第2話『エルフの生まれ変わり』

「サクラ準備はいいか?」

「いつでもOKよ」


魔法使いのサクラは杖を構えて遠距離魔法をキールピースの陣地に放とうとした。


「待てサクラ」


イワンが何かに気づきサクラの遠距離魔法を止める。


「どうしたの?」

「来るぞ」


イワンの言葉と同時に爆発音が鳴り響き、白煙がエンブレムメンバーの目の前に広がった。


「何だ何だ。最後の悪足掻きってやつか」


双剣使いのナオヤが笑いながら剣で遊んでいると、叫びながら白煙の中をキールピースのメンバーが飛び出してきた。


「それで奇襲してるつもりなのかね」

「最後まで油断するなよみんな」


キールピースとエンブレムの同職同士がぶつかり合い、それぞれ方面へと散る。


アッシュの双剣をナオヤは笑いながらかわし、斬りつけた。


「はい、いっちょ上がり」


ラルクの大剣をダビデは弾き、横斬りでラルクを斬り捨てる。


「…こんなものか」


メルはステッキで物理攻撃を繰り出したが、ルルは簡単にかわして状態異常のデバフをかける。


「さっさと終わらせるわよ」


ミティは魔法攻撃を繰り出した後、杖を使って物理攻撃を仕掛けたが、拘束魔法で動きを封じられサクラの魔法攻撃をくらった。


「魔法使いが魔法を捨てちゃダメじゃない」


ダンクとイワンは大盾で再びぶつかり合い、一進一退の攻防が続いていた。


「やるなイワン」

「お前もなダンク。だが終わりだ」

「終わり?俺等にはまだ仲間が1人残ってるいるが?」


イワンは辺りを見渡してシロの姿を探す。


「よそ見してると足元をすくわれるぞ!」


ダンクが大盾を捨てて右手の拳を振り上げ、イワンに拳を振り下ろしたがかわされ、ダンクはイワンの拳に倒れた。


HPがゼロになり、キールピースのメンバーは次々と姿を消していく。


今だ姿を見せないシロに疑問を抱いているイワンに消えていくダンクが声をかける。


「あいつは強いぞ。頑張れよイワン」


その言葉を残してダンクは完全に姿を消した。


闘技場は歓声で賑わっていて、その声援にイワン以外のエンブレムメンバーが応えている中でイワン1人が静かすぎるフィールドに立っている事を不気味に感じていた。


「右腕、左足、頭、腹、心臓…」


微かに人の声が耳に入ってきたイワンは上空を見上げると、弓を弾いているシロが自分の上を通り過ぎた。


「最後の敵がくるぞ!」


地鳴りの様なイワンの叫び声が声援に応えているメンバーの耳に入る。


イワンの方を振り返ったヒーラーのルルの頭に矢が刺さり、ルルは倒れて姿を消した。


一方その頃、観客席では中年の記者が若い女性記者に背中を押されながらい渋々と観客席に連れて来られていた。


「ちゃんと仕事して下さいよ番場さん!」

「お節介な女だなクミンちゃんは。というか、こっちで本名呼ぶなって何度言ったら分かるんだよ。ここではシンブって呼んでくれよ」


シンブとクミンはLINK専属の記者で、会社の指示でエンブレムの試合に訪れていた。


「ちゃんと試合見て記事を書かないとまた編集長に怒られますよ番場さん!」

「そんなもん適当に書いても問題ないって。どうせエンブレムが勝つんだから。相手のギルドの名前は…えっと…」

「キールピースです!」

「あ、そうそう。というか本名で呼ぶなって何回言えば…」


その時、闘技場からどよめきが起きてシンブは最後まで言葉を発せられず、フィールドに目をやるとシロがダビデに向かって矢を放つ瞬間だった。


シロが放った矢は3つに分裂してダビデに向かっていき、2つは大剣で防いだが3本目の矢は左足の甲に突き刺さって矢先は地面に到達し、ダビデは消えていった。


「何で今の攻撃だけでHPがゼロになるんですか?」


クミンは不思議そうにシンブに問いかける。


「ウィークポイントだ」

「ウィーク?ポイント?」


ウィークポイントとはバトルコロシアムで実装されているルールの一つで、ゲーム開始前にランダムで出場者の体の何処かに設定される弱点で、攻撃の強弱に関わらずその場所に攻撃を受けるとHPがゼロになる制度。


レベル差が大幅にあったとしても勝負を分からなくする用途で運営側が用いたルール。


この制度を用いてからギルドの平均レベルが低くてもランキングの上位に入ってきたギルドも数多くいる。


しかし、当てれば相手を倒せるといっても、何処がウィークポイントなのかゲーム開始時にランダムで決まり、仲間に自分のウィークポイントを教える事も禁止されている中で、相手のウィークポイントを戦闘中に見つけ出すのは至難の業で、レベルが上の相手にウィークポイントを攻撃するのはもっと至難の業になる。


それをいとも簡単に実行したシロに対して闘技場は大盛り上がりで、闘技場が歓声で埋め尽くされる中、ダビデを倒したシロは地面に矢を放ち白煙と共に姿を消した。


「くそっ!どこ行きやがったあのクソ弓使い!」


怒りを露わにしながらナオヤが白煙の中を双剣を構えて見渡す。


嵐風ストームウィンドー!」


サクラが魔法で白煙を吹き払うとシロが走ってサクラに向かっていた。


「サクラ!そっちに向かってるぞ!」

「少し距離を取るわ!瞬間移動テレポート!」


瞬間移動でシロから距離を取ったサクラは続けて遠距離魔法で攻撃しようと杖を構えたが思った。


『本当に距離を取って正解だったの?』

『相手は弓使い。遠距離攻撃はどちらが上?』

『近距離で確実に拘束魔法で動きを止めた方がよかった?』

『それに…あの正確な射撃術』


迷った時にはすでに遅かった。


シロは雷光矢レールガンを放ち、矢は寸分狂わずサクラのウィークポイントの腹部を貫いた。


「僕から距離を置いたらダメですよ」


消えていくサクラを見てナオヤは双剣を強く握りしめ、スキルを使ってシロとの距離を詰めた。


「クソ弓使いがぁぁぁ!」


双剣で斬りかかってくるナオヤにシロは弓をしまって腰に装備している双剣に手をかけた。


「死ねっ!神速連撃剣しんそくれんげきけんっ!」


神速の速さの連撃で斬りかかってくるナオヤの刃に対し、シロは同等の速さの剣技で迎えた。


「おい…クミン…あれ見てみろ」

「あれ?」


シンブが指差す方に目をやると電光掲示板だった。


「電光掲示板がどうかしたんですか?」

「リンク…LINK値」

「LINK値?」


電光掲示板に表示される各プレイヤーのLINK値を見て見ると、シロのLINKが1%上昇して48%になった。


「ナオヤさんが32%でシロさんが48%って事はシロさんの方が強いって事ですか?」

「バカかお前っ!そんな次元じゃないんだよ!LINK値が40 %を超えるってのは!」



『LINK』というVDGにおいて最も強いプレイヤーというのは、レベルが高いプレイヤーではなく、レアな装備をしているプレイヤーでもなく、特殊なスキルや強力な技を持っているプレイヤーではなく。


LINK値が高い。つまり、現実の自分と繋がりが強いプレイヤーが最も強いとされている。


LINK値を上げる方法はLINKを開発したファントムテイル社から正式な発表はなく、どうしたらLINK値が上がるか明確にはなっていない。


レベルを上げる事によってLINK値はある程度まで上がるが、トップギルドに所属する高ランクプレイヤーの中でさえ一番高いLINK値は『47%』になる。


LINK値が『40%』まで上がると、それ以上LINK値を上げる事は難しいとされている。


そんな中でシロのLINK値の高さに驚きを隠せずにいるシンブは、あるプレイヤーとシロの姿が重なって見えてきた。


「…クウ」

「え?何ですか?」


シンブはおもむろに席を立ち、シロを指差す。


「あの正確な弓と双剣の剣技…あいつは間違いなくクウだっ!伝説のタッグ『ガトーショコラ』のクウ。『エルフの生まれ変わり』と呼ばれていた伝説のLINKプレイヤーだっ!」


シンブが叫ぶと同時に、ナオヤの双剣は弾かれて宙を舞った。


「クソっ…何で本職の俺の双剣が副職のお前の剣に負けるんだよ…ありえねーだろっ!」


ナオヤの右腕を数回斬りつけたシロを睨みつけながらナオヤは消えていった。


シロの無双ぶりに最初は湧いていた闘技場だったが、賑わいは何処かの彼方へと飛んでいき、闘技場は無音に包まれる。


不気味な静けさの中、シロはゆっくりと後ろを振り返ってイワンと向き合い、目を合わせて数秒後にシロが動く。


一瞬でイワンとの間合いを詰めて双剣できりかかるシロに反応したイワンは大盾をしまい、拳でシロの双剣に対抗した。


目では追えぬほど速い剣技を大柄なイワンからは想像も出来ない俊敏な拳でシロの双剣を全て受け止めたイワン。


今度はイワンが攻めたが、素早く力強い拳をシロも双剣で全て受け止めた。


距離をとろうとバックステップして後ろに下がったシロだったが、距離はとらせないとばかりに素早く間合いを詰めると同時に振り上げた拳を振り下ろしたイワン。


粉砕拳メテオ


イワンの拳を双剣でガードし直撃は免れたシロだったが、防ぎきる事はできずに後方へと飛ばされ、地面に叩きつけられた。


シロのHPは残り僅かとなり、次にイワンの攻撃がかすっただけでもHPが全損してキールピースが負ける状況に陥る。


苦しそうに立ち上がるシロ。


「…お前はいったい何者だ?」


イワンの問にシロが答える。


「…ただの弓使いです」


双剣を鞘におさめ、弓を構えるシロ。


「『ただの』弓使いって事はないだろ」


「いいえ。僕は『ただの』」弓使いです」


「何処かで俺と会った事があるか?」


「会っていたとしたら、あなたはどの強いプレイヤーは忘れないと思います」


「そうか。その言葉、ありがたく貰っておく。では、いくぞ」


イワンは大盾を構え、シロが弓を弾く。


静寂なフィールドに微かな風の音だけが耳に入ってくる中、イワンが動いた。


シロは静かに目を閉じて呼吸を整え、目を開けると矢を放つ。


四精霊エレメンタルショット」


シロが放った矢が4つに分裂すると、『白虎』『朱雀』『白龍』『黒龍』の姿に形を変えた。


それを見たイワンは両手で大盾を構える。


重力グラビティガード」


踏ん張る足が地面にめり込み、シロの四精霊エレメンタルショットを受けたイワン。


これまで受けてきたどの攻撃よりも威力のある技を、イワンは凄まじい雄叫びを上げながら受けきった。


攻撃を受けきる事は出来たが、大盾はもう盾として機能できない程の損傷を受ける。


大盾を地面に手放すと双剣を構えて向かってくるシロの姿が目に入り、両手の拳を強く握って構えるイワン。


「こいっ!弓使い!」


再び剣と拳の激しい攻防が始まった。


両者一歩も譲らない攻防の最中、掲示板に表示されているイワンのLINK値がシロの剣を受ける度に上昇していく。


今まで感じた事のない力が湧き上がる感覚を感じているイワンの攻撃スピードが徐々に上がって、シロは押され始める。


一瞬だけシロに隙ができ、ほんの僅かな隙を見逃さなかったイワン。


粉砕拳メテオ!」


前より数段に威力を増しているイワンの粉砕拳メテオがシロに襲い掛かる。


攻撃を避けるか完全に防ぐかしないと攻撃を受けては勿論、ほんの少しカスっただけでもシロのHPは全損する状況でシロは守り入らず、刃を下に持ち換えて双剣を振り上げた。


粉砕剣メテオ


粉砕拳メテオ粉砕剣メテオがぶつかり合い、シロの双剣がイワンの拳を弾く。


そして、双剣で心臓部を突き刺したシロはイワンの胸部を蹴った力を利用して高く飛んだ。


蹴られた勢いで地面へと倒れ込むイワン。


すぐさま体制を立て直す為に立ち上がろうとしたが、両手と両足を氷の矢で地面ごと凍らされて身動する事が出来なかった。


「見事だ弓使い。しかし、俺の鎧はそう簡単に壊れはしない品物だぞ」


模擬戦が始まってから初めて笑顔を見せたイワンは、空中で弓を弾くシロに問いかける。


「さぁ、どうやって俺のウィークポイントである心臓を貫く?」


イワンは言葉を言い終えると、心臓部の鎧に縦横1cm四方の形の穴が空いている事に気づく。


「まさか…」


シロはイワンの鎧が簡単に壊れはしない事に最初から気づいていた。


一度で破壊出来ないのであれば時間をかけて徐々に壊していくしかないと考えたシロは、HPが全損するリスクを抱えながら接近戦に挑み、イワンとの攻防の最中で気づかれない様に少しづつ鎧を縦横1cm四方で斬り刻んでいた。


しかしなぜ、シロは自分だけでなくエンブレム全員のウィークポイントを把握していたのか疑問に思うイワンだったが、2回目の戦闘が始まった時から気になっていた事を思い出す。


「あれもか弓使い」


エンブレムが全員で攻めてきている時、シロはキールピースのメンバーにこう言った。


「皆さんには犠牲になってもらう必要があります」


思いもよらないシロの言葉にキールピースの全員が驚いた。


「ぎ、犠牲だと!?」

アッシュが驚きながら答える。


「はい。犠牲です」

シロは籠に入っている弓の数を数えながらそう答えた。


「それに何の意味があるんだよ!?」

言葉を続けながら、アッシュはシロの胸ぐらを掴んだ。


「…勝利に犠牲は付きものです。逆を言えば、犠牲なくして勝利なしです」


真剣な眼差しで語るシロに圧されたアッシュは、胸ぐらから手を離した。


「あちらのメンバーのウィークポイントは、大体把握しました。ですが、大体ではなく、正確な情報が欲しいのです」


「…それは、どうすれば手に入るんだ?」

 

「私が今から伝える場所を攻撃して下さい。その反応で、確信が得られます」


「……分かった!やろう!」


ダンクは拳を握りながらそう叫んだ。



「あの突撃は、無謀な突撃ではなかったという事か。なるほど、俺らの完全な油断だな」


両腕と両足に力を入れるが、両腕両足ともに動けない。


「完敗だ」


そう言うと、イワンは静かに目を閉じた。


深く深呼吸をしたシロは、矢を放つ。


矢は真っ直ぐイワンへと向かい、縦横1cmの隙間を貫くと、イワンは消えていった。


闘技場に終了のブレザーが鳴り響き、スクリーンに『WIN キールピース』と表示される。


地面に着地したシロは、また深呼吸をして、空を見上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リンク 岩悠 @harukaiwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ