第3話 BARアリエス
ああ、そうよ。もうすぐ死ぬ。それならこのマッチをもっと擦って。
そう決意したワタシは2本、3本とマッチを擦って行った。灯っては消えるマッチの中に先ほど見たテーブルとご馳走が現れる。「おいしそう」手を伸ばして食べようとするとご馳走は消えていく。
火の元を作り出せばいいのだわ。
ワタシは滑稽な事を考えた。
それはとても滑稽な事と知りながら、そうせずにはいられなかった。
マッチを擦って見た。大きなクリスマスツリーが現れる。ワタシのイメージ通り。そこにたくさんのロウソクが灯っていく。
これなら消えない。
そう思って手を伸ばした。火は消えていた。
大きなクリスマスツリーも消えた。ああ、もうどうにでもして。ワタシは絶望しながら死んで行くしかないのかしら。何もかも…。そうほんとに何もかもどうでもよくなって。ワタシは上を見上げた。
暗い夜空に一つ星が流れ落ちました。
「ああ、誰かが死んだのだわ」
突然、おばあちゃんの顔を思い出しました。
そう、おばあちゃんが教えてくれた事だったわ。おばあちゃん…ワタシも星になれるかな。
ワタシはマッチを擦った。
アリエスの手はすでに動いていなかった。身体も凍えていたのか両手で抱きしめている。
ワタシはマッチを擦った。
でもよく見ると手は身体を抱きしめたまま動いていなかった。ああ、もう頭と身体がバラバラなんだわ。ねえ、動いて。
ワタシの手。腕。動いて。
あと一本でいいから。
マッチは擦れなかった。アリエスはただ手を伸ばしただけだった。篭からマッチはこぼれていく。
ああ、ワタシはここで死ぬ。
アリエスを包んだのは白い輝きでした。
消える事の無い大いなる力の象徴。
アリエスは四枚の翼を持つおばあちゃんを見ました。白い輝きはさらに輝きを強めて光り輝きました。四人の大天使がアリエスに付き添って天高く昇っていくのでした。
次の日の朝になって人が集まりました。
「かわいそうに」と、多くの人はつぶやいていきます。
その中にThousandのマスターがいました。
「…」マスターは口を押えてから目をふせました。
マスターはそれでもアリエスの死に顔を見ようと決めてアリエスの死体に近づきました。
アリエスは穏やかに笑っていたのです。
「おおぅ。おおおおお」と、マスターは叫びました。彼女の死体を抱きしめて、目からあふれる熱いものを止めようともせずに声をあげて泣きました。アリエスの父も同じ頃、苦しみの表情を浮かべたまま部屋で死んでいました。
警察がマスターに聞きます。
「お子さんですか?」と。
「そうです。娘です」と、マスターは答えました。
それだけ言うとマスターはアリエスをお姫様抱っこして連れて帰りました。
ちゃんと葬式を挙げて墓石まで作りました。
墓石にはアリエスとだけ刻みました。
マスターが花束を置いた時。
「ありがとう、マスター。ワタシがあなたを守ります」という声が聞こえました。
マスターは周囲を見渡しました。もちろん、アリエスはどこにもいるはずがありません。
それでもマスターには見えました。
墓石の上にいつものように微笑んでいるアリエスを。
アリエスは笑顔だけ見せると消えてしまいました。でもマスターは涙して自分の胸に手を当てました。「アリエスはここにいる」
マスターは不思議とそう思いました。
アリエスから想いという名の星のかけらを受け取ったような気がしたのです。
Barは繁盛しました。Barの名前をアリエスにしたからでしょうか。それはわかりません。
ただそのBarに行って酔いが回った頃に、笑顔の素敵な少女を見るという噂があとをたちませんでした。その少女は篭の中にマッチを持っているそうです。酔っ払いに少女は「あなたにも星の導きがあらんことを」
そう、呟いてもらった酔っ払いは運が開き、いい事が続いたそうです。
Barアリエスには今日もそんな淡い期待を胸に若い女性から老年の男性まで幅広いお客で賑わっているのでした。
完
マッチ売りの少女 アリエス・グラナンド グイ・ネクスト @gui-next
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