2ー2 緊急家族会議

「殿下との婚約に、どんな意味があるか分からないお前ではないだろう? ジェンツィアナ」

 いつものワンピースに着替え、座らされたあたしに、穏やかな声でそう訊ねてきたのは、声と同じくいかにも穏やかそうな顔をしたカルドゥナ・プリマヴェニス左大臣――つまり、お父様だった。


 セレ兄様と同じく朝帰りだというのに、疲れた様子もなく、そして感情的になるでもなく、淡々と訊ねられて、あたしも「はぁ」と唸るよりない。


「えっと……つまり、あたしとオルテンシァ皇子が結婚しないと、うちの権力がなくなっちゃうかも、ってことですよね」

 ジェンツィアナの知識を使って答えると、お父様は「その通りだ」と静かに頷いた。

「我が家は代々、皇帝陛下と外戚関係を結ぶことによって、地位と発言力を得てきた」

「プリマヴェニス家の女子として生まれた以上、殿下と結婚し、子を成すことは義務だ」

 早口で付け加えてきたのはセレ兄様だ。寝不足もあるのだろうけれど、やたらとイライラした口調でそんなことを言われると、こっちだってイライラがうつってきてしまう。

「結婚したからって、子どもができるとは限らないじゃない」

「できるよう努力するのまで含めて、義務だという話だ」

「セレ兄様がそういう古くさい考えなのは分かってますけど、そもそも努力でどうなるもんじゃないでしょ、そういうのって」

 あたしの言葉に、セレ兄様がますますムッとなる。

「古くさいとはなんだ、事実を述べているだけだろう」

 セレ兄様には現代の知識がないから、不妊症とかの話したって分かんないんだろうけど――にしたって、ふだん大事大事にしてる妹に向かって、そんなこと言う?


 大切にされる一方で、こうして根本では道具扱いなんだもん……そりゃ、ジェンツィアナが歪んだ正確になるのも無理ないわ。


「お父様もセレ兄様も、なにか勘違いなさってるようですけど。そもそも、婚約破棄を言い出したのは、皇子ですよ?」


 そう。そもそも、今回ジェンツィアナがあんなところに出かけていたのは、オルテンシァ皇子から大切な話があると呼び出されたからだ。

 そして――告げられたのは、一方的な婚約破棄宣言。


『そもそもが、権力闘争の一環として結ばれた婚約関係だ。それともキミは、愛してもいない男にかしずき、床を共にすることに悦びを感じるのかい?』


 ジェンツィアナが皇子に平手をぶちかまし、あたしの記憶がよみがえったのは、ちょうどそのときだった。


 思い出すだけで、ふつふつと怒りが込み上げてくる。元々、ジェンツィアナに劣らず性格は悪かったけどね、あんのクソ皇子っ! 今度会ったらぶん投げてやりたいっ!


 思い返すあたしの表情から、皇子からの婚約破棄という言葉には納得してくれたんだろう――その上で、セレ兄様は首を傾げた。

「何故、殿下は急に婚約破棄など……ジェンツィアナの無礼が問題であるなら、そんなのは今更のことだし……」

 ……まぁ。高飛車で傲慢なジェンツィアナは、確かにあのクソ皇子に対しても態度を変えなかったけどね。身分でその辺を改めないってゆーのは、ある意味彼女のすごいとこだ。婚約者(元だけど)から悪魔と呼ばれるだけはある。


「……オルテンシァ殿下は賢明なお方だ。意味もなく、そんなことはなさるまい」

 静かに呟いたのは、お父様だった。

「では――なにか、深い理由がおありだと、父上はお思いですか」

「……そうだな」

 一つ、深い息を吐くと。お父様はゆっくりと椅子から立ち上がった。

「父上?」

「寝不足な上に栄養まで不足させては、頭も良い考えは生み出さんよ。少し遅くなったが、朝食をとらせてもらおう」

「は――はい」

 セレ兄様は一瞬、不服そうな声を上げかけながらも、そのままお父様に従った。セレ兄様にとって、お父様は将来自分が成るべき姿だから。セレ兄様がお父様に楯突いているところなんて、見たことない。


「それでは、あたしは失礼しますね」

「食べないのか?」

 訊ねるセレ兄様に、「はい」と頷く。

「ちょっと、出かけるところがあるので」

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