第2話 ワタシの選択肢

 感謝を述べたあと、マスターから篭を受け取る。受け取った篭の中には何十個とマッチ箱が入っていた。ワタシはマスターの目を見てから「ありがとう、マスター」と、それだけを言った。「ん?どうした?」マスターは首をかしげる。二度目の感謝の言葉に。ワタシは下を向いてしまい、本当は何かもっと伝えないといけないような気もした。例えばもうワタシの命は終わりかけているとか。ワタシを含めてワタシの家族は終わりかけているとか。


 それはワタシの喉元まで出かかり、ワタシはそれを飲み込んだ。マスターは冷えたワタシの頭をグシャグシャと触りながら「また来いよ」とだけ言って茶色の扉の中へ入って行った。扉の閉まる音だけが響く。


 いよいよ死が迫っている。そんな気になって来た。父の待つマンションに帰る選択肢はワタシの中で消えていた。お酒が無い。また父と喧嘩になる。ワタシは殴られる。


 そんな選択肢は嫌だ。


 ワタシはワタシの人生を生きる。


 そうは言っても…すでに雪は降っていた。


 服にも雪は積もっている。ワタシの人生。


ワタシにできる精一杯って何だろう?このマッチを売る事だろうか。Barに行けば貰えるマッチを売る?マッチが売れればお酒も買えるかな。ううん。おいしいご馳走食べれるかな。


そんな淡い期待からワタシは街道に歩く人を見かけては「マッチはいりませんか?」と、声をかけてみた。ほとんどの人は見向きもしない。ワタシの存在にさえ気づいてくれない。それよりも目の前にある自分たちの人生を生きている。うん。そうだよね。




 ワタシは半ば諦めかけながらも目が合った紳士服を着た男性に声をかけた。


「マッチはいりませんか?」


男性は手を振って「ありがとう。間に合っているよ」と、去って行った。


プレゼントを買ってもらって帰る自分と同い年の子どもたちを見てしまう。どうしても見てしまう。うらやましい。そんな感情が湧き上がる。ああ、嫌だ。そんなワタシも嫌。


ワタシは走った。その場を離れたくて。


 家の窓から明かりがあふれている。ほんの少し窓が空いているせいか、中のご馳走の匂いが漂って来て…ワタシのお腹はぐぅーっと音を立てた。また嫌悪感。でもそこで不思議と笑いがこみあげてきた。


 何を嫌がっているの。


 自然な事じゃない。お腹だってすくわよ。


「うふふ、あはは、あははははは」と、笑っていると「誰だ!?」と窓の奥から声がする。


ワタシは慌てて逃げた。


逃げて、逃げて…気づくと街道に戻って来ていた。街道の隅っこで風のこない場所にワタシは腰を下ろした。マッチを擦ってみよう。


何故かそう思った。いや、寒すぎるのだからそれも当たり前な考えかもしれない。少しでも温まりたい。


マッチを擦ってみた。シュッと火花が出て、マッチに火はともる。炎は赤々と燃えている。ワタシはその上に手をかざした。


温かく燃える火は大きな鉄のストーブのようだ。そう、あれは母に駅へ連れて行ってもらった時に母と一緒にあたったストーブ。なら足もぬくめよう。そうワタシは裸足の足を伸ばした。しかし、炎は消えていた。


温まる事に夢中になって消えている事に気づかないなんて…いよいよ死が訪れるのかな。

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