぐさま励ましたが、じっとりと拭いきれない不安が胸にしこりを残す。

「リホ様のいうとおりです。今は急ぎましょう!」

 それに蓋をして、道を急ぐリホ達だったが、学園から司令部までの道のりの途中。、とても嫌な者に出くわした。

「な、なんで病院がこんなに動いているの?」

「わかりません。だれかに状況を聞きますか?」

 リホは固唾を呑んで、一刻もはやい任務遂行か、情報収集かを決断した。

「二手に分かれます。わたしとラウグはのこって情報収集。あなたたちは司令部に向かって」

「え、でも」

「よく考えたら、疲労して足の重くなった私とラウグを連れるよりも、余裕のあるあなたたちだけの方が、迅速なのよね! こんな簡単なことを失念するなんて、失態だわ! お願いリリク、アイナ。私のミスを取り返してきて」

「……わかりました。行こうリリク」

 送り出した二人が路地の向こうに見えなくなったとき。ラウグが膝をついた。

 リホはとっさに腕を掴んで、脇腹の負傷を隠していた意地っ張りな仲間の肩を担ぐ。実はリホもかなり痛い。だが彼女はこの班のリーダーだ。

「すみません。リホ様。なさけねぇ」

「よく頑張ったわ。治療してもらうついでに、何が起こったのか確かめましょう」

 負傷した大勢の探宮者と、少ないながらも居る街民。その間を駆け回る看護師を捕まえて、リホ達は事情を訊いてまわった。

 どうやら、突如として街の外に、壊神が現れたらしい。

 現れた壊神が目指したのは、この街の入り口であるターミナルと、そして、外の世界。つまり地方の町や村落だ。

 緊急で出動した待機部隊は散らばる壊神を討伐するために、前線級でなければ無茶な深層の怪物も居る中で戦線突破を行い、結果六割が損耗。辛うじて援護要請に答えられる探宮者を再編成中ということらしい。

「どうしよう、このままじゃ」

 まとまった情報を咀嚼したあと、リホはふらふらと歩き出す。

「リホ様! そんな状態で、どこへ行くつもりですか?」

「…… 私は、行かなきゃならないところがあるの」

「ダメですよ! どうせアイツの所でしょう! アイツは、ヤシロは囚人なんですよ。それに、大人達はこんな厄災が起こったのは忌み人のせいだって言ってました。そんなヤツのところに行ってどうしようって言うんですか!」

「あいつの天使。もしもこの状況があれによって引き起こされているなら。あれの力で事態を解決できるかも知れないでしょ」

 「そんな保証、どこにもないじゃないですか! リホ様が危険にさらされる必要はないです、ゼッタイに! どうしても行くって言うなら、俺が死んでも止めます!」

「ラウグ……ごめんなさい、なら死なない程度に伸びておいて」

「ぶふぉあっ——リホ、さ、ま」

 通りすがりの看護師にその瞬間を見とがめられた。

「えっ、ちょっと、貴女何やってるの?」

「すみません、この子の治療をお願いします。今ので負傷度合いが上がったと思うので」

「わ、わかったわ」

 ちょうど良いとその看護師に少年を預けたリホは、小走りに病院を発つ。

 十数分後。

 ヤシロに脅しに来たリホは、目的地である監獄の前で立ち尽くしている知り合いを見つけた。

「おい! いい加減にしろ、ジンクウ=ヤシロの面会は一切許可されていない! いくら粘ったところで無駄だ!」

 監獄の門番に怒鳴られながら、食い下がるミナセに声をかける。

「ちょっと! ……こんなところで何してるのかしら、シシドウさん?」

「え、あなたこそ、なんでここに。もしかして、逃げ出してきたんですか?」

 ミナセの言葉は、リホの地雷をふんだ。

「そんなわけないでしょ! あなたは暢気にしてたかもしれないけど、前線は総崩れなの! だから、ヤシロに責任を取ってもらうのよ!」

「責任って」

「こうなったのは、アイツのせいなんでしょ! それに、大人達が畏れるほどのあの力があれば、きっと挽回できるはず」

「どうやってヤシロくんを戦場まで連れ出すつもりなんですか?」

「それは、非常事態なんだから! 正面から乗り込んで私の力でどうにかするわよ!」

「たかが剣姫の妹であるあなたにそんな権力あるわけないじゃないですか!」

「た、たかがって言った? 私は——」

「はい、そこまでや、ちょっとこっちこい」

「なにあんた?」

「タガネ先輩?」

 監獄の門前で言い争っていると、おっさんに声をかけられた。

 首根っこを掴んでくるタガネによって、路地に連れ込まれる。

 そして、開口一番、彼はヤシロを助け出しに行くと宣言した。ついでとばかりに説教くさいことを言い出す。

「あんな目立つ場所で騒ぎ立てたら、あかんやろ。警官に警戒されてヤシロを助け出すとか、笑えん冗談になるで」

「放しなさいよ。偉そうに言うのだから、何か策があるのでしょうね。聴いてあげるわ」

「なんで、そんな偉そうやねん」

「問答無用よ。時間がないって言ってるでしょ。たいした作戦もないなら、私は行くわよ」

「あー、まー、せやなぁ」

「なんなの、早く言いなさい!」

「やっぱええわ、そのままで。いってら、頑張って」

「……っ馬鹿にして、今度あったら覚えてなさい!」

「え、いいんですか?」

「あれは囮にちょうどええ。ばんばん騒いでもろて、看守の注意を引いてもおか」

「良くそんな、ひどいこと思いつきますね」

「え、こんなん、普通やろ」

「悪い大人です」

「ははは、大袈裟やろ」

 リホを陽動役に仕立て上げ、門番に嗾けたタガネは、ミナセを連れて裏口にまわる。監視カメラの視界をくぐり抜け。ポシェットから取り出したニッパーで鉄条柵をさくさくと切り取り。進入口をくぐって昔取った杵柄でタガネは易々と裏口に到達した。

 そして、表でヤシロを出せと騒ぎ立てているリホの叫び声を聞きながら、鼻歌交じりにピッキングを開始する。

「こういう鍵は、こうして、こう。な、簡単やろ?」

「随分と手慣れてますね」

「昔取った杵柄や」

「どこで習うんですか、そういうの」

「鍵開けとか、だれも教えてくれんわ。こういうのは、自分で失敗して正解を探すもんやで。さ、いこいこ」

「……やっぱり、悪い大人じゃないですか」

 侵入した二人と、門番を泣き落としたリホがヤシロの監禁部屋にたどり着いたのは、ほぼ同時だった。

「ぜぇー、はぁー、ぜぇー」

 リホは可哀想なくらい、ボロボロになっている。

「おう、陽動ご苦労さん」

「ゼッタイ赦さないから」

 ちょっと雑に扱いすぎたかもしれん……と、タガネは背中に冷や汗をかいていた。

 三人が独房に入ろうとしたとき、監獄が大きく揺れる。

「うぉ、なんや?」

結線

 彼は身動きと視界を塞がれながら、私を透して街の様子を見ていた。

「見えてる、シロくん」

「……見えてるよ」

「大変だよ」

「……なぁ、リンジュ。長老達の言っていたことは本当なのか。あの時、壊神がターミナルに現れたのも、今起こっている惨状も、僕が忌み人だから、なのか?」

「そうだ」

「……老害」

「ちがうからねシロくん」

「じゃあ、なんでいまになってこんな。本当みたいなことが起こるんだ」

「足らぬ頭に教えてやろう。新たな創造をするには、そこにあるものを一度破壊して、白紙に戻さなければならぬ。くっくっく、よくある話だ。お前たちは、例えるなら、硬い土から顔を出した新芽。そして、押し寄せる壊神は、兆しを押し潰す洪水か」

「じゃあ、なんだ? なにもかも、壊れていってる。この光景は僕が存在しているせいだっていうのか。こんなことが全部僕のせいだって」

「そうだ。故に頭領もお前を処分した。世界のために」

「なんだよそれ。ふざけんな」

「ほんと、冗談じゃないわよ!」

「ああ、ああ、気持ちはわかるぞ。しかしこれは神の意志。ワシら人間が逆らうことは、自然の摂理に反することだ。お前が気にかける街人も、お前を気にかける仲間も、家族も、お前が生きていては不幸になる。それが運命だ」

 老人は嫌みったらしさ満杯で笑う。

「リンジュ、そいつ殴り飛ばせ」

「え、いいの?」

「やってしまえ」

「やったね。わたしおじいちゃんみたいな老害嫌いなんだよ」

「ふぇふぇふぇ」

 タガネの努力、ミナセの決意、怯える街、戦場の惨状、そして、紛糾する公社。

 私の目を通してみてきた外の様子に、シロくんはキツく奥歯を噛み締める。

 何を諮問委員会で歯噛みしていたのか。

 何を迷うことがあるのか。

「……もううんざりだ。リンジュ、もどってこいよ」

「シロくん、どうするつもり?」

「何もかも反対にしてやる」

 以前にカザネがメンテナンスしにきた時、教えられた手順でリミッターを解除する。

 そして、軽口を叩きながら、拘束具を引きちぎる。監獄の壁を抜く。

——囚人が脱獄! 繰り返す。囚人が脱獄!

 私現在、えらいかんじになったなぁと、自負しております。

「やっちゃったねシロくん。いままで良い子にしてたのに」

「今更だろ! それより本当に戦えるんだろうな?」

「今まで私を蔑ろにしてたことを、後悔するんだから」

「それは何よりだ!」

「ちょっとまてや、ヤシロ!」

「お、おっさん。なんでこんな所に、ミナセまで」

「お前を牢獄から助け出そうと気張ってきとったのに、なんやアレ?」

「どうやったんですか?」

「これ」

「どうも〜。シロくんの保護者、リンジュでーす」

「う、夢やなかったんやな」

「天使と会話できるなんて、なんだかステキですね」

「仲良くしてね」

 シロくんのお嫁さん候補第一位だからね。

「何暢気なこと言ってるのよ!」

 追いついてくたびれたリホちゃんに笑顔で手を振ってみた。

 ……目をそらされた。

「リホ、ボロボロだな。大丈夫か?」

「大丈夫に見える? 私は任務で戻ってきたけど、前線はまだ地獄なのよ!」

「わかってる。僕はこれから前線に突撃して、全部解決してくるから」

「や、まてまて、まてぇや」

「そんなの自殺行為ですよ!」

「こいつがいれば大丈夫らしいぞ。あと、大丈夫じゃなくても僕は行く。こんなところで生贄にされるなら、戦場で死んだ方がましだ」

「そんな……」

「シロくんは死なないわ。私が護るもの」

「だってさ、じゃあな」

「そんなん一人で行かせるわけないやろ!」

「や、ついてくるなよ。命の保証はできないし」

「生きるも死ぬも自己責任やろ。断ってもついて行くからな」

「わ、私もいきます!」

「いや、だめだからほんとに。ついてくるな。 いくぞリンジュ!」

「はいはい」

 シロくんを小脇に抱いて、ビルの上から、地の下の戦場目指して、墜ちていく。

「おわ、待てやぁ!」

「ヤシロくん……行ってしまいましたね」

「馬鹿野郎が——! 忘れもんや〜!」

 タガネくんの悪態と一緒に魂源刀が、降ってきた。

 途中にあったコンテナを踏み潰し(持ち主の人ごめんなさい!)、セントラルシャフトの大蓋めがけて墜ちていく。

「ありがとー」

 ビームで蓋を破壊。ついでにその向こうに押し寄せていた雑魚も焼き尽くす。

 誰もが、空白に降り立った私たちをみた。

 私たちが前線に駆け込んで、無双するだろう。私たちの介入で戦場の趨勢はひっくり返されるという確信がある。

 物量にだってゼッタイに負けない。

 今の私は最強だ。シロくんも、得意の魂源刀と、リミッターを解除したカザネちゃん印の義体をフルに活用して、壊神を次々と破壊していく。

 私たちは後方から前線手前までの大群を風にした台風の目になった。

 瀕死で必至な周囲の探宮者たちを唖然とさせながら、雑魚をトレインしつつ強引に前に押し進む。

 すると、前線組を釘付けにしていた異様な怪物たちがシロくんをターゲットした気配を感じた。

 右から左から打ち寄せくる雑魚を、シロくんにあわせて蹴散らしていく。少なくとも五年間ひたすらに、彼を視てきた私には、つぎどう動くかどうか、手に取らずともわかる。

 地中から飛び出てきた、巨大ワームをすれ違い様に撫でると、怪物は死んだ。

「壊神が溶けた? どうやってるんだそれ」

「さあ? 消しゴムをかけるような感じだから、どう説明したら良いかわからないよ」

「帰ったらカザネに訊いてみるか」

「説明されてもわからなさそうだよね」

「たしかに」

「まあ、雑魚は適当に溶かしておいて」

「そうだな、さっさと最前線を潰しにいこう」

 最前線までの道のりは、私にとってさほどの障害もなかった。

 苦戦する前線組に突撃していくと、シオリと目が合う。

「っん? ヤシロ君? どうしてここに! くぁ?」

 仰天した彼女を、電気くらげの壊神が触手で打ちのめした。

 一瞬だけ心配するも、シオリはすぐさまに立ちあがる。

 しかし、普段、真の意味で化け物たる深層の怪物を相手にしている彼女らでも、この場では必死だった。

 じり貧だ。

「なにしてるのシオリ! 油断しないで!」

「くそがぁ! 後どんぐれぇだじじい!」

「わからん! まったくキリがみえん! 気張れ三人とも!」

「しゃらくせー!」

「だよな」

「誰だテメェ!」

「うわっ、助けてやったのになにすんだ!」

「ああっ!? 誰が頼んだよ!」

「助けなかったら背中バッサリだったんだぞ? 礼のひとつくらいあっても良いだろうが!」

「おーい小僧ども! 喧嘩する暇があったら、虫潰せ!」

「言われなくても!」

「わかってんだよ、クソジジイ!」

「なんじゃぁ、おまえら。息ぴったりでキモいの」

「死ね!」

「ヤシロくん! なんでここに居るの! 君は——」

「愚問だ、シオリ姉さん。僕は僕の目的を果たしに来ただけだから」

「ヤシロくん、君にはまだ早いから!」

「そんなことない」

「だめよ、帰りなさいヤシロくん! くぅ?」

 シロくんに気を取られたシオリは、複数の壊神に囲まれて袋だたきにされる。この場にいる一級探宮者たちは、軒並みシオリと同じような状態に陥っていた。

 一方の私は机上の塵を吹き散らすように、怪物を芥に還す。シロくんを狙う壊神どもを片付けつつ、私は彼と共に戦場を踊り回っていた。

 そんな私たちの目の前に、ひときわ特異な巨人が現れる。

「リンジュ、いっぱつどでかいヤツを見せてやろう。なんかネタはあるか?」

 それをみて、シロくんは好戦的に笑った。

「モチのロンだよ」

「隙を作る必要は……ないか」

「正解。じゃあ、いくよ。ちょっと負荷が上がるから、気合い入れてねシロくん」

「それな、よくわからないんだよな」

「カザネちゃんに感謝感激、雨あられってね」

「それはない」

 カザネちゃん特製の臓器が、私の自由を担保しているのだけど、やっぱりそれを許容することはままならないらしい。

「逃げて、ヤシロ、くん! ……リンジュっ」

 満身創痍のあの子が、恨めしげな声で私の名をよんだ。

 シロくんは気に止めなかった。

 私にも原理はわからないが、私の触れた壊神は虹色の花弁へと換わる。その花びらに触れてしまったやつも汚染されるように端から解けて、やがて咲く。

 だからこれを使おう。

 私は戦場に舞う花びらを集めて、束ねて、天を覆うベールを織った。

「全て流れて、なくなれ」

 天蓋がかぶせられた戦場は一瞬で、花の絨毯が一面を覆う楽園へと変貌した。存在力を失って空気に溶ける離弁の残滓は、血煙に咽せる探宮者の一人に、深いため息をつかせた。

「なんか、あれだな。こうも簡単に片付けられると、僕の立つ瀬がないな」

「こんなに大規模な技は、早々使える者じゃないから。ほら、力がぬけてきたんじゃない?」

 怪しげに顔をゆがめていたシロくんだが、前触れなく、途端に立つ力を失って頽れた。

「な、まじ、か」

「ね、だから。シロくんが身につけた技が基盤だよ」

 私たちはずっとまえから、二人で一人だった。

 シロくんには、これからゆっくりそれを理解してもらおう。

 その怪物を倒すと、潮が引くように他の怪物が逃げていく。ヤシロは精魂を絞り尽くされて気絶した。天使は使用者が力尽きると実態を保つことができなくなる。

 私は立ち消えになりながら、喝采と雄叫びが所かしこからかちあがるのを聴いた。

 そして、私は静かに自分をねぎらった。

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