Eey

日向幸夢

Eey

 


 __引っ張られて、生きていた。臆病おくびょう者だから自分自身で行為というのが出来なくていつも自分より高い者の様子を見て動いて生活していた。実際、其方そちらの方が都合が良かった。「この人、あつかいやすいんですよ。」とか言われても事実だから多言しなかった。それぐらい、プライドと言われるモノに縁を持たなかった。言ってみれば、鎖や首輪で繋がれた犬。渾名あだなは「忠犬」だった。しかし、それはあながち間違いでもなくて生きやすかったからその名でも良かった。先輩からは下僕とされ足蹴とされ、後輩からは冷やかしの目と笑い声をもよおされ。それすらも何も感じず、自分でも感情が無いのかと思う位どうでも良かった。小学生の頃から相も変わらずそんな調子だったから、皆からは変わり者だと言われた。


 ただ、そんな自分にもただ人生の中で一つだけ感情を欲するときがあった。如何いかにも単純な内容だったが、それは初めてある人に好意を持ったときだった。その人は美術部に通い詰めていて、部で来る日も来る日も絵を描いていた。描く度に画風を個性豊かに具現していて、凄く美しく、優しく何処か儚く見えた。

 昔から色彩が黒白のモノクロテレビのようにしか写らなかった自身の瞳にもその情景は綺麗にとらえることが出来たのは生まれて始めてのことで、一番楽しかった。「良くこんな風景を思いつくなぁ」と、閃きやアイデアが乏しい自分と比べて取っても素敵だと感じているといつの間にかその人のことも輝いて見えるようになった。ハイキングで皆と異なる道に行ってしまい迷子になったときはわざわざ先生の代わりに此方こちらまで来てくれて正しい道を最後まで隣で歩いてくれ、何にもないところで転けて躓いたときでも手を差し伸べてくれた。良く、字や絵などはかいている人のindividuality《個性》に似ると言われているが、実にそうだと断言できるほどその人も優しい人だった。

 __もし、その人が恋人だったなら自分自身、変われただろうか。気付けばずっと、その事ばかりを口にしていた。感情の起伏が余りにもない自分は、これが嫉妬ジェラシーか、妬みか、恋か愛か、寂しいものなのか。__どんな心情だったのか全然分からなかったが、その人には既に恋人がいたのだ。その人は恋人に会うと、もっと笑い、もっと泣き、更に笑顔というものを他人に見せていた。それが、絵を描いているときよりも美しく見えたからその時は唇を噛んでいた。どういう趣旨でそうしたのかは無知だったが、涙が零れそうになっていたのには訳も分からず悶えていたのはおぼえている。やはり無邪気に笑う人の方が好ましかったのかも知れないと自分でそりゃそうだろうなと合点していた。それでももし、その人が本当の夢を叶えて画家になれていたら応援、というかずっとその情景に目を見開いていただろう。暇があればどんなに小さい絵画展にも行っていたと思う。どうしてそう考えたのかは、そこしか己の誇れる居場所は見つからなかったからだと自覚している。

 __でも、その人はもういない。同窓会に大してクラスメートに何も関わりは無かったものの、気付いたらその人のためにみだらな生活をしていた自分自身としばし別離をし、行っていた。そして、席が近くの人に話を聞くと、名残惜しそうに交通事故が遭ったらしく、永眠者となったとポツリと言った。それには又、初めてその人の絵を見て涙を零した時のようにそうしてただただ茫然とその場で立ち尽くしていた。例え、元から近くにいない人だったが、絵画を。綺麗な個性を観ることもできない。どうやら自分にもそのような未練がましさがあったらしい。

 今でも同様だった。幼いときのように自分は未だに立ち直ることができず、その人のことを忘却出来ない。__せめて笑えたら、悲しくなれたら、どうして行ってしまったんだと嘆くことができたらどうだったらだろう。でも、この頃になって漸く感じることができた。


 「君は向日葵のようだったよ。」


 詩人では無いけれども、そんな事を思った。この言葉に感情は多分、その人の色々な個性が入っているハズだ。そして、夏になったら流石にあの人は理解してくれるだろうか、と僅か自分の口が弧を描くのがわかる。

 __引っ張られて生きていた自分。昔も今も所詮変わっていない。それも悪くはない。臆病者チキンだから、それ以前にそれで居られる別の理由が見つかった。

 

 



 




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Eey 日向幸夢 @Hinatarinn

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