第60話 悠人の望む未来 その3


「疲れた……今日が一番疲れた……」


 風呂から上がり、コーラを飲みながら悠人がうなだれていた。明日でゴールデンウイークも終わる。こんなに濃い休みは初めてだった。


「明日こそはゆっくりしよう……そうだ、アニメもたまってるしな」


「悠兄ちゃーん!」


 風呂上がりの小鳥が、背中に抱きついてきた。


「おつかれさま。明日はゆっくり出来そう?」


「ああ、ちょうど今、そう思ってたところなんだ。アニメもかなりたまってるしな。明日は一日、ゴロゴロしながらアニメ三昧しようと」


「小鳥も付き合うね」


 その時、悠人の携帯にメールが入った。


「誰から?」


「え……ああ、深雪さんからだ。明日深雪さんの家で、夕食一緒にどうかだって。みんなで」


「あははっ、深雪さんも私たちのこの関係、結構楽しんでるよね」


「だな。じゃあ晩御飯ごちそうになろうか。それまではゆっくりと」


「アニメ鑑賞!」


「だな」


「うん!」




 悠人が返信を送り終えるのを待って、小鳥が少し神妙な面持ちで言った。


「悠兄ちゃん。小鳥、このままここにいてもいいのかな」


「どうした、いきなり」


「だってお母さんとの約束は三ヶ月で、今の時点で悠兄ちゃんは小鳥を選んでない訳だし……弥生さんやサーヤは勿論、一人離れて住んでる菜々美さんにも悪くて……」


 悠人が小鳥の頭を優しく撫でる。


「……悠兄ちゃん?」


「いいんだよ小鳥、ここにいても。お前はもう俺の家族なんだ。小百合とも約束したしな……それに」


「それに?」


「お前のこと、一人の女の子として意識してるって言ったろ。三ヶ月かけて小鳥は、娘として愛していた俺の気持ちを変えたんだ。大成功じゃないか。小百合もきっと、認めてくれるよ」


「悠兄ちゃん……」


「だけど、大人の関係とかはなしな。そこは節度を守るように」


「えへへへっ」


 小鳥が悠人の背中を抱きしめる。


「悠兄ちゃんの背中、あったかいね」


「そうか?」


「うん、とっても……悠兄ちゃん」


「ん?」


「だーいすき」




 翌日。

 悠人と小鳥は、朝からひたすらアニメを見ていた。こうしていると、いつもの感覚が戻ってくる。最高の充電だった。

 この日は、昼過ぎから少し外が騒がしかった。ドアを開けて見てみると、引越し業者の姿が見えた。こんな過疎マンションに引越しだなんて、どこの物好きだ……そう悠人は思っていた。






 夜。深雪の家は賑やかだった。


 沙耶の提案で、その日はピザパーティになった。並べられたピザを囲み、ガールズトークはつきなかった。

 ただ、その場に菜々美の姿がなかった。深雪に聞くと、


「ああ、菜々美くんなら少し遅れてくるらしいよ」


 そう言って笑っていた。




 一時間ほど経ち、弥生はすでに酔いがまわり、上機嫌な様子で深雪と話していた。沙耶は悠人の膝に座り、小鳥が言っても意地悪そうに笑って譲ろうとしない。部屋中が笑い声に包まれていた。


(小百合、見てるか……お前が人生を捧げて育てた小鳥は今、こんなに幸せそうに笑っているぞ。お前、本当にがんばったな、偉いぞ……お前に負けないように、俺も頑張るからな……)


 その時インターホンがなった。深雪が玄関を開けると、菜々美の姿が見えた。


「どちら様かね」


「ええっ?」


 悠人が深雪の反応に、驚いて声をあげた。


「何言ってるんですか深雪さん、酔っちゃったんですか。菜々美ちゃんじゃないですか」


 深雪の不可解な問いに、菜々美がにっこり笑って口を開いた。


「私……今日、上の階に越してきた白河菜々美と申します。これからよろしくお願いします。これ、つまらないものですが」


「……え?」


「ほう、今日越してきたのかね。いや丁度いい。今、君と同じ階に住んでいる者たちとピザパーティをしてるところなんだ。これからいい付き合いをしていく為にも、一緒にどうだね」


「いいんですか、ではお言葉に甘えて」


 なんなんだ、この三文芝居は……そう思っている悠人の隣に、「失礼します」そう言って菜々美が座った。


「そういう訳で……悠人さん、よろしくお願いしまーす!」


 そう言って悠人に抱きついた。


「ええええええええええっ!」


 小鳥、沙耶、弥生が一勢に声をあげる。


「悠人さん、これで私も、みなさんと同じスタートラインにつきましたよ」


 悠人にしがみつき、顔を赤くした菜々美が嬉しそうに笑う。


「……って菜々美ちゃん!本当に越してきたの?」


「はい!これからは通勤も一緒に出来ますね」


「なんと言う……こんな、こんなことが許されるのか……」


 菜々美の勢いで、悠人の膝から転がり落ちた沙耶がつぶやいた。


「白河菜々美……なんて……なんて恐ろしい子」


「菜々美さーん、大歓迎ーっ」


 小鳥はそう言って菜々美に抱きついた。


「な……何がなんやら……」


「もてる男は辛いねぇ少年」


「深雪さんは……また知ってたんですね」


「勿論だとも。と言うか、手配したのは私だからね。少年たちに気付かれないよう手を回すのは、色々大変だったよ」


「なんてこった……」


「39歳にして訪れた春。これからも楽しませてもらうよ、少年」


「いやいや、他人事だと思って」


「いっそのこと、この過疎マンションも名前を変えるかね。『少年王国』とか」


「楽しんでますよね、深雪さん」


「何なら『修羅場荘』でもいいよ」


 そう言って深雪が笑った。






 初めてここにきた時俺は、過疎マンションならではの静けさが好きだった。

 しかし小鳥が来て、このマンションは随分と賑やかになった。騒がしいのが嫌いだったはずなのに、今では小鳥の声が聞こえないと寂しさすら感じてしまう。

 そして俺自身、よく笑うようになった。幸せな気持ちを感じることが多くなった。



 小百合が、幼馴染が俺にくれた贈り物……そんな気がする。



 ベランダで空を見上げる悠人。隣には小鳥が、悠人に寄りそうように立っている。

 小鳥は幸せそうに笑っている。この笑顔をこれからも守っていきたい、悠人は強く心に思った。

 悠人が頭を撫でると、小鳥は幸せそうに笑った。




「悠兄ちゃん、だーいすき」



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最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

作品に対する感想・ご意見等いただければ嬉しいです。

今後とも、よろしくお願い致します。


栗須帳拝

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幼馴染の贈り物 栗須帳(くりす・とばり) @kurisutobari

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