妹のち幼馴染。時々後輩ですがのちに恋人。所により雷を伴いますが、じきに妻になるでしょう

紅狐(べにきつね)

第1話 二人で作るカレー


 僕には妹がいる。

血はつながっていない。妹と言っても隣に住んでいることちゃんのことだ。

幼稚園でもいっつも僕の後をついてくる。


「たけちゃん、今日は何して遊ぶの?」

「うるさいなー、たまにはほかで遊べよ」

「やだよ、私はたけちゃんと遊びたいのっ」


 僕よりも年下なのに、僕についてくる。

僕だって同じクラスの友達と遊びたいのに。


「たける、またお前琴音(ことね)と遊んでるのか?」

「ちがうよ、こいつが勝手に──」


 そこまで口から出かかると、ことちゃんは少しだけしょんぼりする。


「……いいよ、私一人であそぶから」


 ぼそっと一言だけ僕に伝えると、その場から消えて行ってしまった。


「たけるっ、遊びに行こうぜ!」

「う、うん……」


 ちょっと気になるけどしょうがないよな。


 その日もいつもと同じように、幼稚園が終わりお迎えの時間になる。

僕とことちゃんは親が来るまで預かりだ。


「なに笑ってるんだよ」

「そんなことないよ。この時間は琴音とたけちゃんだけだもんね」


 ほかのみんなは帰ってしまった。

いつもこの時間は琴音と二人きり。

遊ぶやつもいないので、時間が来るまで二人で遊んで時間をつぶす。


 ※ ※ ※


 小学校に入り、外で遊ぶことも増えた。

近所の公園で同じクラスの奴らと日が暮れるまで遊ぶ。


 俺ももう十歳。ひとりで何でもできるようになった。

夕方の鐘が鳴り、家に帰る。

首からかけた玄関の鍵。親はまだ帰ってこない。


「ただいまー」


 一人で家に入り、テレビの電源をつける。

冷蔵庫には準備されたごはんが入っている。


 今日も遅いのか……。


──ピンポーン


 いつも大体同じ時間にベルが鳴る。

インターホンのスイッチを押し、玄関のかぎを開ける。


「おじゃましまーす」

「なんだ、今日も来たのか?」

「だって、家に一人でもつまらないし、武ちゃんも暇でしょ?」


 隣に住んでいる琴音も、俺と同じように鍵っ子だ。

お互い親が帰ってくるまでどっちかの家に遊びに行くことが多い。


「今日の夕飯は?」


 リビングで横に並んで一緒にテレビを見る。

夕方のアニメはなかなか面白い。


「冷蔵庫」

「冷蔵庫食べるの?」

「……ものすごくつまらないな」

「だって武ちゃんテレビばっかり見て、私の事かまってくれないんだもん」

「だったら帰ればいいだろ?」

「それも暇」


 まったく、しょうがないな。


「で、何して遊ぶんだよ」

「ままごと!」

「……また?」

「だって、面白いじゃん」


 おもちゃではなく、本物の家を使ったおままごと。

俺は父さんの引き出しをあさり、ネクタイを首に巻く。

琴音も台所にかかっているエプロンを身に着け、お母さん役だ。


「で、いつも通りでいいのか?」

「いいよー」


 玄関から外に出て、もう一度中に入る。


「ただいまー、今帰ったぞー」

「おかえりーあなたっ。今日も一日お疲れ様」

「んー」


 さっき結んだネクタイを自分で緩め、父さんの部屋に行きその辺のぽいっと投げる。


「あなた、ちゃんとしまわないと、ネクタイがしわになりますよ」

「あー、ごめんごめん」


 いつも琴音のままごとはこうして始まる。


「ごはんにする? お風呂にする?」


 そろそろ六時。小腹もすいてきた。


「ごはんにしようかな」

「じゃぁ、座って待っててね、すぐに用意するから」


 琴音は台所に行き、俺のご飯を冷蔵庫から取り出す。

そして、レンジに入れてチン。

自分の分も家から持ってきて、同じように温める。


「あなた、用意できましたよ」

「おう。ありがとう、今日もおいしそうだね」

「あら、そんなことを言っても、お小遣いは出しませんよ」

「今月はちょっと厳しんだよ、そこを何とか……」


 用意されたごはんを食べ、片付ける。

そろそろ親が帰ってくる時間だけど、今日はいつもよりも遅い気がする。


──プルルルル


「もしもし、はい。ん、え? そうなの……。わかった」


 用件だけ聞き、電話を切る。


「どうしたの?」

「帰るの遅くなるって」

「そっか。じゃぁ、もう少し遊ぼう!」


 こうして琴音と過ごす時間が増え、毎日が過ぎていく。


 ※ ※ ※


「行ってきまーす!」

「武! 忘れ物!」


 母さんから給食着の袋を受け取り、玄関に走る。


「おはよっ」

「おっす。時間ギリギリかな?」

「まだ平気だよ」


 中学校に上がり、琴音は俺の後輩になった。


「あのさ、学校で俺の事武ちゃんって呼ぶのやめないか?」

「なんで?」

「きまずいんだよ」

「じゃぁ、どうすればいいの?」

「ほかの呼び方だったらいいよ」

「そっか、だったら武先輩かな?」

「ま、武ちゃんよりはいいか……」


 中学校まで二人で登校する。

俺が二年、琴音が一年。

琴音は学校で俺の後輩になった。


 部活も終わり、正門でボケっと立っている俺は、そろそろ帰りたい。

なんで毎日毎日……。


「ご、ごめんっ。先生の話が思ったよりも長くて」

「まってねーよ。俺も今来たところだ。さっさと帰ろうぜ」

「あ、ちょっと待ってよ」


 日も傾き、長い影が俺と琴音の後をついてくる。

俺の制服の袖を握った琴音の手は、昔と比べたら大きくなった。


 髪も伸びたし、背も伸びた。

気が付いたら、琴音よりも俺の方が背が高くなっている。


「武ちゃん?」

「先輩って呼べよ」

「別にいいじゃん。学校終わったらさ」


 今日も二人で帰る。

学校から家まで同じ道。

今までもずっと、同じ道を通ってきた。


「今日はどうする?」

「どっちでも」


 夕飯の時間。

今日もお互いの親は帰りが遅い。


「おまたせー」


 呼び鈴もせず、勝手に入ってきたのは琴音。


「じゃ、やるか」

「おっけー」


 二人で並んで台所に立つ。

俺たちはもう半分大人だ。

自分でできることは自分で。両親のモットーだ。


「くぅぅぅ、玉ねぎが目にぃぃぃ」


 泣きながら玉ねぎを切る。


「な、泣かないでよ……」

「琴音はニンジンだから泣かないだろ」

「いや、玉ねぎだって大丈夫でしょ?」

「交代」


 琴音と担当を変わる。


「ぐすっ、何で涙が出ちゃうの?」

「玉ねぎ切ってるから」


 ほら見ろ、なっぱり泣くじゃないか。


「あっ、こら! 俺の服で涙を拭くな」

「だって、ティッシュ遠いんだもん」


 今日はカレーだ。

二人で作るカレーもこれで何度目だろうか。


 

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