第54話 バー・ユリイカ(4)

「あっはっは! ……やっぱりお子ちゃまなのかねえ、こう見えても。ハンターというのは見た目と仕事が一致しない職業の一つではあると思っていたけれどね」


 バーテンダーはそう笑ってみせたが、ユウトは未だにメニューを探そうとしている様子だった。


「ユウトはこういう時とっさに対処出来ないのを見ると、ほんとうにハンターなのかって思ってしまうよ……。あ、マスター、私はミルクを頂戴。それとサンドイッチ」

「あ……、それじゃ俺もそれで」


 それを聞いたバーテンダーは笑みを浮かべる。


「はい。ミルクとサンドイッチを二つね。……ここにこんな可愛いお客さんが来るのは久しぶりだから、腕が鳴るわ!」

「腕を鳴らす程の料理でもないだろうよ……、おっと、口が滑った」

「ハンスさん、それわざと言いましたよね?」


 ハンスはマナの言葉を無視して、空になっているコップを傾ける。

 それを見計らったのか、バーテンダーはお代わりの酒を入れたコップを差し出した。


「はい。これで最後にした方が良いと思うよ。何せ、身体は正直だからね……。いきなりコロッと死んでしまっても、文句は言えないよ」


 バーテンダーはきっとハンスの身体を案じているのだろう。

 ハンスはずっとここで酒ばかりを飲んでいる――普通の人間ならば、幾ら商売であったとしてもあまり酒を無尽蔵に提供しようとはしないはずだ。それこそ悪徳な業者でもない限り。


「……俺の身体を案じているのならば、それはそれで有難いんだけれどよ。俺も俺なりに身体をきちんと管理しているつもりだぜ」

「それ、本当ですか?」


 マナのツッコミを聞いても、ハンスは涼しい顔をしている。


「……ま、まあ、良いじゃねえか。俺のことは。取り敢えずこれから考えるべきことは、ファントムの手がかりだ。結局手がかりが全く見つからなかった訳だが――」

「はい、お待ち遠様」


 そう言ってバーテンダーがカウンターに置いたのは、サンドイッチが載せられた皿だった。

 白いパンに野菜とハムが挟んである至ってシンプルなそのサンドイッチは、とても美味しそうだった。


「美味しそうだな」

「美味しそう、ではなく美味しいのよ坊や。……少しはお世辞を言えるようになった方が、色々と社会を生きていく上で楽になれると思うわよ?」

「……そうか。だったら、今度からそうすることにしよう。ところで、本当にこれはハンスさんの?」

「奢り――だろうなあ。マスターはそう言ったら聞かないからな。そこについてはもう俺も口出し出来ねえよ」

「財布はハンスさんの物なのに……?」

「おう。俺のものなのにな」


 ちょっとだけ悲しそうな表情を浮かべていたが、ハンスは別に支払っても良いようだった。


「……別に良いよ。ちゃんと俺はお金を払う。それぐらい払えない程余裕がない訳ではないし」

「馬鹿野郎。こういうときの好意は素直に受け取っておけ。それに、珍しい物だと思って良いと思うぞ? だって、この街の人間は、そんな行為をするはずがないからな」


 ハンスの言い分も尤もだった。この世界に住んでいる人間は――少なくとも、他人のことに自分を犠牲にしようなどと思うはずがない。自分が一人、生活をするだけで精一杯であり、それ以上の余裕など何一つ存在しないのだから。


「……とにかく、これからどうするべきか考えなくてはならねえだろうな」

「と、いうと?」

「お前達、これまで何をしてきたか――まさか忘れた訳じゃあるまい?」

「いや、忘れてしまったかもしれないな……。何だかこのバーで一年ぐらいの時間が経過したような気がするし。気のせいかもしれないけれど」


 ユウトの言葉に、ハンスはせせら笑う。


「そいつは間違いだろう! お前さん、まさか俺に勝手にアルコールでも注文したんじゃねえだろうな? まあ、そうなったらマスターも同罪なのは間違いねえな。どうやってしょっ引こうかねえ」

「しょっ引くつもりなんてない癖に、嘘は言わない方が良いと思うけれど? 或いは、がらにもないことは言わない方が良い――の方が正しいかな?」

「だから、何を?」

「ユウト。話をのらりくらりと変えるのはやめた方が良い。……というのは冗談ではあるが、正確にはこれから話を少しずつ進めなくてはなるまい。お前達が今ここに居る理由は何だ?」



 ――理由、それは。



「殺人鬼『ファントム』を見つけ出すこと、そうだろう? 俺はピンときたんだよな、いや、これは刑事の勘と言っても良いかもしれない……。だから、少しだけ時間をくれ。マスター、お勘定」


 はいはい、と言いながらマスターはあっという間にレシートを持ってきた。

 金額を見ると、ハンスは目を丸くしていた。


「――これ、全員分か?」

「ええ、だって、あなたが払うって言っていたからね」

「言っていたかな?」

「ええ」


 マスターの笑顔は眩しくて、それが不気味に見える――ユウトはそう思うのであった。


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亡国の姫ルサルカ 巫夏希 @natsuki_miko

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