第25話 俺の居場所





「騎士団長の殺された家族の話を、ちゃんと聞いたことはある?」


「……いいえ」



 あの国で俺と会話をしようとする人は、誰もいなかった。

 コードさんのことだって、誰かが話しているのを聞いただけで、直接教えられたわけじゃない。

 自分で情報を集めないと、俺は何も知らないままだった。



「殺されたのはね、彼の両親と奥さんと……産まれたばかりの子供だったらしい」


「酷い……」


「そうだね。彼の苦しみは想像以上のものだと思う。そして希望を失っていた翌日に、ユウたんに会ったんだよ」


「そうだったんですか」


「他人事のように聞いているけど、ユウたんのおかげで彼は生きる意味を見いだせたんだからね?」


「俺ですか?」



 いや、俺の存在がコードさんに影響を与えたなんて、全く信じられない。

 ましてや赤ん坊で、勇者かどうかすらあやふやな真っ赤な瞳を持った気味の悪い存在が、生きる意味になりえたはずがない。



「ユウたんを初めて見た時、子供の姿と重なったんだって。顔が似ているわけじゃないけど、そう直感したって言っていたよ。そんなユウたんは、本当に勇者なのかと疑惑の目を向けられて、存在を抹消する話も出ていた」


「それは知ってます。でもコードさんが、俺が間違いなく勇者だって……」



 もしもコードさんがいなかったら、俺は間違いなく殺されていた。



「何があってもユウたんのことは守ろうって、そう決めたらしいよ。でも表立って守れば面倒なことを巻き起こすと思って、直接的には出来なかったって言っていたけどね」


「俺は、守られていたんですか?」


「そうだと分からないぐらい遠回りにだけど、それでもちゃんと守られていたよ。騎士団長のために信じてあげて」



 未だに信じきれないけど、それでも嫌われていないことは分かった。



「俺が眠ってしまった後、あの場はどうなったんですか?」



 いくら攻撃が効かないとはいえ、穏便に帰されたわけがない。

 あの人達はいい人とは程遠い存在だとしても、傷つけていたら悲しい。



「大丈夫だよユウたん。そこも騎士団長が上手くやってくれたから」


「コードさんが?」


「我は人間の世界のことは疎いからね。彼に任せた方が早いと、色々と頑張ってもらった。実はもう、騎士団長じゃないんだ」


「ま、まさか」


「そう、国王。上は愚かでも、全員が馬鹿だったわけじゃなくて助かったよ」



 コードさんが国王。

 展開についていけないけど、それでも一つだけ確かなことがある。

 コードさんが国王になれば、絶対に良い国へと変わっていくはずだ。



「我もあの人間なら信用出来るから、和解に応じた。しばらくは無理かもしれないけど、これからお互いの関係はいいものになっていくと思うよ」



 今まで思っていても誰も実現出来なかったことを、こんな短時間でまとめてしまうなんて。



「ユウたん、そろそろ顔を見せてくれないかな?」



 歴史に残るぐらいの凄いことをしたのに全く自慢せずに、俺が顔を見せないだけで寂しそうにしている。

 俺は胸が苦しくなり、そして魔王の顔が見たくなった。

 自分の姿がどうとか、そんなことはどうでも良い。


 ゆっくりと毛布から顔を出し、魔王の姿を視界に入れた途端、もう駄目だった。



「ゆゆゆユウたん!?」



 魔王の驚く声を聞きながら、俺は抱きしめる力を強くした。

 俺より少し大きいぐらいの姿になっているおかげで、抱きしめやすい。

 抱っこされるのも嫌じゃなかったけど、抱きしめる方が楽しかった。

 体から気持ちが伝わっているような気がして、俺は隙間を無くすように更に抱きつく。


 そうしていれば恐る恐るといったように、魔王の手が俺の背中に回る。

 抱きしめ返されていると理解して、胸がしめ付けられる。



「……好き、です……」



 その言葉は、何も考えずに口からこぼれ落ちた。

 ごまかそうとしたけど、こんな近くにいるから無理か。



「ユウたん、今のって……」


「ごめんなさい。魔王のことが好きなんです。ずっと一緒にいたいぐらい……ごめんなさい」


「どうして謝るの?」


「……だって、迷惑でしょう?」



 この気持ちは、家族愛や親愛なんてものじゃない。

 種族なんて関係なく、恋愛感情として魔王が好きだった。


 でもこの気持ちは、魔王にとっては迷惑以外のなにものでもないはずだ。

 何度も謝っていれば、肩に手を置かれて体を引き離される。



「嫌なわけじゃないから泣かないで」



 拒絶されたのだと泣きそうになると、魔王が優しく俺のほっぺに手を添えた。



「ユウたん、前に我の選んだドレスを着る約束をしたよね」


「……し、ましたけど、それが何か?」


「ぜひユウたんに着てもらいたい服があるんだ」



 魔王は、その手に魔法で何かを取り寄せた。



「……それって」



 最初はそれが何か分からなかったけど、よくよく見ているうちに気がつく。



「人間の結婚式は、白いドレスを着るものだからね。我もユウたんと、これからも一緒にいたい」



 それは花嫁衣装だった。

 壊れた俺の涙腺が、ポロポロと涙をこぼす。



「ユウたんが好きだよ。我の伴侶になって」


「っ…………はい!」



 返事とともに勢いよく抱きつけば、魔王もしっかりと抱きしめてくれた。




 ◇◇◇




 人間と魔物が和解したのは、すぐに広められた。

 最初は反発する人や魔物がいたらしいけど、その全てを魔王とコードさんが粛清していったら、段々とその声も無くなった。

 まだ完全には納得していなくても、平和な時間を過ごしていけば考えも変わるだろう。



 あれからコードさんと何回か会い、俺の中にあった勘違いやわだかまりを本人に告白した。

 厳しい態度をとっていたことは謝ってくれて、そして俺が生きていたのを心の底から喜んでくれた。

 俺達の間に圧倒的に足りなかった話をする時間を過ごし、少しずつ歩み寄っている。

 まるで父親のようだと、最近は思っているぐらいだ。本人にはまだ言えていないけど。




 俺と魔王は、今度大々的に結婚したことをアピールすることになっている。

 魔王と勇者の結婚なんて、それこそ平和の象徴としてふさわしい。

 それが目的で結婚したんじゃないと必死な顔で訴えてきた魔王に、ちゃんと分かっているとなだめるのに苦労した。



 勇者になって、俺はただ魔王を倒すことしか人生の目的に無かった。

 でもそれが、魔王と一緒に生きていくことに変わるなんて、人生は何が起こるか分からない。



 幸せという感情を教えてくれた魔王と、俺はこれからもずっと一緒にいる。

 それだけで、もう十分だった。

 向こうも同じ気持ちだと嬉しい。


 たくさんのものは望まない。

 ただ魔王が傍にいてくれるだけで、いつでも幸せな気分になれる。

 こんな幸福なことなんて、他に無いはずだ。






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魔王軍に溺愛されてますが、実は勇者です 瀬川 @segawa08

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