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岩悠

第1話『5人と弓使い』

双剣を構えながら周囲を見渡している男は声を荒げて叫んだ。


「クソッ!奴らはどこだ!」


怯えながらも冷静さを保とうとしている魔法使いが双剣使いに声をかけ、ハンマー使いと大剣使いと槍使いにも声をかけた。


「慌てないで!相手はたったの2人なのよ!みんな、私を囲んで周りに集中して!」


4人は魔法使いの周りを囲み、風が吹き荒れて砂ぼこりが舞う荒野を見渡した。


緊張感が走る中、魔法使いが敵感知で敵の存在に気づく。


「…きたわ。10時の方向!2人で向かってきてる!」


魔法使いの声に反応した4人は魔法使いが指差す方向へ向いて戦闘態勢に入る。


一瞬だけ風が弱まり、敵の姿を全員が目で確認した。


全速力で向かっていた2人組の1人はまだかなり距離があったが立ち止まり、もう1人は更にスピードを上げて5人に向かった。


「ナメやがって!俺が相手してやるよっ!」


双剣使いは向かってくる敵へと向かって走り出し、魔法使いは止めようとした。


「ちょっと!勝手に動かないで!」

「グハッ!」

「え…?」


魔法使いの左斜め前にいた大剣使いと、右斜め前にいたハンマー使いの胸に矢が刺さり、ハンマー使いと大剣使いは消えていった。


「おらぁぁぁ!」


雄叫びをあげながら双剣使いは敵との距離を縮め、敵はニヤリと笑いながら両手で剣を抜いて双剣使いに切りかかり、目に見えぬ速さの剣さばきで双剣使いを切った。


「グァッ!…クソ…が…」


双剣使いは消えていき、敵は残った魔法使いと槍使いへ向かって今度は歩いて向かう。


「ウソでしょ…」

「おいっ!これからどうするんだよっ!」

「ありえない…」

「しっかりしろ!もう、俺達しか残ってないんだ!」

「だって…だって、こんなのありえない!」

「落ち着け!俺があの双剣使いを…」


槍使いの頭に矢が刺さり、話している途中で槍使いは消えていった。


恐怖の表情を露にし、視界に歩いて向かってくる敵の姿が入ると急いで魔法を使い、何重にも魔法の壁を作って魔法使いは自分を囲った。


恐怖で上手く呼吸が出来ずにいると、魔法の壁が切られる音が聞こえてきて、その音はどんどんと大きくなって近づいてきた。


最後の壁が切り壊され、敵が目の前に姿を見せると、絶望の表情をしながらその場に膝から崩れ落ちる魔法使い。


「…ありえない。たった2人に、ランキング上位の私達が負けるなんて…」


独り言の様に呟く魔法使いに背を向けた敵は剣を鞘に収めて歩き出した。


「どうやったら、そんなに速く剣を扱えるのよ!?どうやったら、こんな強風の中で矢を一発で当てれるのよ!?…あなた達は何者なの?」


遠のく敵の背中に語りかける魔法使いは、遠くの方で何かが微かに光ったのに気づいた。


次の瞬間、魔法使いの視界は暗闇に包まれていった。





時刻はPM17時30分。

オフィスには電話が鳴り響き、忙しそうにまだ周りが仕事をしている中、5分前から帰る準備をしていた1人の男が1人だけ定時の時間で帰ろうと席を立った。


「お疲れ様でした。お先に失礼します」


周りの人に声をかけて帰ろうとしたが、男の声に反応した人は1人もいなかった。


オフィスを出てエレベーターに向かい、下りのボタンを押して待っているとエレベーターはすぐに来た。

ドアが開くと、中から部長と課長が仕事の話をしながら出てきて男は少し慌てた。


「お…お疲れ様です。お先に失礼します」

「ん?おぉ、お疲れさま」

「お疲れさま。それでですね部長、先日のあの件なんですが…」


部長と課長に軽くおじぎをして、足早にエレベーターに乗り込んで1階のボタンを押した。


「さっきの彼は派遣の子だったか?」

「えっと…たぶん、派遣の子だと思いますよ」


エレベーターのドアが閉まる寸前に、部長と課長の話し声が耳に入ってきた。


ドアが閉まり、1階へとゆっくり動き出したエレベーターの中で、


「…僕は、派遣じゃありません。この会社には3年います」


一人言を言っていると1階に着き、エレベーターのドアが開いた。


1階のフロアは定時で帰ろうとする人達で賑わっていて、斜めかけの鞄のベルトを両手で強く握りながら出口へ早足で向かい、会社の外に出ると駅の方向へ歩き出す。

ホームに降りると電車がちょうど来たところで、座れるスペースが空いていたから座席に座ると、隣に男子高校生が3人座って会話を始めた。


「この前のテストどうだった?」

「ぜんぜんダメだった。マジでリンクのせいだわ」

「俺も、赤点ばっかりでさ、親にリンク辞めさせられるところだったし!」


男子高校生達の会話が耳に入ってきて、周りの話し声にも耳をかたむけると、老若男女の誰もが「リンク」という言葉を口にしている。


電車の広告に目をやると、『LINK』という文字がデカデカと載っていた。


10年ほど前に開発され、世界中で話題となり、瞬く間に人気を爆発させていったバーチャルダイビングゲームの数々。

その数あるVDG(バーチャルダイビングゲーム)の中で、もっとも人気が高く、もっともプレイヤーの数が多いのが『LINK』だ。


広大なマップ、多種多様なモンスターとイベント、自由度の高いゲーム性が人気の理由だが、それだけだったら他のVDGと同じだ。


「じゃあ、なぜ『LINK』が似たようなVDGの中で、最も人気があるのか?」という質問に答える答えは1つしかない。


「それは、『LINK』を開発したファントムテイル社が独自に開発した、『リンクシステム』があるから」という答えだ。


『リンクシステム』とは、仮想空間へダイブした自分と、現実世界の自分をどれだけ近い存在にできるかによって仮想空間での能力が高低するシステムだ。


例えば…


現実世界で運動が苦手な人でも、仮想空間『LINK』の中のキャラ(自分)と現実世界の自分(キャラ)を同調させ、重ね(リンク)させれば、現実世界での戦闘能力が50だったとしても、『LINK』の中では500の戦闘能力を得る事ができる。それが『リンクシステム』と呼ばれるシステムである。


そのシステムを可能にするのが、ファントムテイル社が開発した『ノナ』という人工生命体。


『ノナ』についての詳しい詳細は明らかにされず、世界中の人々は得たいの知れない『ノナ』の存在を恐れた。


だがしかし、ファントムテイル社が発売した『LINK』を一度体験した人々は、得たいの知れなかった『ノナ』の存在を受入れ、現在では生きていく中でなくてはならない存在になっていた。


電車中で何かを思い出そうとしたが、思い出すのを止めると電車はゆっくりとスピードを落として駅に着き、男は席を立って電車を降りた。


改札を抜け、駅を出て家に向かおうとしたが、夕方から道路工事で通勤路が通行止めになる事を思い出して遠回りの道にため息をつきながら歩き出した。


メガネをかけ、長めの黒髪で少し猫背気味の男の名前は『名雲なぐも そら


年齢は24歳で、どこにでもいる普通の男だ。


他人とコミュニケーションを取る事が苦手な、いわゆる『コミュ障』と呼ばれる分類に属する人であり、友達は1人もいない。


空が中学3年の時に事故で両親を亡くし、それからは6歳年上の姉とマンションで暮らしていたが高校卒業と同時に就職し、現在はアパートで一人暮らしをしている。


いつもの人気のない道と違う、夕暮れの少し前の時間を有意義に過ごす人で賑わっている空間から早く抜け出したい空の足どりは自然と早歩きになっていた。


そんな中、ある店の前で空は足を止め、店の外に張ってあるポスターに目をやった。


空が足を止めた店はDVG専門の店で、ネットカフェ的なお店であった。


そして、空が見ているポスターの内容は、『バトルコロシアム』という、LINKの中で行われている数あるイベントの中の一つで、もっとも人気の高いイベントの告知だった。


「リンク、リンクって…ただのゲームじゃないか」


長い前髪から微かに見えるメガネの奥にある眼で、空はポスターを睨みつけ、両手で掴んでいた斜めかけの鞄のベルトを強く握りしめた。


「どうした?バトルコロシアムに興味あるのか?」


突然、後ろから声をかけられビクツいた空。恐る恐る後ろを振り返ると、黒いタンクトップに少しダボついたGパンに、健康的な色をした肌の大きな男が笑顔で立っていた。


「興味あるのか?」

「いや…その…」

「今から俺の仲間と、今度の試合に向けて特訓するんだが、興味があるなら来てみるか?」

「いや、ボクは別に興味ないの…」

「いいから、行くぞ!」

「あ、あの!ちょっと!」


その大男は、空の話を聞こうともせず、空の背中を押して店の中に入って行った。


「あ、あの!ボクは…」

「金の心配なんかすんなって!無料券、持ってるからよ俺!」

「そういう問題じゃなくて…」


この大男は人の話を聞かないタイプで、それを悟った空は抵抗を諦め、受付に着いた。


受付で空いてる部屋の中から部屋を選び、無料券を2枚、店員に渡した大男はまた空の背中を押して部屋に向かった。


「いい部屋が空いててラッキーだったな!」

「はぁ…」


指定した部屋の前に着き、ドアを開けると、大男の言っていた通りいい空間が待っていた。


広すぎず、狭すぎもしない間取の部屋にリクライニングシートが二席あり、イスの横にはヘッドギアが置いてあった。


「どっちがいいか?」

「あの…ボクは…」

「じゃぁ、俺は左な!」


「どっちがいいか?」と、聞いときながら勝手に座る位置を決めた大男は、奥のリクライニングシートに座ると「早くお前も座れ」というような動きを手でしながら、隣の席を指差した。


「この人は人の話を聞かないタイプだから、何を言っても意味がないな」と、諦めて隣のリクライニングシートに空は座った。


「LINKは初めてか?」

「えっと…前に少しだけ…」

「なら、ある程度は分かっているんだな。俺らのギルドにダイブしたら着くよう場所はセットしとくから。じゃ!また向こうで!」


肘かけについているタッチパネルを操作し、大男はヘッドギアを被ると、リラックスした状態で動かなくなった。


大男がバーチャル世界へダイブした事を空は確認すると、大きく息を吐いて立ち上がった。


「ごめんなさい。このゲームに興味がないので、先に帰ります」


返事をしない大男に軽く頭を下げ、部屋を出ようとした空だったが、立ち止まって振り返り、ヘッドギアを見た。



その頃、大男はバーチャル世界にダイブし、自分が所有するギルドに着いた。ギルドにはすでに大男の仲間は集まっていて、みんな不満そうな顔をしていた。


「なんだ、お前らはえーな(笑)」

「お前が『集まれ』って呼んだんだろ!ダンク!呼んだヤツが一番最後に来るなってーの!」


腕組みしながら立っていた背の低い大剣使いが、大男に強い口調で言い返した。


「わりぃわりぃ(笑)あれ?アイツはまだ来てないのか?」

「『アイツ』って?」


キョロキョロと周りを見渡している大男に、白いローブを着ている魔法使いが質問すると、天井から光が差し知らないプレイヤーが姿を表しギルド内は『え?だれ?』といった空気に包まれた。


「おぉ!きたか!」


そう叫びながら空に近づくダンク。


「おい、ダンク。そいつは?」

「新しい俺等の仲間だ」


空はダンクの言葉に困惑したが、なぜここに来たのか理由を説明し始める。


「いえ…仲間になる為に来たのではなくて」

「ん?じゃあ、なんで来た?」

「その…あのまま帰ってもよかったのですが…やっぱり直接お断りして帰るのがいいと思ったので…」

「それで態々ダイブしてきたのか?」

「はい…」


空の言葉を聞いてダンクは少し間をおいて、笑いながら空の背中を強く数回叩いた。


「お前、いい奴だな!気に入った!俺等のギルドに入れ!」

「いたっ。いや、ですから…」


空の言葉に耳を傾けようとせずダンクは笑い続ける。


「うちのリーダーはこうゆう性格だから。ごめんなさいね」



ダンクの笑い声が響く中、白いローブを着ている魔法使いが空に話しかける。


「私はミティといいます。あなたのお名前聞かせてもらってもいいかしら?」

「えっと…シロです」

「どうでしょうシロさん。今日だけうちのギルドに入ってみませんか?これから他のギルドとバトルコロシアムの模擬戦の予定なのですが」

「いや、いきなり模擬戦は…」

「まぁそうですよね。でも、あの感じじゃリーダーは帰してくれないかと思いますよ」


ダンクを見ると謎に親指を立てて頷いていた。


「どうですか?」

「…今日だけなら」


何を言っても帰してもらえないような状況になり、あのまま帰らなかった事を後悔しながら今日だけギルドに入る事を了承したシロ。


それからギルドメンバーの紹介が始まった。


ダンクがリーダーをしている『キールピース』のメンバーは現在5人。


大盾使いのダンク。魔法使いのミティ。大剣使いのラルク。双剣使いのアッシュ。ヒーラーのメル。


元々は10人で活動していたようだが、5人がメンバーを脱退し、その後は5人で活動してきたという。


バトルコロシアムには出場できる人数に制限があり、現在は『1対1』『5対5』『6対6』『7対7』の4種目が主で、今回キールピースは『5対5』の種目にエントリーしている。


過去には『2対2』の種目もあったが、ここ数年『2対2』のバトルコロシアムは開催されていない。


『5対5』にエントリーしているキールピースの模擬戦に自分が参加したら練習にならないのでは?と打診したが。


「気にするな!相手に今日は6対6でお願いするよう連絡しとくから!」


そうダンクは言い、相手チームに連絡を入れ始めた。


「シロさんの職業ジョブは?」

「えっと…弓使いです」


シロが職業を言うと、ダンク以外のメンバーは驚いた表情を見せた。


「アーチャー選ぶプレイヤーなんて実在したんだな」


双剣使いのアッシュがそう呟いた。


LINKのサーバーが始まってから1回目のアップデートの際に新しく実装された職業が弓使いだ。


実装された当初は物珍しさで弓使いを選ぶプレイヤーは多くいたが、扱いづらさとデメリット部分の多さに職業を変えるプレイヤーが跡を絶たなかった。


数あるデメリットの中で最もプレイヤーが弓使いを選ばない理由の一つがHPの低さだ。


他の職業のHPの1/3しかなく、レベルを上げてもリンク数値を上げたとしてもHPの上限が増える事は一切ない。


そしてもう一つ。射撃の難しさだ。


魔法や武器での遠距離攻撃を行う際には、着弾地点を標準するアシスト機能などが発生するのだが、弓使いが使う弓の射撃にはそのアシスト機能の一切が機能せず、全て己の力で射撃しなくてはならない。


例え弓道の達人やアーチェリーの世界チャンピオンでさえLINKというバーチャルゲームの中で狙った的に矢を当てるのは至難の業だ。


そんなデメリットの多い弓使いだが、他の職業にはない唯一無二のメリットがたった一つだけある。


それは、スキルや技が無限に作れるところだ。


他の職業は各職業事に決められた数のスキルや技があり、レベルを上げたりリンク数値を上げたりイベントをクリアしたりと、様々な条件で獲得できるスキルや技が決まっているが、弓使いの場合はスキルと技は無限にあり、弓使いでしか使えないスキルや技が多くある。


「そんな事が可能なのか?」と思うだろうが、それを可能にするのが人工生命体の『ノナ』だ。


当初ファトムテイル社は『ノナ』を使い、全ての職業で無限のスキルを獲得出来る様にする予定であったが、なぜか弓使いとしかその機能がリンクせず、弓使いだけがその機能を使えるようになってしまった。


しかし、そんなチートに近い力があったとしても弓使いを職業にしているプレイヤーはごく僅かで、弓使いを職業にしているプレイヤーを見る事は非常に珍しい事なのだ。


「アーチャーなんて戦力にらないだろ」


そう言い放ったラルクに対してミティが反論する。


「遠距離攻撃不足のうちのパーティーには有り難い戦力じゃない」


ミティにラルクも反論する。


「そりゃ遠距離攻撃が出来る人材は有り難い戦力だよ。でもさ、攻撃が当たらないならそれは戦力とは言い難いと思うけどな」


ラルクの言葉に直に反論できずにいたミティだった。


「でも…」

「そんなのどうでもいいじゃねーか!仲間が一人増えた事を喜ぼうぜ!」


ミティとラルクの間にダンクが割って入る。


「俺は何の職業を選んだとか、攻撃が当たる当たらないとか、そんな事は1ミリも気にしない。皆で楽しく全力で戦って勝てればそれでいい。ラルクの言った事は気にせず自分の力を全部出して戦ってくれシロ。どんな攻撃がきても俺がこの大盾で守ってやるから」


背中に背負っている大盾を指差しながらダンクは笑った。そして言葉を続ける。


「それと、エンブレムのイワンに連絡したんだが、俺たちは6人でエンブレムは5人のままで今日は模擬戦するようだ」


ダンクの言葉にアッシュは怒りの表情を浮かべ

る。


「クソっ!1人多くても問題ないってかっ!なめやがってっ!」


怒るアッシュをミティとラルクが宥める。


「時間だ。行こう!」


ダンクの合図で転送が始まり、キールピースのメンバーとシロは闘技場の前に転送された。


闘技場の中に入ると対戦相手はすでに来ていて、観戦者も多くいて賑わっている。


「待ったかイワン!」

「いや。俺達もさっき来たところだダンク」


対戦相手の大盾使いとダンクが握手する。


対戦相手の魔法使いはシロを見るなりクスクスと笑いだす。


「嘘でしょ(笑)アーチャーいるよ(笑)」

「え?マジ?」

「ホントだ。珍しい(笑)」


対戦相手はシロを見ながらクスクスと笑ってバカにしていて、観客席からもシロに対して見下して笑う声が聞こえてくる。


周りからの苦笑の声にキールピースのメンバーは下を向いていて、空は今すぐにこの場から立ち去りたい気持ちでいっぱいになっていた。


両チームが自軍の陣地に入り、大きなスクリーンに戦闘開始のタイマーが動き出す。開始時間まであと3分。


「模擬戦だが本番のつもりで挑もう!相手が誰であっても俺たちは俺たちの戦いをするだけだ!皆の事は俺が全力で守るから、皆は全力で攻撃してくれ。頼むぞ!」


ダンクの言葉に下を向いていたキールピースのメンバーは顔を上げて力強く頷く。


模擬戦が始まる直前、参謀役のミティはシロに声をかけた。


「よしっ!いくぞ!」


両チームが対峙し、スタートのブザーが闘技場に鳴り響いて模擬戦がスタートする。


スタートと同時に魔法が数発撃ち込まれてきたがダンクが広域防御のスキルを使い魔法を防ぐ。


暫く魔法攻撃は続いたが攻撃が止んだのと同時にラルクとアッシュが前に出て、ミティが魔法攻撃を相手チームに放ちキールピースの反撃が始まった。


「メルはダンクの回復をお願い!シロさんはラルクとアッシュの援護をお願いします!」


魔法を放ちながらシロとメルに指示を出したミティに従いメルはダンクの回復を行い。シロは前に出た2人の援護の為に高い岩の上に移動して高い所からフィールドを見渡し、ラルクとアッシュの姿を目視で確認した。


ラルクは敵の大剣使いと、アッシュは敵の双剣使いと激しい攻防を繰り広げている。

ラルクとアッシュの表情は必死だったが、相手の表情には余裕が見て取れる。


ミティの魔法攻撃を相手の大盾使いが防いでいて、同時にヒーラーが大盾使いにバフをかけ、スキルの能力を上げてスキル範囲を拡大している。


戦闘状況を確認するとシロは両軍の中間に位置する岩場に移動し、岩陰から覗くと魔法使いがラルクを狙って魔法を放とうとしていた。


腰の籠から左手で矢を一本手に取り、弓を引いて空に向かって矢を放つと大きな弧を描いて矢は飛び、魔法使いの頭上で大きな音をたてて爆発した。


「今のはなに!?魔法!?」


魔法使いは動揺して攻撃を中断し、ラルクへの意識を逸らす事に成功した。しかし、爆発に驚いたラルクに隙ができてしまい相手の大剣使いはそれを見逃さず大剣を振り下ろす。


「しまった」という表情を浮かべて防御しようとしたが間に合わず目を瞑るラルクだが、相手の足下に矢が刺さり激しい閃光で相手の視界は一瞬で奪われた。


目を開けると相手が目を抑えて藻掻いているのを不思議に思ったがラルクは大剣で斬りかかり攻撃はヒットする。


アッシュは相手の双剣のスピードに押されていて、剣が弾かれ攻撃されかけたが、矢が地面に刺さるのと同時に相手の足下が凍り動きを奪った。


「な、なんだこれは!?」


急に動けなくなって動揺した相手に体勢を立て直して斬りかかるアッシュの斬撃が相手にヒットする。


その様子を見ていた闘技場の観戦者は何が起きたのかが全く理解できていなかった。


フィールドにいる両軍のプレイヤー達も何が起きたのか、起きているのかまったく理解できている者はいなかった。


大きく息を吐いて岩陰からラルクとアッシュの様子を伺おうと覗きこんだが悪寒がし、空を見上げると魔法攻撃がこちらへと向かっていた。


急いで岩場を離れて攻撃は免れたシロだが、岩場は破壊されてしまった。


「あのアーチャーよ!さっきの爆発と閃光と氷は!」


怒りの表情を浮かべながら魔法使いは撤退していくシロの背中を指差し叫んだ。


自軍の陣地にシロが戻るとミティの合図でラルクとアッシュも敵陣から戻ってきて最初の戦闘は終了した。


「くそっ!あんな雑魚に一撃喰らうなんてなんてざまだっ!」

「さっきの閃光と氷はあのアーチャーの仕業かサクラ?」


ヒーラーに回復術をかけてもらいながら双剣使いが魔法使いに問いかける。


「そうよ。あのアーチャーが全部やったのよ。なんなのあいつ?」

「おいイワン!あのアーチャーどうする?」


腕を組んで険しい表情をしていたイワンが口を開いた。


その頃、キールピースの陣地ではシロが質問攻めにあっていた。


「さっきのはお前か?」

「あの氷の矢はなんだ?」

「シロさん凄かったです!弓使いって本当は強いんですね!」

「回復術はいりますか?」


メンバーの質問攻めに戸惑うシロを見てダンクが笑いだす。


「だから言ったろ?この弓使いは凄い奴だって!俺の見込んだ通りだろ!」


ダンクの言葉にミティ、ラルク、アッシュが直に反応する。


「本当は何も考えてなかったんでしょ?」

「まったく、ミティの言う通りだ。いっつもこれだよ。上手くいけば全部自分の手柄って」

「本当にラルクの言う通りだよ。まったく…何でこんなのがリーダーしてるパーティー入っちまったんだろうな俺は」


一時休戦中とはいえ、まだ戦闘の最中に言い合いをしている皆を見ているとシロは何だか可笑しくなってきて、ついつい笑ってしまった。


笑っているシロを皆が見ているのに気づいたシロは、笑うのを止めて咳払いで誤魔化そうとする。


「すいません」


ダンクが何か言おうとしたがそれより先にメルが口を開いて指を指す。


「敵がきます!」


メルの指差す方向に目をやると、イワンが一人でこちらにゆっくりと向かってきていた。


その姿は巨人が向かってくるように見え、近づいてくるにつれ空気がピリピリしだし、地面が揺れるような錯覚に襲われる。


キールピースのメンバーはすぐさま戦闘態勢に入り、参謀役のミティの指示を待つ。


「…全員で倒すわよ」


ミティの一言が合図となり、ダンクとラルクとアッシュがイワンへ向かって走り出した。


「シロさん、また皆の援護をお願いします!メルはシロさんにバフかけて!」


「な、何のバフかければいいんですか?わ、わたし、アーチャーへの適正バフなんて知りませんよ!」


「身体能力強化のバフ!早くかけて!」


「わ、分かりました!身体強化フィジカルアップ!」


シロの身体能力が向上し、スピードを上げて先に飛び出した3人を追いかける。


15mくらいの間隔を空けてスピードを3人の速さに合わせて進んで行く。


イワンと3人の距離が20mを切った所でイワンは立ち止まり、ダンクが少しスピードを上げて前に出た。


「うぉぉぉ!!いくぞっ!!イワンっ!!」


雄叫びを上げながら大盾を構えてイワンにアタックしようとするダンク。


背中に背負っていた大盾を左手で掴んで構えるイワン。


数秒後、ダンクとイワンの大盾と大盾が激しくぶつかり合い、大盾同士がぶつかった衝撃で起きた衝撃波がラルク、アッシュ、シロに伝わってきた。


数秒は互角に見えたが、ダンクはイワンの大盾に弾かれて後方へと飛ばされる。


しかし、飛ばされたダンクの陰からラルクとアッシュが姿を見せ、ラルクが大剣を下から振り上げ、アッシュはジャンプして双剣でイワンに斬りかかり、それと同時にミティの合図でメルが2人にバフをかける。


攻撃力上昇スマッシュアップ!」


キールピースの流れる様な連携技。これは長年一緒に戦ってきた仲間同士が即席で行った連携ではなく、対イワンを想定して練習してきたイワンを倒す為だけの連携技。


ダンク、ラルク、アッシュの走るスピードと距離。イワンに飛ばされるフリをするタイミング。ダンクの陰から奇襲を仕掛けるタイミング。バフをかけるタイミング。


キールピースがこの時の為だけに磨きに磨きをかけた連携技。寸分の狂いも無く、全てが計算通りだった。


ラルクの大剣とアッシュの双剣がイワンを襲うが、驚くべきことに双剣を大盾で、大剣を右手でイワンは受け止めた。


闘技場は歓声で埋め尽くされ、イワンの次の動きに注目の目が集まる。


涼しい表情で大剣と双剣を受け止めているイワンだが、若干の違和感を感じていた。


違和感を感じた次の瞬間、矢が鼻根めがけて飛んできている事に気づく。


気づいた時の矢と鼻根の距離は約60cm。瞬きをした瞬間、矢は鼻根を貫く距離だ。


「やったわ!」


ミティは喜びに満ちた表情で叫んだ。


キールピースの参謀役ミティが考え出した対イワン用の連携は、ある1つの重要なピースが欠けていた。


模擬戦が始まる数分前


「シロさん少しいいですか?」

「はい」

「遠距離か中距離で確実に攻撃をあてられるスキルか技はお持ちですか?」

「そうですね…ないことはないですが…」


模擬戦が始まる前のミティとの会話を思い出しながら自分の放った矢を見つめるシロ。


シロが使った技は『雷光矢レールガン


光より速い速度で放たれる雷の矢が、気づかれる間もなく目標対象を貫く一発必中の技。


過去に3度、格上相手にこの技を使った事があるが、その何れも避けられた事も防がれた事も無く、シロは矢がイワンを撃ち抜く事を確信していた。


だが、矢はイワンの鼻根を貫く事はなく、信じられない事にイワンは歯で矢を受け止めた。


「…嘘でしょ」


雷光矢レールガンが初めて防がれた事に驚きを隠せずにいるシロの遥か後方でミティが呟く。


電流を纏っている矢を噛み砕き、ラルクとアッシュを前方に投げ飛ばしたイワンは右手の拳を振り上げた。


地球衝撃アースインパクト


拳が振り下ろされ、凄まじい衝撃がダンク、ラルク、アッシュ、シロを襲う。


「多重障壁っ!」


ミティが防御魔法をギリギリで4人に発動させたが多重障壁は簡単に壊れ、4人は遥か後方にある陣地まで吹き飛ばされた。


「4人共、大丈夫!?メル!ヒールを急いで!」


「は、はいっ!」


HPギリギリで保ったダンク、ラルク、アッシュの3人は地面で苦しそうに藻掻いていた。

シロは距離が離れていた事が幸いし自力で立ち上がる事ができたが、4人の中で一番HPがギリギリの状態だった。


「シロさん大丈夫ですか?」


ミティがシロに駆け寄る。


「なんとか大丈夫です。距離が離れていたおかげで僕には状態異常は起こっていないようです」


メルのヒールでHPを回復させた3人だったが、イワンの攻撃で状態異常を起こし、上手く動けずにいた。


「自分があの状態異常を起こしていたら確実にHPは全損だったと思いますし、ミティさんの多重障壁が無くても全損でした。ありがとうございます」


「本当に間に合ってよかった。でも…これから私達…どうすればいいの…」


絶望の表情を浮かべるミティ。しかし、ダンクが苦しそうに立ち上がる。


「まだ終わってないぞミティ。まだ俺達は負けてないぞミティ」


立ってるのが精一杯なダンクが声を絞り出す。


「そんな状態でどう戦うって言うのよダンク」


「そうだぞダンク…もうリタイアしよう」


ミティの言葉に続いて苦しそうに空を見上げているアッシュがそう呟いた。


「もういいだろ十分だろ。日本サーバーランキング3位を相手にここまで戦えたんだからもういいだろ。…俺達なんかじゃ勝てるわけないんだよ…」


今にも泣き出しそうな震える声でそう言ったアッシュにダンクは何か言い返そうとしたが、言葉を飲み込み下を向く。


「て、敵が来ます!こ、今度は全員で向かってきてます!」


重い空気が漂う中、メルの言葉でさらに空気は重くなり、絶望感が押し寄せる。


キールピースのメンバーは完全に戦意を喪失していた。1人を相手に手も足も出なかったのに、5人を相手に勝てる訳がないと皆が思っていた。


悔しそうに唇を噛みしめダンクが口を開く。


「悔しいが…この試合はリタイアするしか」

「勝ちたいですか?」


ダンクの言葉に被せてシロがいつもより口調を強めてキールピースのメンバー全員に問う。


「今、何て言った?」とラルクが返答する。


「勝ちたいですか?と言いました」

「お前、何言ってんだよ。この状況でどうやったら今から勝てるっていうんだよ!」


口調を強めてアッシュが返答する。


アッシュとラルクが立ち上がり、5人と弓使いが向かい合う。


シロは押さえていた左腕から右手を離し、5人それぞれと目を一度合わせてから5人全員に向かってもう一度シロは問うた。


「…勝ちたいですか?」


堂々とした力強い問は、出会ってから今に至るまでの弱々しい姿とは程遠い姿であった。


「…わたしは、勝ちたいです!」


一番最初に返答したのは意外にもメルだった。


「…俺も勝ちたいよ」

「…俺もだ」


ラルクとアッシュがメルに続く。


「私も…私も勝ちたい!このまま諦めてリタイアするなんて嫌っ!」


ミティが叫ぶ。


「…そうだな。やっぱ勝ちたいよな」


いつも明るく大声で話すダンクが声を絞り出す。


「俺もだシロ。俺も勝ちたい!負けたくない!」


さっきまで消えかけていた5人の炎が、もう一度燃え始める。


ダンク、ミティ、ラルク、アッシュ、メルの5人は何の為に今、ここにいるのか思い出した。


負ける為じゃなく勝つ為にここにいるんだと。


戦う為にここにいるんだと。


キールピースを結成した当初からいる5人は、結成当初の誓いを思い出した。


『例え相手が明らかに自分達より強くても、例え最後の1人になっても、逃げずに戦おう』


『それが(俺達)(私達)の戦い方』


5人の『勝ちたい』という熱意は伝わり、シロは覚悟を決めた。


「分かりました。このゲーム勝ちましょう」


そう言うとシロはアイコンを開きスクロールして画面をタッチする。


衣装が変わり、双剣を腰に装備した姿に変わったシロは5人にこう言い放った。


「このゲームに勝つ為には、皆さんには犠牲になってもらう必要があります」


一方その頃、エンブレムは魔法の射程圏内に入り、魔法使いのサクラが杖を構えた。

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