第2話 離れる心


 か、体が重い……。

なんだ、この重さは……。


 ボーっとする頭に刺激を与え、うっすらと目を開ける。

眠い、まだ俺は寝ていたいんだ。


「おっはー、起きた?」


 俺に乗っているのは高校生になった琴音。

昔のように軽くない。


「重い、どけ」

「あ、ひどい。これでもいい感じにスタイル維持してるんだけどねっ」


 中学を卒業してから、俺は近くの高校に入った。

そして、その翌年。琴音も俺の後を追うように同じ高校に入学。


「はいはい。起きるからどいてくれ」

「はーい。ごはんどうする? 食べていく?」

「ん、いつもと同じでいいよ」


 部屋から出ていった琴音はほとんど毎日俺をおこしに来る。

そして、朝ごはんも弁当も作ってくれるようになった。


「まぁ、こう毎日毎日だと大変じゃないか?」

「大変だよ?」


 正直な女だ。


「なんで続けるんだ?」


 トーストにバターを塗りながら、琴音は少しだけ頬を赤くする。


「お、おばさんに頼まれたからね。私が来ないと武は学校に行かないかもしれないから」

「行くわ。琴音も朝大変だろ?」

「大変だよー、お風呂はいって、髪とかして、校則ぎりぎりのおしゃれして」


 女の子は大変だな。

なんで毎日こんな適当な俺に付き合ってくれるんだろうか。


「そっか。大変だったらやめてもいいからな」

「やめないよ」


 即答だった。


「そ、そっか……」

「うん。やめない、毎日起こしに来るのが習慣になっちゃったしね」


 微笑む琴音は可愛い。

学校でも琴音のうわさは聞く。


 その日も部活が終わり、正門に向かって歩き出す。

少し遅くなったかな。


 遠目に琴音が立っているのがわかる。

時計を気にしているってことは、結構待ったってことだな。


「悪い、まったか?」

「今来たところ。帰ろっ」


 嘘をつくのが下手だ。


「今日もよっていくのか?」

「うん。今日は肉じゃがにしようか?」

「いいね。琴音の作る肉じゃが好きだぜ」

「そ、そう? おいしいの?」

「あぁ、うまいよ。母さんよりも琴音の作ってくれた肉じゃがの方が俺は好きだなー」

「そっか、そっか。じゃぁ、しょうがない。今日もたっぷりと作ってあげるよ」


 帰りにスーパーへ寄って、家に帰る。

琴音は家に帰ることなく、そのまま俺の家に来るようになっていた。


 制服にエプロンを身に付け、台所に立つ。


「何か手伝うか?」

「んー、お風呂洗っておいてよ。あと、洗濯物たたんで」


 お母さんか。


「はいはい」

「あ、あと今日課題出たでしょ?」

「何で知っているんだよ」

「ふふん。武ちゃんことなら、何でも知っているよ」


 台所から、野菜を切る音が聞こえてくる。

その音が心地よく、いつまででも聞いていたい。

そんな気がする。


「たけちゃん、そろそろご飯ー」

「いまいくー」


 今日も琴音の作ってくれたご飯を二人で食べる。

すっかりとこの生活にも慣れてしまった。


 ※ ※ ※


 高校を卒業し、第一志望の大学に入る。

そして、二年目の夏。俺は同じサークルの子に告白された。

返事はまだしていない。


「あ、あのさ琴音?」


 同じ大学の後輩。

学部は違うけど、同じ大学に通っている後輩になった琴音。


「何?」


 目が怖い。


「あのさ、俺同じサークルの子から告白されてさ……」

「そ、良かったね。それで、どうするの?」

「どうしようか……」


 正直彼女が欲しいと思っている。

琴音との関係も悪くないが、琴音は妹であり、幼馴染であり、後輩だ。

恋愛感情? それってなんだ?


「好きにしたら? 私、帰るね」


 いつもだったら夜まで一緒に映画を見たり、勉強したり、ゲームしたり。

でも、機嫌を悪くした琴音は帰ってしまった。


 そして、数日が経過。俺はまだ彼女に返事をしていない。

あの日から琴音と会っていないし、会話も連絡もしていない。

あいつ、何であんなに怒っているんだ?


 大学の講義が終わり、帰路につく。

空を見上げると、今にも降ってきそうなどんよりとした曇り空。

雨のにおいがする。早く帰らないと……。

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