貯金箱2(終)


 一二年生が使う棟が手前にあるのだが、中に入り、そこの昇降口で、校長室の場所を飾ってある図面で確認するなり、まつりはすたすたとそちらに歩き出した。どうやら、さっさと確認して帰りたいようだ。


 まつりが興味を示しているのは『像』のみなのだからそれは当然かもしれない。



 職員室に軽く挨拶してから、後を追うと、問題の像がある校長室に向かって、ぼくと八木も急いだ。

職員室からそんなに離れない場所にある校長室は、普段は人が寄り付かないのだが、今回ばかりは数人、様子を見ていた。女子三人と、男子一人。四人いる。


「……いや、ギャラリーというよりも、その日に授業があった二年生が主だぞ」


 八木が説明してくれる。一年生は、ほとんど選択科目がないので、授業中。三年生は、別棟だ。校長室はこちらの棟にある。

──というか、だいたいの施設がこちら側にあるのだが。


「あー八木くん! 帰ってきました」


「逃げたかと思った!」


ツインテールと、おかっぱ頭の、どちらも気が強そうな女子が口々に八木に軽口を叩いている。いや、片方は誰かに報告しただけなのかな。

「じゃ、状況を整理しよっかー?」


二年生の主任の、国語を教えている女性教師らしい口調がそう言ったのが聞こえた。なるほど、この人がいるのか。


 彼女は、ほんわかした雰囲気の、まるで保育園児か小学生に教えるかのような、慈悲深げな眼差しで常にぼくらを見ていて『遠足』とか『発表会』といった単語に、嬉しそうにする。高校教師なのが、正直ちょっと不思議だ。悪い先生ではない。


肩までの髪を結び、教科書か何かが入った、薄い布のトートバッグを持っていた。


「前河くんが発見者ねー?」


小柄でそばかすのある、ツンツンした髪型の男子生徒が、はい。と低い声でぼそっと答える。


「それでぇ、西野さん、右さん、多田野さんが、校長室の掃除だったのよね?」


はい、と、ツインテールの女子生徒、おかっぱ、前髪をヘアバンドであげている女子生徒がそれぞれ答える。

クラスの女子の間で流行っているらしい、ふわふわもこもこした、毛皮みたいなリストバンドを、三人とも手首に巻いていた。知らないが、手触りが良いらしい。校則では禁止なのだが、放課後には構ってあそぶようだった。今は、先生が突然入って来てしまったからなのだろうか、さりげなく後ろに隠している。

(ぼくの方からは丸見えだ)


「でも、私たち、何もしてないですし、掃除してただけです!」


多田野さん、だろうか。

見覚えがないので違うクラスの人かもしれない。ちょっとつり目の女子生徒が女子を代表するように意見する。


「割れたのを見た時間は?」

全員の顔が、こちら、入り口側を向いた。ぼくらは八木の後ろからそろりと顔を出す。


 ちなみにまつりは校長室の入り口に立っていただけだったのだ。そりゃあ、いくらなんでも、揉めている中に一人さっさと入る気はしないだろう。

その『傍観者』の立ち位置から、いきなり声が聞こえて、みんな、誰が喋ったのかときょろきょろ見渡している。八木が、入り口から退いて中に入ったので、ぼくらは四人の視界にようやく映った。

「──あ、夏々都くんだ。あと……この人は?」


同じクラスの西野さんが、短めのツインテールを揺らして、好奇心旺盛という感じにぼくに聞いてきた。

どういったものかと焦っていると、八木が、びよーんと、びっくり箱みたいに横から飛び出てきて、説明してくれる。


「夏々都の遠い親戚だってさ! こいつもすげえけど、この人も数々の事件を解決している名探偵なんだぜ!」


漫画の見すぎだ、とつっこみたかったが、ぼくはなんだか疲れていて、それどころじゃなかった。

休日なのに学校に行き、クラスメイトと会う、というのが、どうしてこんなにモチベーションを下げるのだろう。



 四人の生徒たちは微妙な顔で戸惑い、すぐにぼくらに興味を無くした。リアクションが薄い。そりゃあ、いきなり知らない人がやってきて、探偵がどうとか言われても、『ふうん』くらいしか思わないだろう。



 ちなみに、ぼくもあいつも探偵ではない。



「へぇ、すごいねー!」


先生だけが、ぱちぱちぱち~とゆるい拍手をしてくださるので、学芸会の出し物かよ! と、言いたくなった。が、ぼくは元気が出ない。


「──で、いつなんですか? 今の様子だと、掃除があってから、前河くんって人が見つけたのかなと思ったのですが」



まつりは、馴れ合うような会話をする気が一切なく、マイペースに質問を続けた。余計な関わりはうざったいと言わんばかりだ。


時間の浪費だという意見に賛同したかのように、ぼそっと、前河が答える。


「俺が見つけたのは、6限終わって帰ろうとしたときだよ……八木と一緒に、見たんだ。なあ、八木」


「あ? ああ。ごみ捨てに行ったお前が先に一階にいたから、追い付いたおれがあとから確認したんだ」


八木は、前河を突き放すようだった。前河を疑っているのだろうか。彼は、俺がやったっていうのかよ! と八木をにらんで、そのうち取っ組みあいにならないかと、ひやひやして、止めようと何か声をかけるため、ぼくは口を開く。

 ──が、ふと気配に気付いて、口を閉ざす。横を見ると、いつのまにか、まつりが隣から消えていて、入り口のそばの背の低い棚の上に、どんと置かれた、像を見ていたのだ。


なんだか、何を言いたかったかわからなくなって、ぼくもそれを観察させてもらう。気がそれたのか、いつの間にか、二人も大人しくなっていた。


髭をたくわえた、優しそうな、だけど怒ると怖いんだろうなあと感じさせる、老人の、白い像だ。口を開けて微笑んでいるらしい。頭から胸までを作られている。素材は、なんだろう?


固くてツルツルしていた。美術室の石膏像みたいなのではなさそうだ。

額に、透明なテープが貼ってある。


 それが、ぱかっと割れているのだ。縦にかと思っていたが、割れ目は、なぜだか横だった。頭からつながった首だけが根元から、というべきだろうか。これだけ見ると、残酷に見えなくもない。



後ろのほうでは、四人が口々に言っている。先生はおろおろしていた。


「だいたいこの像こんなところにあったなんて知らなかったし」


「そうだよ、掃除してて、机拭くときにこんなのあったら絶対気付くよ?」


「俺は知らない、見つけただけだ! なんで見つけただけでこんな……」


「美術の授業の人が借りて出したままなんじゃない?」


「美術とってる人いるけど、空きビンとか紙風船だったよ?」


「おれも知らない。なんのメリットがあるんだよ! だいたい、これの、頭がでかすぎたんじゃ」


「えー。別に普通だよ。ネズミとか犬が落としたんじゃないの」


「まさか。そんな簡単に動かないよ、あれ重いもん」


まつりは、じっくりと観察してから、「どっかで見たんだけどなあ……」と呟き、窓を見て、閉まっているなと確認してから「失礼しました」と言って、ふらふらしながら校長室から出ていった。

 あとで説明するので、とか先生に適当にいいながら、ぼくも退散する。周りの人は、まだ話し合っていた。


「何かわかったか?」


廊下を歩きながら、ぼくはまつりに聞いた。


「んーと……」


ちらりと壁の校内図を見たまつりは、すぐに、なにかを見つけたらしく歩き出した。さっきまで見ていた場所の字を読むと、焼却炉の辺りだ。



 ゴミ出しの人が使う焼却炉は、校長室よりも手前の位置にあるので、階段を降りてから、そのまま技術室前の渡り廊下を通った方が、校長室を通るより早いのは確かだ。


 まあしかし、よっぽどの危険な場所でない限り、道なんて誰がどう通るかわからない。何か事情があったなら別なのだが。

ゴミ箱でぶつけた、とかじゃなさそうだなと、なんとなく考えた。


 まつりはきょろきょろしながら歩き、しばらくして、生徒用昇降口のそば、長机の上に置かれた、共同募金の募金箱を見て、足を止めた。きょとんと首を傾げて、ぼくに聞いてくる。


「……これ、きみが見たときから、どのくらい増えた?」


なぜそんなものが気になるのかはわからないが、とりあえず、えーっと、と考える。

頭のなかで、ぼんやりした昇降口を思い出す。最後に見たのは昨日の放課後だ。だから、昨日のこと、昨日のこと、昨日のこと……


「確か昨日は……このくらいかな?」


指先で、5センチくらいの幅を作ると、募金箱と見比べる。


「そう」


「確かにちょっと……7センチくらいに増えてるかもしれないけど、それがどうかした?」


 なにかに納得したのか、まつりは、なにも言わずにすたすたと歩いて、なにかを探しはじめた。

何を探してるんだろう?

疑問がいっぱいのぼくのそばで、またしても、まつりは、小さく呟くように言う。


「えりまきが、ないんだ」

「えりまき?」


それを、探しているのだろうか。ぼくには、今のところ、まつりの考えがわからなかった。


「あの像、えりまきが付いてたと思うよ。おじいさまは、首周りが寒くてたまらない人だったから、実際、あの像、首のあたりが一回り小さい気がする」


「なんだか、すごく人物像に興味が湧いてきた」


そう言ったぼくを、一瞬、不思議そうに見てからまつりは聞く。


「……校長室、前と変わった点はあった?」



「──いいや、特にはないけど? 最近校長室なんて入ってないからよくわかんないけと、像が置いてあるステンレス製の棚、の下に貼ってある磁石の位置が、やけに乱れてたのは気になったかななんて」



 ぼくは、なんとなく、不思議だったことを、とりあえず答える。すると、まつりは突然、くるっと振り向き、また校長室に戻るのだった。


いつの間にか他の四人は口々に理由を言って帰っていた。先生と、八木は残っていたが。今日、校長はどこかの会に出席されていて、居ない。ぼくたちを再び見つけると、先生はにこにこしながら、二人とも、何かわかったあ? と聞いてきた。相変わらず、お遊戯か何かを見守るような口調だ。



「──先生。そのトートバッグ、可愛いですね」


まつりは中に入るなり、無表情で先生の持っていた鞄に感想をのべる。


「えっ、ああ、そう?」


 戸惑いながら照れる先生。突然口説き始めたのかと一瞬思ったが、そのまま距離を詰め、ぐいぐい近づいて、トートバッグの底に手を伸ばし、しっかり貼りついていた何かを、はがす。

「な、なに、何かついてた?」


戸惑ったのは、先生だけではなかった。戻ってきた他の四人と八木(彼が呼び戻したらしい)も、困惑の表情を隠せない。


「ええ、ちょっと」


「そ、そう。なにかわからないけど、拾ってくれてありがとー」


手を伸ばして、それを受け取ろうとしてくる先生に、まったく返すそぶりをみせずに、まつりは聞いた。


「えりまき、返してください」


 先生は、不思議そうに、「何、どういうこと? 」と聞いた。

まつりは淡々と説明する。

「この像の首の周り、擦れたようなあとがやけについています」


 女子のグループが反対側の入り口(そうか、反対側もドア、あったんだ)から像に近づいて「ほんとだー、線が入ってる!」と声を上げた。



「首が一回り細いですし。それから。ここに、貼ってあるんですが……」


部屋の一番奥、額に入った壁には、ぼやけて、昭和~年と書かれた薄茶の写真が貼ってあった。他にも、現代にいたるまでの写真がずらりと貼られている。


 改築記念、とか庭記念とかいうのもある。ここ、なんどか改築されたのかと、在校生ながら、今さらのように思った。


まつりが指さした写真は──次期校長とともに、像の男性らしき人が笑って映っており、その手には、像がしっかり抱かれていた。


 今まで、誰も気付かなかった、その、隅っこにある写真の像には、しっかりと、ふさふさしたえりまきがあった。画像が荒いが、そこだけ素材が違うことはわかる。


「でっ……でも、なんで私が持ってるっていうの?」


 写真をみたとたんに、先生の顔色が、明らかに変わった。まつりは、やはりそれを気にとめるようすもなく、ぼんやりと答える。


「うーん。先生のスーツに、羽がついてた、とか。これが、鞄についてたからですかね」


 そういって、先生に見せたのは、古い、昭和時代の50円硬貨だった。


「昭和30年くらい昔の硬貨だと、磁石にくっつくのがあるんですよ。まさに、そんな感じでした」


 それが落ちていたことが証拠になって……あの写真の像の年代にはあったお金で……

っていうか、磁石がなぜ出てきたのだろう?

先生が鞄に磁石を入れてるのか?

――でも、まずは、とりあえず。


「……あの像が、貯金箱だって?」


ぼくがそのときになって、ようやく口に出す。

まつりは、答えず、説明を足した。


「この笑っている口の開き具合、首のつけ根から奥は空洞。結構重いとのことだったけど──」


ひょい、と現場を動かすまつり。


「今は、ちょっと重いが、持てなくもない……っと、話がそれましたが、この硬貨が、鞄の底にしっかりと付いてたのはなんでかな? と気になったので、聞いてみました。ひとつふたつなら所持してるのかなという感じですが、ここの床にも落ちていたし、この像にも入っていましたので」


場が動揺気味だったが、ぼくは、ふと、気になったことを聞いてみる。こういう場合では、聞いておくべきだろう。


「……磁石、先生の自前とか、そういうのじゃないって、限らないじゃない? ほら、表とか黒板に貼ったりするし」


「土汚れはわずかに付いていたけど、チョークの粉なんかが、付いてなかった……まあ、違ったら違っただから、一応ちょっと覗いたら、中身が見えたし」


「見えたのか」


そのときだ。


「ええ、はい。確かに、それは貯金箱ですよ! 彼、小銭をとにかく集めていました!」


突然、予期せぬ肯定の声がしたので、みんなぎょっとして、ぼくらが入ってきた方の、入り口の廊下を見る。どうやら、今、会から帰って来たらしく、ぬっと、校長先生がやってきていた。


「お久しぶり。まつりさん。大きくなられましたね」

少し太めの、素直に言えば、横から付いたら転がりそうな体型の……スーツを着た、ちょび髭の男性だ。

彼は、ちょこちょこと独特の歩き方で、ゆっくりまつりに近づき、握手を求めた。


「……こんにちは。おじいさまの知り合いでしょうか」



「ええ、数年ぶりに、この学校に戻って来ました。おじいさまとは、仲良くさせていただきましたよ。私の先輩なんです」


それより、菊地先生。と、彼は先生に声をかける。

肩をびくつかせて、彼女はとうとう、弱々しく言った。

白くてふわふわした、細長いそれを手に握りしめて。


「だって! 私、ここのこと、よく知らなくってっ、校則違反で、こういうグッズを、像に面白がって付けた子がいるって、思ったんです……」


分解された像を、トイレに行って戻ってきた前河にちょうど見られてしまって、あとに引けなくなったらしい。

――っていうか、もとから割れたわけじゃなかったのか。


 確かにそれは、三人の女子が身に付けているものに、ちょっと似ていた。


 通常ならば、俺らを犯人扱いしやがってと前河と八木あたりが中心に、怒りそうだったが、彼女は一年前からこんな感じであり、みんな、むしろ、呆れ気味なようだった。彼女はどこか、幼い感じがある。

     3


 何に感動したのか、おおおお、と、いつの間にか増えたギャラリーから、拍手や歓声が起こった。




 まつりは『ちょっとなにげなく質問しただけなのに、なんか余計な周りがうるさくなった』みたいな、どこか嫌そうな目をしている。帰る時間の一年生たちが、教室からの曲がり角にあるこちら側を、ちらちらと、気にし始めている。主任の先生は、どこかに出ていってしまった。


 あまりたくさんの視界に触れたくないのか、まつりはうつむいてぼくの影になる、部屋の奥へ奥へと逃れながら、一言。


「それより、お金がどこにいったかが、さっきからわからない」


 貯金箱(というか、像だ)は、蓋になっていたえりまきを外すと、全部のお金が、バラバラこぼれる仕組みのもので、それに動転した先生が、お金を慌てて拾って、どこかにやり、えりまきを鞄に入れている、というのが、まつりの、当初の推理らしい。


──だが、先生の鞄には、文法の参考書と、白くてふわふわの、裏に磁石がびっしり入ったえりまきしかなかったのだ。

先生にお金について聞いても、電話が来て咄嗟に職員室に行ったし……とのことで、よくわからなかった。

いくらかは校長室に散らばっていたが、とても、まだ足りない。


 校長は、まつりがまったく聞いてないが、しばらく、楽しそうに話を続けていた。ぼくはちょっと気になったので合わせてしばらく聞いていた。


「それが飾られたときは、まだ私は校長じゃなくてねー、いやあ苦労したよ?

きみのおじいさま、茶目っ気が多くてさー、担任のタバコを一繋がりに細工して、びろーんってなったのを箱にいれたりしてたよ。そうそう、きみのおじいさまが校長だったとき、あの貯金箱を見せてもらったんだけど……」



 で、他のお金どこいったんだろう?


 そのひとことが、もう一度発せられたときだ。しばらくぐだぐだしていた部屋に、それだけが残り、やけに場が静まり返った。滑ったとかじゃなくても、なんとなく、一瞬静かになること、あるよなあと思う。あれは、気まずい。校長は、やっと話を聞かれていないと気付いたのか、ややしょんぼりしていたが、すぐに「そうだね、どこだろう」と答える。


「あ、だから募金箱を見てたのか」


ぼくが思い付いて聞くと、小さくうなずく。


「そう。でもこのサイズなら、そこそこの量あっただろうに」


ちなみに、このサイズ、とは、平均的な大人の頭の大きさだ。

 再び、誰かに呼ばれて、やや涙もろい菊池先生が出てきた。そんなに悲しまないでと言いそうになってくるから不思議だ。彼女は語る。


「私、そんな、たくさん、入ってたわけじゃないと……思います。だって、そんなにあったら、詰まって、何枚か出てこないはずです……」


まつりは、いつ入手していたのか、5枚の硬貨を手に広げ、それから先生の鞄についていた硬貨を足すように置いて、ぱちくりと目を動かした。


「あー、確かに、これだと首の付け根の入り口より、ちょっと大きくなるか。さて夏々都くん」



一瞬誰のことか、わからなかったが、どうやらぼくを呼んだらしい。なんだか、慣れないな……


「な、なに」


「この像をしっかり覚えてね」


「覚えたよ。もう」


「――それは結構。これに貯金していたのは、おじいさまだと思いますか?」


校長に、唐突に話が振られた。びっくりしたのか、え? と聞き返してから言う。


「あ、ああ、どうだろう 違うんじゃないかな……」

それを聞いて、考え込む。ぼくも、何が足りていないのか考えた。それから、あれ? と思う。


「首の……えりまきで巻かれてる部分の首が、少し足りないよ。これだと、巻いても、元通りにならないし、何より、おっかなくて、あんな風に持てない」


小銭が入ってるのに、高々と抱き上げるには、あんなえりまきだけだと、ちょっとずれれば大変なことになるだろう。

まあ、撮影時は入っていなかったのだという気がするけれど。まつりはその辺りを聞いたのだろうか?


「あの写真と、像の長さも微妙に違う。本当に、あるべき蓋がない」


「蓋っていうか……ちょっと、違うかな」


まつりはそう言ってから座り込んだ。人がたくさんいて、嫌になって来たんだろうか。

「疲れた?」


 聞いてみると、酔った、らしかった。たぶん人混みに。ぼくもぼくで、あんまり人が集まるなんて思っていなかったからびっくりしている。


「あー、気分悪い……説明から何から、面倒だから、やっぱり一気に終わらせようかな」


 まつりはそう呟いてカーディガンの裾から、腕を入れ、その下に着ていた長袖のシャツを引っ張った。

 一年生らしき女子高生たちが、廊下から中を見て、なにか騒いでいる。まもなく、ぴしゃっと音がして、たぶん注目されていただろう本人が外部を容赦なく遮断した。



 どうやら、関わってもほとんど使う機会を得ずに容量を食うだけだろうタイプの人間情報を、いちいち覚えていたら倒れる、と、いうことらしい。彼女たちも、この学校の人もみんな『その他』という括りに最初から投げ込まれたままなのだ。



 しかし未だに扉の向こうでは、なにかキャーキャーとめげない声がしていた。強い。ぼくは、像も見られたし、帰ろうかなあと思い始める。ぼくの目的はそれだけだったのだから。


 ぼくは、どこかそういうところがある。修学旅行に来て真っ先にお土産を買い、自由時間の中盤で、もう既に、帰るのまだかなーと考えているような。目的はさっさと達成して帰りたい。安心は手っ取り早く、だ。


「美術室とか、こんな像がありそうなところを思い出して」


まつりは、ぽつりと誰にともなく呟いた。周りの人も、口々に言い、考え出す。周りが考えているのを邪魔しないように、小さめにまつりに答える。


「およそ19ヵ所が想定……えーっと。そこから、あれと似てる像を探すってことは」


そこまで言った途端、ばちん! と、脳内でなにかが弾けたような頭痛がした。思わず後頭部を押さえる。寿命が縮まっているんじゃないだろうかと、ちょっと不安だ。


「いったたた……えーっと、美術倉庫2に、学祭の準備で入ったときに――首無しの……像が……あっ」



ぼくが思わず声を普通の音量にして、そこまで言ったとき。

『展示だ!』


――と、みんなが、それぞれ叫んだ。

     4


 展示だ! に、みんなが込めたのがなんだったのかはそれぞれの考えだろうが、単純に、展示、が指すことについて説明する。


 学校の式典や行事、などに、必ず体育館に出てくる、学校ならではのものはないだろうか。割れたらやばそうなつぼとか、この花を飾る、とか。



そこについては置くが、まあとにかく、初代校長像は、この学校では、そういうところにほとんど参加する像なのだった。

(たぶん、そこに関わった人を疑ってるんだろう)


 まん前、とは言わないが、体育館入り口近くの右端に、だいたい持って来られて飾ってあったりする。

ただし、普段の全校集会などをのぞく。


「――いや、ばかな。あれは本当に、ただの像であって、貯金箱の方じゃ……」


一人、展示だ! とは言わなかったらしい、校長が、口ひげに指をのせて答えたのを見て、まつりは何かの確信を強めたらしかった。


「――やっぱり、本来の像も、あるんですね。で、そちらはどうされたんですか? なぜ本日は、そもそも、似ている方を、棚の上に出されていたのでしょうか」



早口ではないが、それなりにぐいぐい迫るように雑に言われて、校長は少し気圧されたようだった。



 説明にも、解決にも、早くも飽きているらしい。雑になるのはそのせいだろう。まつりにとってはこの手の事件は場所が学校なだけに、それなりに真面目に、筋書き通りの仕事(?)をしないとならないので、窮屈なのかもしれない。



 ちなみにぼくは、気力がわかない。ぼやーっと立っているだけだ。下手に割ってはいるとややこしいので脇役である。校長は、戸惑ったように答える。



「……像は――私は、その、知らないですよ」


そこについて、まつりは深くは触れなかった。ただ、頷いたくらいだ。


「――わかりました。その像の残骸なら、たぶん美術倉庫あたりにまだ、あるんじゃないでしょうか。この辺りのことは、部外者にはわかりませんから、断言しませんが。とにかくこれは頭と胴体を組み合わせていますが、たぶん、二つは別のものです」


「でも、なんで、似たような像があるって」



「……なんか見たことがあると思ったんだよ、数年前に、ちょっとこの学校に寄ったときに。あとおじいさまが、自分の頭部ばっかり作ってるって昔聞いてたからさ。見たときにあったのは……こんなのは巻いていなかったけど」



 こんなの、と、置かれたえりまきを指さして、怪訝な顔をする。身内という贔屓目を持ってしても、たぶん理解出来ないセンスなんだろう。


「……えーっとね。頭が貯金箱で空洞でー、首が、すぽっとはまるってこと、かな? それで首ごと頭が折れた……っていうか、さすがな趣味……」


「『頭の中が、知的な好奇心で溢れるような――』って、前に読んだな、卒業生の文集の最初にある、学校についてのページで……」


ぼくが思い出して言うと、なにかツボを押さえてしまったのか、まつりは笑いだしてしまった。

頭の中、弾けすぎだよ! とつっこみながら。

 その笑いにはついていけなかったが、おそらくは、頭が割れたからとかそういう意味ではなく、まつりの知る、おじいさまという人の、ギャップだとか、人柄的な、なにかを思い起こしての笑いだったんだろうと解釈する。


「で、犯人は誰なんですか!」


 今までずっと黙っていた八木が、ようやく息をしたかのように挙手で質問した。たぶん、悪いやつではない。――が、やや、その元気が、主に、疲れぎみの耳や頭には、その存在が強く反響しすぎるというか……

 突然の質問だが、まつりはそれなりに柔らかく対応して答える。


「犯人? 割れたっていうか、もともと合っていないから――ってことじゃなく、この事態を招いた犯人ってことになると、似たような像がここにあるってこと知っていて、校長室に出入り出来るから校内の人物で、最初に――――」


 二、三語、つけ足して、それだけ言ったら、じゃあ帰ります、とまつりは校長室を出ようとして、何かに気がついたように、振り向き、ぼくを引っ張りに来た。はいはいとそちらに向かう。盾になるのはぼくの方だったか……


 まあ、あとは、なんとかなるだろう。背後では、何やら会議が始まりそうだった。


 安心は、手っ取り早く、である。

     □


「あ、そうそう、この泉、……昔は、金魚飼ってると思ってたんだよな」


帰り道、校庭の、まさに庭、奥に見える泉を見て、ぼくがそう感慨にふけっていると、まつりは一瞬、その泉を一瞥してから、ふうん、と呟いた。興味無さげだ。



「お前もなんか、願い事してきたら? コインを投げ入れたら、ガマガエル様が叶えてくれるらしいぞ」



 電話で聞き流しまくったはずの八木からの受け売りだ。聞いてなかったはずが、なぜか覚えているらしい。そういえば思い出した。 少し前までは髪を首までだらんと長くしていた、美術部の幽霊部員(って噂)だ。髪が長かった人が居なくなったな? とは思っていたが、暑くなったとかで切ったのか。

まつりは、外に出た途端、しばらく無言で先を歩いていたが、ふと何かに気付いたらしく、ぼくの方をちらりとみて、呟いた。



「……かぼちゃプリン、無くした……」


「あらら」


少し切なそうだったので、仕方がないから、何か……焼き鳥とか代わりに買って来た方がいいんだろうかと考えていたら、まつりは相変わらず、切り替えた。


「……ま、いっか!」

     5


 あれ以来、ぼくは携帯電話の電池を抜いていた。

あの日から、女子からも男子からも、メールがやたらと来たからだ。理由は伏せるので、聞かないで欲しい。



 最後に電話に出たとき、八木が魂の叫びをスピーカーが耐え切れなくなりそうな音量で伝え出したので、トラウマ気味でもある。


『丸焼きじゃなきゃダメだったのかなあああ!?』 とのことたが、そんなのはぼくが知ったことではない。本当に。



どちらみち、学校に行けば彼らに会ってしまうのだが――しばらく登校がつらい……下手に好奇心で動いてみるものではないなと思った。



「今日は、ありがとな」


だらーんと、リビングで倒れているまつりに、なんとなく声をかけると、一瞬こちらを向いて、視界がぼやけるのか、目をぱちぱちと動かしてから、不思議そうに首を傾げた。


「……その、なんていうか――」


ぼくはあわてて何かを言いかける。――と、同時くらいに、まつりはぼくに言った。残念そうに。


「あれ、処分出来ないなあ」


「……まあ、な。でも来年、校長先生が定年になるらしいし、変わったら、また変わるかも、その辺り」 結局、件の誰かについてを他の生徒たちの前で言わなかった辺りが、まつりらしいが(余計に騒がしくなることが嫌で避けたんだろう)、あれから、その事態に関わった犯人は見つかり、先生たちに怒られはしたものの、処分は軽かったようだ。



――と、ぼくがそう話し始めた頃、まつりはさっさとどこかの部屋に消えていた。


「あれ……まあ、いいか」


 仕方がないので、ソファーの真下あたり、床に大胆にも放り投げられたままの上着を片付けようと掴んでみる。と――なんだか重たい。


 まさか、なあと、ポケットを探ってみたところ、どうみてもシェイクされていそうなプリンの入った袋が見つかった。ちょうど、上着を取りに部屋に戻って来たらしいまつりが、それを目撃する。


「あー……」


 微妙な顔でそれを眺めたので、なんとなくおかしくなって、ぼくは吹き出した。まつりは、変なものを眺めるように、しばらく、笑い出すぼくを見ていたのだった。


end.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

枠と境界線 たくひあい @aijiyoshi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る