第35話 アイドルは永久にトイレになんて行きません……!

 先日わたしがずっと応援していたアイドルが引退すると知り、なんとか時間をつくってファイナルステージを見にいくことができた。


 白深「ありがとー!」


 喝采を受けて登場したのは、あの頃と寸分もたがわないアイドルの姿。


 白深「しろみって言います! きょうが最後になっちゃうんですけど、はじめての人ももしかするといるかもしれないので、改めて自己紹介しますね!」


 そう言って白深さんはこれまでの略歴を感慨深げに言っていく。そしてそのあと。


 白深「わたしの代表曲『ミラクルオトメ☆す~ぱ~恋心』の『キミがスキ!』のところはよくいじられまして……おっちゃんたちに『しろみだけに~?』なんてよく言われたのを覚えてます……」


 どわっはっはという声。悪くはないんだけど……わたしのイメージじゃない。


 白深「いろいろありましたけど楽しかったです! あっ、ちょっといいですかすみません……」


 そう言ってマイクから離れる。すると直後、アイドルにあってはならない音が聞こえてくる。


 白深「よく『アイドルはトイレに行かない』って言われますけど、わたし実はこれまで忠実に守ってきたんです……っ!」


 衝撃の告白。もしかしたらファンをどきっとさせるための嘘かもしれないけど、信じる人が出てもおかしくなさそう。


 白深「聞こえますか……? おしっこしてるんです、この音……」


 興奮する人、憤慨する人、わたしみたいにどう反応したらいいかわからない人。さまざまな反応を楽しむかのように白深しろみさんは続ける。


 白深「アイドルの卵の頃から応援してくださってた方々ほんとに申し訳ありません……わたし、実はここまでして本物のアイドルになりたかったんです……」


 アイドルとはいえ人間ではあるから、ちゃんとトイレに行ったほうがよかった。もしかするとあの映像のときもしてたのかな……なんて想像をしてしまう。


 白深「はぁ、はぁ……んっ、それでは聴いてください……『ミラクルオトメ☆す~ぱ~恋心』っ……」


 この曲はイントロがなく、いきなり歌から始まる。それにあわせるのが若干遅れて、少々ぐだぐだになってしまってる。


 客1「おいおい、ちゃんとしろよ!」

 客2「そうだぞ、金返せ!」

 客3「まぁまぁいいじゃないですか、彼女ちゃんと正直に告白してくれましたし」

 客4「どこがだよ! 俺は認めないからな!」


 結局どっちなんだろう。その真相がわからないままにライブは続く。


 客5「もう俺、明日から白深ちゃんのことどんな目で見ればいいんだよっ……!」


 頭を抱えてうずくまる人。そこあたりから問題のにおいがただよってくる。


 未咲「そういえばこの会場トイレあるのかな……わたしもしたくなってきた……」


 お客さんに囲まれて身動きひとつとれない。わたしは我慢を諦めてしまった。


 未咲「だって、こんなの絶対間に合わないよ……」


 ぐちゃぐちゃになった感情のまま、わたしはおもらししてしまった。


 白深「あ、あ~ なぜかおさまらないムネのこど~……?!」


 サビすらまともに歌えず怒号が飛び交う。他方でよろこぶ人もいる。なんだかよくわからないことになってしまっていた。


 男性「ちょっとよろしいですか?」

 未咲「な、なんですか……?」


 おもらししたこと気づかれちゃう……その心配をよそに、やさしいことばをかけてくれた。


 男性「彼女、なかなかいい歌いかたしてますよ」

 未咲「そ、そりゃプロですから……」

 男性「いえいえ、そういうことではなく……本来の彼女が見えるような気がしたんです」

 未咲「と、いいますと?」

 男性「なんていうんでしょうか……失いかけてた情熱を取り戻したというか」

 未咲「でも、歌えてないですよね?」

 男性「そこには目をつぶるべきです。もっと大切なことを見るべきなんですよ」


 わたしにはよくわからなかったけど、この人にはなにか見えていることでもあるんだろうか。


 男性「わたしにだってよくわかりません。彼女にしかわからない感情というものもきっとあるでしょう。ただこちらから見ていて、これこそが彼女なんだと思わせてくれていることだけはたしかです」


 ちょっと詩的に思えて、この人にいいねボタンがあったら押したくなってしまう。


 男性「さすがにトイレには行ってほしかったですけどね」


 あっ、そこじゃないんだ。


 未咲「あの、実はわたしもさっきおもらししちゃって……」

 男性「あなたもですか。彼女につられて?」

 未咲「そう……いやいやいや、これはですね、これだけ人がいて、身動きがとれなくなっただけです!」

 男性「ほう、ならもう少し早くわたしが到着していたら……」

 未咲「そもそも男の人に尿意をさとられたくありません……」

 男性「それもそうですね、失礼しました」


 にこやか笑顔のまま彼は去っていった。


 未咲「なにあの人、気が利かなさすぎ……」


 失望こそしちゃったけど、もやっとしていたことが少し晴れた気もした。


 未咲「うーん、でもわたしもちゃんとトイレでしたかったなぁ……」


 わたしはアイドルじゃないし、人間として、ね。


                         あいすくーるオトナ編 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あいすくーる続編「オトナになった(?)あいすくーる!」 01♨ @illustlator_msr

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る