第59話 悠人の望む未来 その2


「よし、出来た」


 何年ぶりかで作った、唯一自分が出来る料理、焼飯。

 テーブルに並べ、その隣にサラダを置く。自分でも驚いていた。この世である意味、一番価値がないと思っている料理に時間を割いている。ただ悠人の頭に、かつて小鳥が言った言葉が思い起こされ、無性に作りたくなったのだった。


「悠兄ちゃん、ご飯を食べるってことはね、もっと生きたいっていう気持ちと同じなんだよ。もっと食べることを楽しく思わないと、それは生きてることがつまらないって言ってるのと同じなんだよ」





「ただいまーっ!」


 小鳥の元気な声。悠人がドアを開ける。


「悠兄ちゃんただいま。今日も楽しかったよ」


 そう言って、小鳥が悠人に抱きついてきた。


「こ……こらこら、恥ずかしいって……おかえり、小鳥」


 そう言って悠人が、小鳥の頭を撫でる。


「え?悠兄ちゃん何これ?まさかこれ、悠兄ちゃんが作ったの?」


 小鳥が、テーブルに並べてある料理に目を丸くした。


「そんなに驚かなくてもいいだろ。俺だって、料理の一つぐらい出来るさ」


「こ、これは……お母さんがよく言ってた伝説の……悠人焼飯……」


「なんだ小鳥、知ってるのか」


「うん、お母さんが言ってた。悠兄ちゃんが唯一作れる料理。しかもその出来は本物だって」


「大袈裟だな、小百合は」


「すっごく嬉しい、小鳥、一度食べて見たかったんだ。でも、なんでこんなにいっぱいお皿が」


 その時インターホンがなった。小鳥がドアを開けると、そこには沙耶、弥生、そして菜々美が立っていた。


「みんなどうしたの?」


「うむ、遊兎から夕食に招かれた」


「私も同じくです」


「わ、私も……悠人さんすいません、今ちょっとバタバタしてるので、遅れてしまいました」


「いいよ菜々美ちゃん、今から食べるところだから。で、バタバタしてるって、どうかしたのかい?」


「あ、いえ、それはその……何でもないです……」


 菜々美がそう言ってうつむいた。


「まあいい、さあみんな入って。まず手を洗ってからな」


「はーい」


 みな洗面所に向かい手を洗う。洗面所から彼女たちの笑い声が聞こえる。その声に、悠人も満足そうに笑った。




 悠人の焼飯は、小鳥たちが思っていた以上に完成度が高かった。沙耶は一心不乱に口に頬張り、おかわりまでした。弥生は、


「悠人さん、私の嫁にいかがですか」


 そう言って微笑む。菜々美は、


「やっぱり悠人さん、料理の才能ありますよ。占いの人が言ってたこと、当たってますよ」


 そう言った。


「どういうこと?何の話?」


 三人が詰め寄ると、菜々美は赤くなってうつむいた。


「ふ……ふにゅう……」


 小鳥も満足そうに食べながら、小鳥日記に新しい項目をつけていかなくては、そう思っていた。まずは「悠兄ちゃんに焼飯を作ってもらう」そう書いて花丸を入れよう、そしてこれから叶えたい願いを、もっともっと書き連ねていこう、そう思い小さく笑った。





「おそまつさまでした」


「遊兎、見事な出来栄えだったぞ。また気が向けば作るがいい。私が食してやろう」


「ああ、ありがとな、沙耶……それで、なんだけど……」


 悠人が4人に向かい、あらたまった顔で言った。


「まずはみんな、ありがとう。今までで、最高に楽しい休みになりました」


 そう言って頭を下げた。4人は慌てて頭を下げ、次に悠人から出てくる言葉を待った。


「あ……いや……そんな怖い顔で見つめられても……ははっ……

 この4日間、みんなの想いをいっぱい感じることが出来ました。これまでも正直、意識はしてたと思う。でも俺は今でも小百合……小鳥の母親、水瀬小百合のことをずっと想って生きてきて、それ以外の選択を考えたくなかったんだ」


「悠兄ちゃん」


 小鳥が悠人の袖をつかんだ。


「……お母さんのことはもう、みんな知ってるよ。昨日、みんなと会って話したんだ」


「そうか……小百合がもうこの世にいないってこと、俺は一昨日知った。小鳥がどんな思いをして俺といたのか、やっと気付けた。そして小百合がいないと知った今でも、やっぱり俺はまだ、あいつのことが好きなんだって……そう思った」


「でしょうねぇ、悠人さんですから」


 弥生が意地悪そうに突っ込む。


「まあそれぐらいでないと、私の所有物としてふさわしくないがな」


「でもそういう所が、悠人さんなんですよね」


「恋敵が幼馴染のお母さん。しかももうこの世にいない人。こんな最強のラスボスに、小鳥はどう立ち向かえばいいの」


「あ、小鳥さん今のそれ、かなりいいですよ」


「やっぱり?小鳥も今、うまいこと言ったなって思ったんだ」


 4人が笑う。思っていた雰囲気と違いすぎることに、悠人の方が面食らった。


「あ……あの、みなさん?」


「遊兎、もうよい。お前の気持ちぐらい、私たちは知っている。今更長い前置きは無用だ」


「そうですよ。私たちが知りたいのは、悠人さんがこれからどうしたいのかなんです」


「あえて突っ込むなら、私たちの誰を選ぶのか」


「おいおい……」


「返答次第だと小鳥、ここから出て行かなくちゃいけないもんね」


「小鳥、心配するな。その時は私の家に住めばよい」


「本当?」


「うむ、お前と過ごす時間は楽しいのでな。それにコンビニの仕事もある」


「はっ……ははっ……」


 悠人は力が抜けたのか、そのまま椅子に座り込んだ。


「コーヒーでも入れるね」


 そう言って小鳥が立ち上がった。





「ふう……」


 コーヒーを一口飲み、悠人が大きな溜息をついた。


「なんで悠人さんが溜息なんですか。私たちの方がドキドキしてますのに」


「全くだ……これではエロゲー主人公と何も変わらないではないか」


「いえいえ、エロゲーでこの展開はないかと。なにしろ選ぶ側より選ばれる側の方が、肝が座ってるんですから」


「本当だね」


「で、どうだ遊兎、落ち着いたか。話せそうか」


「あ、ああ……」


 悠人は4人の反応を見ていて、悩んで言葉を探している自分がまぬけに思えてきた。


「ったく……みんな俺で遊びすぎだぞ」


「だって悠兄ちゃん、かわいいんだもん」


「家に飾っておきたいです」


「遊兎が私の玩具……なかなか興味深い」


「じゃあ結論を言います」


「待ってました、悠人さん」


「悠兄ちゃん、がんばってー」


「悠人さん、私は信じてます」


「さあ、私の胸に飛び込んでくるのだ遊兎」


「……ったく……弥生ちゃん、俺は弥生ちゃんのことが大好きだ。趣味の話も一番合うし、料理の腕も最高だ。いつもかわいい笑顔で俺を癒してくれる。そしていっぱい俺のこと、好きでいてくれてる」


「悠人さん……」


「沙耶、俺はお前のことが大好きだ。お前のその気高さ、強さ。時折見せる弱さも好きだ。人形のようにきれいな顔、そしてその髪も大好きだ。俺に甘えてくる時の顔も好きだ」


「遊兎……」


「菜々美ちゃん、大好きだ。ずっと俺を思ってくれてる一途な所、二人分の人生を生きようとしている強い気持ちも好きだ。いつも周りのことを気遣ってくれる所も大好きだ」


「悠人さん……」


「小鳥……」


 悠人の視線が小鳥に向く。小鳥も真剣なまなざしで、悠人を見つめる。


「俺は小鳥のことを、一人の女の子として大好きだ」


「悠兄ちゃん……」


「今まで俺はお前のこと、ずっと小百合の子供として見てきた。俺の中ではいつもお前は、5歳の小鳥ちゃんだった。でもこの3ヶ月一緒に過ごして、俺は間違いなくお前のことを、一人の女の子として意識して、そして好きになった。小鳥、大好きだよ」


「悠兄ちゃん……」


 小鳥が手を口に当て、瞳を潤ませた。


「これが俺の今の素直な気持ちだ。俺は小百合と君たち4人のこと、みんな好きになっちまった。今ここで誰かを選ぶなんてこと、とても出来ない」


 悠人はそう言って、4人に向かって頭を下げた。


 しばらくの沈黙。悠人は頭を上げることが出来なかった。

 都合のいいことを言っているのは分かっていた。優柔不断だと分かっていた。だが、これが今の自分の正直な気持ちだった。嘘は言いたくなかった。





「巨乳乙女よ」


「なんですかね貧乳淑女さんや」


「これは俗に言うところの……」


「そうですね、絵に描いたような……」


「ハーレムエンド!」


 小鳥が大声で言った。


「やっぱり悠人さんらしいです。正直で誠実で……これで小鳥ちゃんも含めて全員が横一線。私にもまだまだチャンスがあるってことですよね」


「こうしてはいられません。お隣さんであることとアニヲタとしての誇り、そしてこの巨乳を生かして、悠人さん攻略作戦を立て直さなくては」


「遊兎が私のところに来ることは決まっている。お前たちはせいぜい、今を楽しむがよい。それに遊兎めは間違いなく……ふふっ、貧乳属性だ」


「小鳥を一人の女として見てくれた……よし、これからは女として、どんどん悠兄ちゃんにアピールするんだから」


 4人の反応に悠人が呆気にとられた。


「な……なぁみなさん……って、何なんだこの反応は」


「何がって、きっと悠人さんならそう言うってみんな、分かってましたから」


「うむ、だが屁たれなお前にしては、いい演説だったぞ」


「悠人さん、改めて惚れ直しましたぞ。抱いてくれてもいいですよ」


「弥生さん、悠兄ちゃんを色香で惑わさないで。それにさっきサーヤも言ってたけど、悠兄ちゃんは貧乳属性だからね」


「小鳥お前、何をドヤ顔の大声で」


「本当なんですか悠人さん!」


 菜々美が悠人に迫る。


「この胸じゃ……駄目なんですか……」


「あ、いや、そういうことではなくて……」


「悠人さん、私の胸には愛と夢と、果てしない男の欲望がたっぷり詰まってますよ」


「あ、いや……だ、だから……」


 二人の破壊力満点の巨乳を前に、悠人がしどろもどろになる。


「……ぎっ!」


 背後から沙耶が抱きしめてきた。


「こやつは私のような慎ましやかな胸がよいのだ。さっきも言っていたではないか、こやつは私の容姿にメロメロなのだ……なぁ遊兎よ、お母様から頂いたこの髪、好きだと言ってくれて嬉しかったぞ……お前にくれてやろう。好きにするがいい」


「悠兄ちゃんは髪フェチじゃないから」


 小鳥が悠人の膝に頭を乗せてきた。


「悠兄ちゃんは幼馴染萌えの貧乳属性。初恋幼馴染の遺伝子を受け継いでる小鳥が、どう考えても一歩リード。そうだよね、悠兄ちゃん」


「何をおっしゃいますか小鳥さん。私の方が先を走ってますよ。なんと言ってもこの前のデートで私……むふふっ、悠人さんのほっぺにキスしたんですから」


「ええっ!弥生さん、悠人さんの頬に」


 菜々美が大声を上げた。


「はい、いきなり口にするのは流石に……はしたないと思いましたので、今回は控えめにではありますが」


「ふっ……私は口にしたぞ」


「ぎえええっ!つるぺた貧乳今なんとっ!」


「私は口にしたぞ。乙女にとって一番大切なファーストキス、遊兎にくれてやった。遊兎よ、またいつでもくれてやるぞ」


「く、く……口に……」


 菜々美が目を白黒させる。そして視線は小鳥に向けられた。


「小鳥ちゃんはそんなこと……してないわよね」


「うん、しないよ」


「よかったぁ……」


「だって小鳥のファーストキスは、悠兄ちゃんからしてくれたもん」


「あんですとおおおおっ!」


 三人が、恥ずかしそうに頬に手をやる小鳥を見る。


「……悠兄ちゃんのキス……あったかくて……優しかったよ……」


「こ……小鳥、その辺りで……」


「遊兎、どういうことだ」


「悠人さん、メガネっ娘の純情、もて遊ぶおつもりですかっ!」


「こんなことなら、私もあの時しちゃえばよかった……」


「いやその、なんだな……あ、あはははははっ」


「笑ってごまかすな!」

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