かわいい、うちのペット

増田朋美

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今日は梅雨の季節らしく、寒い日だった。こういうのを世間一般では梅雨寒というのだろう。梅雨の季節はやっぱり寒い。一寸、季節が逆戻りするというかそういうところがあって、複雑だなと思われるのが日本の季節というものである。

その日、杉ちゃんが横山エラさんが診察を行っている動物病院を訪れていた。

「どうしたの?又正輔君たち、調子が悪いの?」

エラさんがそう聞くと、

「一寸元気がないので、見せに来た。」

と、杉ちゃんが言った。エラさんはどれどれと言って、正輔君と輝彦君をかわるがわる触診したり聴診器で体の音を聞いたりして、

「はい。大丈夫ですよ。血圧正常、何も異常はないし、二匹とも健康そのものよ。ただ、少し体重が多いわね。まあ、危険というわけではないけれど、食べ物を食べさせる時は気を付けてね。」

と、にこやかに言った。

「ああ、すまんすまん。まあ二匹とも足が悪いからさ。一寸心配になるわけよ。普通のフェレットとは、一寸違うからさ。」

と、杉ちゃんは言った。

「まあ、杉ちゃん、そんなこというから、いつまでも障害のある動物や人間に偏見がなくならないんじゃないかしら。普通の子と違うとか、普通の子の様にはできないとか、そういう気持ちで見ちゃうのが、日本人の一番悪いところだと思うわ。」

エラさんは、思ったことをなんでも口にする。単なる性格の問題というわけではなく、西洋人ならではの国民性と言えるだろう。

「なるほどね。まあ、僕もそういうところは、まだ慣れてないからな。どうしても、こいつは歩けないと思ってしまうのでな。其れよりも、普通の動物だと思って、接してやらなきゃな。障害があるだとか、そんな言い方はしないで、単に歩けないと思って、接してやらなきゃだめだね。」

杉ちゃんが急いでそういうと、

「そうそう。あたしから言わせてもらえば、そもそも普通なんて何処にも存在しないわよ。そんなもの、みんな主観で見ているんだし、その人その人の基準で普通と口にしているんだったら、そんな事実何て何処も存在しないわよ。たとえば、中国みたいにね、国家がこうでなければならないと定めているんだったら、また別かもしれないけど、すくなくとも、日本では、そういう基準があるわけではないんだから、そんな普通なんかに縛られる必要はさらさらないのに。なぜか、日本人は、そういう目に見えないなにかに縛られすぎている気がするわ。」

エラさんはサラサラとそういうことを言った。

「何か、見えない物に縛られないで、もっと自由に生きていれば、いいのになと思うけどね。」

「はい。確かに。もっと自由にか。それは難しいなあ、、、。」

杉ちゃんが腕組みをしてそういうと、

「考えてないで、実行する方が大事よ。」

と、エラさんが言った。同時に、動物病院のドアがガチャンと開く。

「こんにちは。今日、予約をした、昭島と申しますが。」

と、ひとりの女性が、一匹の猫を連れてやってきた。

「はい、承っておりますが。」

と、エラさんが言うと、

「この猫なんですが、昨日から餌をたべないので、心配になって来ました。」

と、彼女は言った。彼女のその顔は、何処かで見た覚えがある。テレビを頻繁に見ている人であれば、すぐ誰かと分かりそうな気がする。

「昭島利律子さんですね。猫ちゃんは、」

「はい、昭島プレアです。」

エラさんが言うと、彼女は答えた。

「分かりました。じゃあ、とりあえず聴診してみましょうか。」

と、エラさんは、プレアちゃんを診察台に立たせて、手早く聴診した。プレアちゃんと呼ばれた猫は、茶色の縦じま模様の猫で、いわゆる日本猫の茶トラと呼ばれている種類だと思われた。

「そうねえ。異常は見当たらないわねえ。最近多いんですよ、犬や猫も、だんだん飼い主さんが繊細になってきているせいか、ペットも過敏になっているというのかな。」

とエラさんは、説明した。

「そうですか、ここのところ、仕事が忙しくて、猫にはかまってあげられなかったからな。」

と、利律子さんは言った。

「あら、何の仕事をしているんですか?」

エラさんが聞くと、

「フリーの作家です。最近は、原稿を書くだけではなく、テレビに出演したり、舞台あいさつに出されたりして、忙しいんですよ。」

と、利律子さんは答えた。

「はあ、なるほどね。そりゃ確かに忙しいわな。其れじゃあ、猫ちゃんと遊んでやれる事も少ないだろう。」

杉ちゃんがいうと、彼女はそうですねと申し訳なさそうに言った。

「誰か、遊び相手がいればいいんだけど、あたしは毎日原稿原稿で、猫の事は、放置しっぱなし。それでは、飼い主として、失格かな。ねえ先生、何処か、猫を売っているところを知りません?プレアも一匹だけじゃ寂しいと思うし。同じ大きさの遊び相手がいれば、ちょっと変わってくると思うのよ。」

「そうね。猫は一匹より二匹がいいっていう事は、私も聞いたことがあります。確かに、猫は一匹よりも二匹以上のほうが、生き生きしてくるというのは、経験でしっていますし。じゃあ、私がいつもお世話になっている、ペットショップで聞いてみましょうか?」

エラさんは、彼女に言った。

「ええ、御願いします。きっと、プレアちゃんも、もう少し、元気になってくれると思うの。もちろん、元気のある健康な猫よ。いろんな大きさがあると思うけど、プレアちゃんと同じくらいの大きさがいいわ。色は、なんでも良いから。」

「ほんなら、一緒に行ってみたらどう?子猫を買うにしても、大人の猫がどういう感じになるのか、見せてもらった方が良いと思うし。」

杉ちゃんに言われて、利律子さんは、其れならそうするわとにこやかに言った。

「じゃあ、今度の日曜にでも行ってきますか?」

エラさんが言うと、話しはとんとんと決まった。日曜に、猫を売っているペットショップに行ってみることにする。二人はお互いの連絡先を交換して、その日は別れた。

そして、日曜日。

エラさんが運転する車に乗って、エラさんと利律子さんは、ペットショップに向った。ペットショップは、最近のペットブームということもあって、結構な人が居た。いくつか檻があって、いろんな種類の猫が売られていた。日本猫ばかりではなく、ビルマ猫と呼ばれる変わった種類もいたし、流行りのアメリカンショートヘアなどの猫もいる。

「この子がいいわ。」

利律子さんは一匹の猫を指さした。全身灰色の猫で、目は黄色く、短毛の猫である。

「ああ、ロシアンブルーですか?」

エラさんが聞くと、

「ええ。種類はわからないけれど、この灰色の子が、すごく良いと思ったの。うちのプレアと仲良く遊べるかしら。」

と、利律子さんは言った。

「ええ、ロシアンブルーは比較的おとなしい猫ですから、喧嘩することもなく、なじむと思いますよ。」

エラさんはにこやかに笑って言うが、しかし、ロシアンブルーの檻にはお題済みと書かれた紙が貼られていた。それでは、もう家族が決まっているということだ。エラさんも、利律子さんもがっかりした顔をしていると、

「あの、昭島さんですよね。あの、先日著作が映画化されて、試写会に出てましたよね。あたし、映画をみたからわかるんですが。タイトルは確か、ナポレオンの生涯でしたっけ。」

と、言いながら、女性店員がやってきた。多分、堂々としているから、店長さんだろう。

「ロシアンブルーは人気がありましてね。おとなしいから、飼いやすいということで、皆さん欲しがるんです。こちらの猫ちゃんは、家族が決まっていますが、もう一匹取り寄せる予定の猫がいますので、その子を予約して置きましょうか?」

「そうですか。わかりました。じゃあ、その子を、家族として迎え入れようかな。」

利律子さんはにこやかに笑った。

「じゃあ、一匹予約を入れておきますから、その子がこちらに入荷しましたら、連絡をして差し上げます。電話番号かなにか教えていただけますでしょうか。」

店員がそういうと、利律子さんは名刺を彼女に渡した。

「その名刺の裏に電話番号がありますので、そこへ電話してください。」

「あの、昭島さん、携帯持ってないんですか?」

店員は驚いて聞いた。

「ええ。つい最近まで持っていたんですけど、もう編集者の方とか、そういう電話でうるさすぎて。固定電話だけにしておいた方が、電話もあまりならないで済むかなと思って、持ってないんです。」

利律子さんはにこやかに笑って答えた。

「そうですか、、、今時珍しいですね。まあ、連絡ができれば大丈夫です。ロシアンブルーの猫ちゃんが入ってきましたら、連絡いたします。」

「じゃあ、猫ちゃんを家族として迎え入れたら、私のところに診察に来てね。新しい猫ちゃんは、一応健康チェックはしておきますね。」

とエラさんは、店員に言った。

「よろしくお願いします。」

利律子さんは店員に頭を下げる。はい、分かりましたと店員はにこやかに笑って、二人の顔を見ていた。

其れから、数日がたって。

「それで、その高名な作家先生は、無事に猫を二匹飼うことができたのか?」

と、杉ちゃんがエラさんに聞いた。エラさんの机の上では、正輔君と輝彦君という、二匹の足の悪いフェレットが、おいしそうにリンゴを食べている。二匹とも食欲旺盛だ。

「ええ。あのあと、すぐにロシアンブルーが入荷したって連絡が入りました。あたしは丁度、別の人の、性格には、セントバーナード犬だったけど、彼の診察で忙しかったから、行けなかったけど。」

エラさんは医療器具を消毒しながら、そういった。

「そうなのね。それでは、今頃は、二匹で楽しく過ごしているかな。」

と、杉ちゃんが言うと、

「ええ。昨日メールが来たわ。なんでも、ロシアンブルーに、もみぞうという名前をつけて、二匹ともかわいがっている見たい。」

エラさんはつづけていった。

「そうか。めでたしめでたしか。」

と、杉ちゃんは、口笛を吹いた。

「まあ、よかったわ。確かに、ああいう高名な作家の先生だと、忙しくて、猫の事なんてかまってやれないでしょうし、同じ大きさの遊び相手がいてくれた方がいいわ。」

エラさんもそういうことを言いながら、消毒作業をつづけていると、

「先生!助けてください!もみぞうが、うごかないんです!」

と、血相を変えて、昭島利律子さんが入ってきた。確かにロシアンブルーの子猫を抱っこしていた。

「どうしたんですか?」

とエラさんが言うと、

「もみぞうが、どうしても立たないんです。もう生後二か月たったから歩けるはずなのに!」

利律子さんは、急いでそういうことを言った。

「落ち着いてください。とりあえずもみぞう君を、診察台に置いて。」

エラさんが指示を出すと、利律子さんはその通りにした。診察台の上で子猫は、一生懸命たとうとしているのだが、後ろ足がどうしても上がらない。其れから、エラさんが、レントゲンを撮ったり、聴診したり、うごかない後ろ足を触ってみたり、いろんなことをやった。其れだけでかなりの時間がたってしまったような気がした。

「そうね。この子もしかしたら、近親交配とか、そういう感じだったのではないかしら。」

エラさんはそう結論をだした。

「つまり、血が濃すぎるということか。」

杉ちゃんが口をはさむ。

「ええ、まさしくその通りよ。そうなると、虚弱だったり、遺伝子的に奇形をもったりすることが多いの。人間の王族とかでもよくあると思うけど。おそらくね、ロシアンブルーが、人気すぎて、交配がしっかり行われたりしていなかったんじゃないかな。」

エラさんがそういっていると、いつの間にか正輔たちも、リンゴを食べることを辞めていた。人間の言葉がわからないとされる動物であるが、意外に何かわかってしまうのかもしれなかった。

「それなら、もうもみぞうは歩けないのかしら。」

利律子さんはそういうと、

「ええ、そういうことになると思う。こちらでも何とかしてみるけど、でも、歩けない可能性のほうが大きいわ。もしかして、プレアちゃん仲良くということは、難しいかもしれないわね。」

エラさんは冷静に言った。そういう時はなるべく冷静にいうのが大切だった。感情的になってはいけない。医者というのは、そういう時は、人間も動物も同じようなものである。

「まあ、猫の車いす作ってやるとかして、猫も大事にしてやれよ。いじめたり捨てたりしちゃだめだぞ。そういうやつが来てしまったことは、仕方ないと思いな。きっと、健康な猫よりも、感動的だと思うぞ。パラリンピックの選手だってそうだろう。其れと一緒だよ。」

杉ちゃんがそういうが、利律子さんにとってはなかなか受け入れられにくい事実だと思われた。確かにそうかもしれない。人間でも動物でも、障害のある物を受け入れるということは、難しい事でもある。

「ま、あきらめるということも大切だ。それをちゃんとしないとダメになることもあらあ。でも、其れだって、人生ってもんだぜ。まあ、計画は一気に崩れちまったかもしれなけれどよ。楽しいこともきっとあるよ。それを信じてさ、やっていってくれよ。」

杉ちゃんがそういうと、利律子さんは、黙った。それがしばらく続いた。きっと、どうしてこうなってしまったのかとか、これからどうしたらいいのかとか、そういうことを考えているのだろう。

「どんな事になっても、犬や猫を捨てるのは、絶対だめですよ。それは、だれでも同じですからね。健康な動物を飼えてうらやましいとか、そういう事もあるかもしれないけど、それでも捨ててはだめです。」

エラさんがそっと彼女に言うと、

「わかりました!」

と、彼女、昭島利律子さんは言った。

「プレアももみぞうも、責任もってあたしが育てるわ。だってこの子たち、あたしが選んだんだし、あたしが、欲しいと言って、飼うことにした猫だから、そうすることにします。」

「本当にそう思っているような表情じゃないな。お前さん本当にそのつもりなのか?」

と、杉ちゃんが、彼女に聞くと、

「いいえ、昔読んだ本に書いてあったの。なんでも願いをかなえてくれる砂の妖精がいたんだけど、彼がかなえてくれる願いは、いつも変な感じでかなえられる。願いはかなっても、全然方向性が違ったり、本当に欲しいものは手に入らなかったり。でも、砂の妖精は人生とはそういうものだと締めくくってた。だから私もそう思うことにする。プレアももみぞうも、あたしがしっかり世話するわ。」

と、涙をこぼしながら、利律子さんは言った。昔読んだ本から、引用できるというのは、杉ちゃんもエラさんも驚いたが、そういう風に納得することができるのは、流石文学者と言うべきだろう。

「きっと、この二匹に助けられることだって、きっとそのうちあると思うから、それで、やっていく異にするわ。」

利律子さんは、涙を拭いた。

「そうですか、それはよかった。じゃあ、もみぞう君を、自宅に連れて帰ってあげてください。」

エラさんが彼女に言うと、はい、と利律子さんは言って、もみぞう君を抱き上げ、ありがとうございましたと言って、動物病院を後にした。

一方、もみぞう君、つまり、欠陥のあるロシアンブルーを売りつけた、あのペットショップでは。

「本当にすごいことをしましたね。店長は。」

と、別の従業員が、女性店長に言っている。

「でも、本当にあれ、昭島利律子さんだったんですかね。もし、そっくりさんとかだったら、どうするのかと、一寸こわかったですよ。」

「いいえ、あれはまさしく彼女だった。試写会に出ていたのと、全く同じだったから、よくわかるわ。」

店長はそういっていた。

「でも、ああいう猫を売りつけて、昭島がうちを名誉棄損で訴えでもしたらどうするんです?」

従業員が売り上げを数えながらそういうと、

「いいえ、あの女性に、この店の事を、書かれでもしたらたまったもんじゃないわ。其れなら、ああいう猫を売りつけて、あの女性を黙らせた方がいい。この店だって、精いっぱい何だから。ほかのお客に猫や犬を売るのだって、注文が追いつかないありさまなのに。」

と、店長はいうのだった。

「確かに、そうですけど、、、。」

と従業員は小さい声で言った。確かに、このペットショップは、不正行為ばかりだ。最近のペットブームで、ペットを欲しがる人が多いが、犬や猫を欲しがる人が多すぎて、供給できない状態なのだ。犬や猫を、必ずお客さんのもとへ届けるには、とても追いつけないスピードで、お客さんたちは、欲しがるのである。

「だから、あなたも黙ってて!もし、そういうところを、昭島利律子に感づかれたら、私たちは破滅よ。ああいう、高名な作家は、とにかく世のなかの悪いところを抉り出すに書くのが仕事なんだから。そうさせないように、私たちはああいうことをしたのよ!」

「でも店長。彼女をこの店に来させない為には、ああいう不健康な猫を売りつけるというのは一寸、突飛すぎるというか、意味がないのではありませんか?其れなら、健康な猫を売った方がよかったのでは?」

と、従業員が言うと、

「いいえ。そんなことをしたら、すくなくとも、あたしたちは、10年以上、あの女性とつきあい続けることになるじゃないの!其れなら、短命な猫を売った方がいいでしょう。」

店長は急いでそういった。

「はあ、そうですかね。」

従業員はよくわからないと思ったまま、首を傾げて売り上げを確認する作業に戻っていったが、店長は、これでよかったんだという顔をして、店の掃除を始めた。店の中にはいろんな動物たちがいたのであるが、彼女の言う通り、完璧な動物は少なかった。動物たちの中には奇形があるものが多かった。確かに、そんな動物が売られていたら、法律的な問題になるのかもしれなかったが、壁に貼ってある、犬や猫の注文票の数を眺めたら、確かにすごい数だと思われた。

そんなのを、高名な作家に指摘されたらうちは凧割れだ。店長はそれを言いたかったのだ。

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