第3話 『好き』という気持ち
地元の駅に着くと、案の定雨が降っていた。
しょうがない、近くのコンビニで傘を一本購入。
これで大丈夫だろ。
帰る途中に子供のころよく遊んでいた公園の横を通りかかる。
いまでは入ることもなくなった公園。
昔はよくここで遊んでしたな。
こんな雨の中、ブランコに乗っている人がいた。
「なにしてるんだよ」
「べつに……」
久々に言葉を交わした琴音。
心なしか、少しやせた気がする。
「かぜ、ひくぞ」
「ひいてもいいよ。私なんて、別に……」
琴音の腕をつかみ、立ち上がらせる。
「ほれ、帰るぞ」
「帰りたくない。誰もいない家なんて、ないのと同じ……」
琴音の手を握り、傘に入れる。
二人で帰るのはいつ以来だろうか。
「風呂入って来い」
「べつにいいよ」
「ほら、タオルと着替えな」
「いらないって」
「いいから入ってこい!」
無理やり洗面所に押し込む。
「風呂あがったらいいものやるよ」
『いいもの?』
「上がってからのお楽しみ」
風呂場からシャワーの音が聞こえる。
どうやら観念したようだ。申し訳ないが、俺はしつこい。
やるといっやたやり通す!
──ガラララ
「あがった」
少し濡れた髪。
俺のシャツ一枚を身にまとった琴音。
その姿、攻撃力高し。
「お、お、おおぅ! 待ってたぜ」
さすがに動揺してしまった。
あれ? こいつこんなに女の子女の子していたっけ?
「で、なにくれるの?」
俺は温めたコンポタージュを琴音に渡す。
「ほら、あったまるだろ?」
「ありがと……」
ちょこんとソファーに座って、マグに入ったコンポタを飲む琴音。
「あ、あのね。一つ聞きたいことがあるんだけどさ……」
両手でコンポタの入ったマグを持ち、マグの中に視線を注ぎながら口を開く。
「断るよ。明日、断ろうと思ってた」
「断っちゃうの?」
「あぁ、断る。俺は、まだ恋とか好きとかよくわからん。相手に失礼だからな」
「そっか、断るんだ」
「あぁ。あのさ、俺から一つお願いがあるんだけどいいかな?」
少しだけ笑顔になった琴音は俺の方に視線を向ける。
「最近、朝ギリギリなんだ。よかったらまた起こしに来てくれないかな?」
満面の笑顔で答える琴音。
「もっと、はっきりと言葉で伝えてよ」
言葉にしないと、伝わらないこともある。
「琴音の事好きだ。俺と付き合ってくれないか?」
「ずっと待ってた。ずっと……。ありがとう、武ちゃんの事、ずっと、ずっと好きだった……」
※ ※ ※
大学を卒業。俺は社会人になった。
仕事を覚えるのも大変だし、毎日疲れて帰ってくる。
「ただいまー、今帰ったぞー」
「おかえりーあなたっ。今日も一日お疲れ様」
「んー」
ネクタイを自分で緩め、クローゼットに行きその辺にぽいっと投げる。
「あなた、ちゃんとしまわないと、ネクタイがしわになりますよ」
「あー、ごめんごめん」
いつか、どこかで聞いたようなセリフ。
「ごはんにする? お風呂にする?」
ごはんだな。おなかと背中がくっつきそうだ。
「ごはんにしようかな」
「座って待っててね、すぐに用意するから」
出てきたのは肉じゃが。
「お、肉じゃがではないですか」
「あなた、好きでしょ?」
「あぁ、もちろん。昔も今も、琴音の事が好きだよ」
「ちがうよ、肉じゃがの事」
何年、琴音と一緒に過ごしてきたのか。
何日、琴音の顔を見てきたのか。
何時間、琴音と間言葉を交わしてきたのか。
何分、琴音の事を好きだと思っていたのか。
何秒、琴音の笑顔を見たいと思っていたのか。
あと、どれくらい琴音と一緒にいる事ができるのだろうか。
「武ちゃん? 何考えているの?」
「その呼び方やめろって。子供じゃないんだ」
「じゃぁ、なんて呼べばいいの?」
たけちゃん?
おにーちゃん?
先輩?
あなた?
「なんでもいいよ。好きなように呼べ」
── そして月日は流れ
「お父さん、早くっ」
「わかってる、どっちのネクタイが……」
「なんで昨日のうちに用意してないの!」
「す、すまん……」
いつになっても『好き』という気持ちに変わりはない。
だから、これからもずっと……。
「お父さん! 真奈! 早くしないと遅れるわよ!」
「「いまいくー」」
その時によって、呼び方なんて変わるんだ。
だから、その時、その場所、その想いを胸に……。
妹のち幼馴染。時々後輩ですがのちに恋人。所により雷を伴いますが、じきに妻になるでしょう 紅狐(べにきつね) @Deep_redfox
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