第24話 魔王城に戻り





 目を覚ますとそこは、大きなベッドの中だった。

 天井から考えると魔王城に違いなかったけど、俺は信じきれなくて飛び起きる。


 魔王が迎えに来てくれたのは俺の都合のいい夢で、ここは死後の世界なんじゃないか。

 そう思ったらいてもたってもいられず、俺はベッドから降りて魔王の姿を探そうとした。



 最初の違和感は、視界だった。

 いつも見ていた景色と違う。

 慣れないそれに気持ちが悪くなり、壁に手をついて、また驚いた。


 俺の手は、こんなに大きかっただろうか。

 もっと小さくて頼りなくて、こんなに骨ばっていなかったはずだ。

 明らかに大きくなっている。



 それに気づいたら、視界の違和感の正体も分かった。

 見ている景色が、前よりもずっと高い。

 身長が伸びて、そしてそれは懐かしさのあるものだった。


 大きくなったんじゃない。

 元の大きさに戻っているだけだ。

 それは、勇者として魔王と対峙していた頃の俺。




 なんで。

 こうならないために、定期的に魔力を放出していたのに。

 もしかして俺は魔力が溜まってしまうぐらい、長い時間眠っていたのか。


 魔王には、すでに勇者だとバレてしまっていることは分かっている。

 でも元の姿で会うのが平気かと言われれば、話はまた変わってくる。


 今までは子供だったから、優しくしてくれたのかもしれない。

 こんな可愛らしさもなく、柔らかさもない体を、受け入れてもらえると楽観的には、到底考えられなかった。



 ああ、今からこの姿をどうにかしてしまおうか。

 たくさんの魔力を吐き出せば、またしばらくは子供のの姿でいられるはず。


 そう考えて、誰かが来る前にと魔法を出そうとした。




「ユウたん、起きたんだね」


「っ」



 でも間に合わなかった。

 扉から魔王が入ってくるのが見えて、俺はベッドの方に走った。

 毛布にくるまり、俺は自分の姿を隠した。

 こんな自分を見せたくない。


 少し手遅れだった気もしないが、これ以上見せなけれないいだろう。



「ユウたん、どうして隠れちゃったのかな」



 俺のおかしな行動に対し、近づいてきた魔王がベッドに乗り上がるのを感じた。



「元気になったユウたんの顔が見たいな。顔、見せてくれないの? 毛布の妖精なのかな?」



 姿を見せても俺が心配するようなことはなさそうだけど、一度隠れてしまった手前、何事もなかったように出るのは気まずい。

 それでも返事はするべきだと思い、毛布にくるまったまま話す。



「あの、助けてくれて、ありがとうございます」



 声も子供の高いものから、声変わりした低いものになっている。

 子供の姿に慣れきっていたせいで違和感があり、自然に話すにつれて声が小さくなる。

 毛布越しだけど最後まで聞こえたらしく、ぽんぽんと優しく叩かれた。



「我がユウたんを助けたかっただけだから、お礼を言う必要は無いよ。むしろ怖い目にあわせちゃって、ごめんね」



 俺の不注意のせいなのだから、それこそ謝ってもらう理由はない。

 それに生きていられるだけで、俺としては奇跡のようだ。

 むしろお礼をしても、し足りない。



「……あの、話し合いはどうなったんですか?」



 助けてもらったり、元の姿に戻ったことに気を取られていて、一番重要なことを忘れていた。

 声のことなんて気にしている場合じゃない。


 あの日は話し合いがあったはずなのに、俺を助けるために魔王はあの場に来た。

 もしもそれが話し合いの約束を反故にしたものだったら、とんでもないことをさせてしまった。


 それこそ戦争が始まっていたとしても、おかしくはない。



「あの、俺、ちゃんと説明しますから、全部俺のせいで魔王は悪くないって。使者の人はどこですか? もしかして、すでに帰って」

「落ち着いて。ユウたんが心配しているようなことにはなっていないから大丈夫だよ」


「でも」



 そもそも俺の処刑を行おうとしていた時点で、人間側は戦う気満々だった。

 そこで話し合いをやらなかったとなれば、それを理由に攻めてきてくるぐらいのずるさを持ち合わせていたはずだ。



「話し合いは、ユウたんの姿が魔王城のどこにも無かった時点で中止になったんだ。向こうも、ユウたんの身に何かがあったら大変だと受け入れた」


「……ど、どうして?」


「それは話し合いに来た使者が、騎士団長だったからだよ」


「騎士団長って、まさかコードさんですか?」



 確かに上の立場だから使者に選ばれてもおかしくないけど、俺は信じられない気持ちでいっぱいだった。



「ユウたんは何か勘違いをしているみたいだけどね。彼はユウたんのことを憎んで無いよ」


「それはありえないです。だって俺のせいで、コードさんの家族は死んでしまったのに」


「まずその考えがおかしいんだよ。彼の家族を殺したのはユウたんじゃない。それなのに、どうしてユウたんのせいになるの? 勇者だから? もっと早く生まれていれば死なずに済んだ? 彼の家族は国王のせいで殺されてしまったから、ユウたんの存在で何も変わらなかったんだよ」



 魔王の言っていることはおかしい。

 いくら俺に罪悪感を抱かせないためとはいっても、それが嘘だとすぐに分かった。



「嘘をつかないでください。コードさんの家族を殺したのは魔物です。いくら国王が愚かだといっても、そんなことはさすがに」



 ……いや、あの人ならやりかねない。

 もしもコードさんが自分の思い通りにならなかったら、気を晴らすためにやる可能性はある。



「でも、まさか、そんな酷いこと……」


「表向きは魔物の襲撃だってことにしたみたいだから、最近まで騎士団長もそれを信じていたらしいし無理はないよ。こっちとしては、そんな人間がいるのかと驚かされたけどね」



 魔王が呆れるのも当然だ。

 魔物は極悪非道の存在だと言っておきながら、自分の方がそれ以上に酷いことをしていたのだから、呆れてものも言えない。



「でもそのことが無かったとしても、コードさんは俺のことが嫌いだったんじゃ……」



 家族のことで別に恨んでいなかったのなら、あの冷たい視線や厳しさは俺自体を嫌っていたからこその行動というわけだ。


 そっちの方が傷つくと、服の上から胸に爪を立てた。



「だから言ったんだよ。ユウたんは自己評価が低いから、言葉や行動にしないと伝わらないこともあるって」



 それは俺に向けられたものじゃなく、ここにはいない誰かに愚痴をこぼしたようだ。



「まあ。その分、我が甘やかしてあげればいい話か」



 ぽんぽんと、また体を叩かれた。



「それじゃあユウたん。ユウたんは、もっと周りに愛されていたことを教えてあげようか」




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