第3話:目が覚めたら観葉植物になっていた

 目が覚めたら観葉植物になっていた。


 …………えっ、無理じゃん。


 えっ!? えっ!? 観葉……えっ!? えっ!? えっ!? 植……えっ!? えっ!? えっ!? えっ!? えっ!? どいうこと!? えっ!? ちょっと待って! えっ!? 嘘だろ!? えっ!? そんな訳……えっ!? ホントに!? えっ!? こんな事って……えっ!? いやいやいやいや!? えっ!? 何、何なの!? えっ!? ふざけんなよ!? 

 こんなメタ的な事言いたかないけど、翼に女体化ときて観葉植物って、三作目にしてもうネタ切れしたのか!? 一体、観葉植物に何ができるってんだ! 光合成が限界だぞ!!


 クソ、誰か助けてくれ! このままじゃ枯れて死ぬ。


 そんな俺の切実な願いが届いたのか、ドアがノックされ、お袋の声が聞こえてきた。


「平次、いる?」


 いるぞお袋! 頼む気付いてくれ!! あんたの息子は観葉植物になっちまったんだ!!


 だが、俺の思いも虚しく、


「……今日も返事してくれないのね。たまには、お母さんに声を聞かせて。……ご飯、ここに置いておくから」


 そう告げると、お袋の足音は遠ざかって行ってしまった。


 ……そうだ。何を期待していたんだ俺は。お袋が俺の異変に気付いてくれる訳ないだろう。なにせ、もう十年は口を聞くどころか、まともに顔を合わせてすらいないんだから。


 俺は十五歳の時から引き篭もっている。最初は、両親に対する反抗心からだった。

ウチの親は、典型的な仮面夫婦だ。少なくとも、俺が物心ついた時にはそうだった。同じ家に居るくせに殆ど会話はしないし、たまにしても、最終的には喧嘩になる。原因はいつも俺。薄らと残っている記憶を辿れば、全ての発端は育児についてだったと思う。俺をどう育てるかでいつも唾を飛ばしあっていたのを覚えている。

 それがどんどんエスカレートしていき、親父は俺のできが悪いのを、いつもお袋のせいにした。そのお袋はお袋で、仕事ばかりでろくに家庭を省みない親父にストレスが溜まっていたらしく、口を尖らせて反論して、それを傍で聞いていた俺の心はいつもぐちゃぐちゃだった。

 もういっその事別れてしまえとずっと思っていたが、そこは互いに世間体を気にしているらしく、話題にすら挙がらない。


 俺は学校でも人間関係が上手くいってなくて、どこにも居場所がない事に嫌気がさし、自室に引き篭もった。

 本当はすぐに出るつもりだった。息子がここまでの態度を示したら、流石に反省してくれるだろうと。

 

 でも、そうはならなかった。俺が引き篭もった責任をお互いになすりつけあって、むしろ夫婦仲は悪化した。ひどい時は、二人の口論する声が俺の部屋まで響き渡っていた。

 

 こうなると、俺も出るに出られなくなった。そして、その状態が続いて今に至っている。ふと、このままでいいのかと思う時もあるが、今更外に出たところで俺にできる事など何もないし、諦めている。

 いや、今に関しては物理的に動く事すらできないのだが。




 俺が観葉植物になってから五日が過ぎた。もうそろそろ限界だ。

 

 観葉植物になって分かった事は二つ。一つは、光合成は思いの外気持ちいいという事。二つ目は、分かりきっていた事だが、暇で暇で死にそうだという事だ。動く事も喋る事もできないというのはもはや拷問に等しい。


 このままじゃヤバいと思っていたら、変化が起きた。


 お袋が、保健所の職員と思わしき者たちを連れて、俺の部屋に無理やり入ってきたのだ。どうやら、この五日間、俺が全く食事に手を出していない事に違和感と恐怖を覚えたようだ。


 そして、汚れきった部屋に俺の姿がないのを知った。


 保健所の人が連絡をしたのだろう。すぐに警察が来て、捜索が始まった。だが、賢明な捜査にも関わらず、俺は一向に見つかなかった。当然だ。なにせ、俺は観葉植物になっているのだから、見つかる筈もない。

 やがて、捜査も打ち切りになったのをお袋と警察の会話で察した。きっと、数年もしたら、俺は死亡扱いになるのだろう。……まぁ、観葉植物になった時点で、人間としては死んだも同然だが。


 俺の部屋は、お袋たっての希望で、しばらくそのままの状態で放置された。いつか、俺が戻って来るのを信じているみたいだ。


 もう無くなってしまった胸が少しだけ痛くなった。


 


 それから、どれぐらいの月日が流れただろうか。毎日のように部屋の様子を伺いにくるお袋に、親父が一言「忘れよう」と言った。どうやら、親父にとって俺は忘れてしまいたい存在らしい。

 お袋も最初は嫌がっていたが、最終的にはそれを受け入れた。


 そして、俺の部屋の大掃除が始まった。次々と、物が片付けられていく。

このまま、俺も捨てられてゴミ処理場で燃やされてこの人生を終えるのだろう。……もう、別にそれでいいや。どうせ観葉植物だろうが、人だろうが、生きていたって退屈なだけだ。


 そう思っていた。だが、そうはならなかった。


「これは……、捨てたくない」


 お袋が、俺を見てそう言った。どうしてだ、と親父が訊くと、お袋は分からないと答えた。

「でも、これだけは捨てちゃいけない気がするの」

 弱々しい口調で言うお袋の目には、涙が流れていた。




 こうして、九死に一生を得た俺は、現在、家のリビングに飾られている。まさか、観葉植物になって、部屋を出る事になるとは予想だにしていなかった。


 観葉植物として、リビングを華やかにしていた俺だったが、そこで有り得ないものを目の当たりにした。


 なんと、あれだけ仲の悪かったお袋と親父の関係が修復されたのだ。


 今までが嘘みたいに、新婚のように仲睦まじく、お互いを支え合いながら生活している。

 一体何があったのか、最初はさっぱり分からなかったが、生憎、暇だけはあるので、必死で考えに考えて、やがて一つの答えを得た。


 この家に起きた変化、決まっている俺がいなくなった事だ。長年の悩みだった俺が消え、加えてその対処に力を合わせているうちに、冷めきっていたはずの想いが戻ったのだろう。

 どんな形であれ、一度は愛し合った二人だ。やり直すのに時間はさして必要なかったに違いない。


 結局、二人にとって俺は邪魔者でしかなかったという訳だ。


 特段、悔しくも恨めしくもなかった。むしろ、胸のつっかえが取れたような晴々とした気持ちですらある。 

 俺もまた、両親の不仲という長年の悩みから解放されたのだ。


 リビングでは、今日も親父とお袋がなごやかに談笑している。俺は、その会話に参加する事はできないけれど、久々に家族団欒を過ごせたような気がした。


《完》




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目が覚めたらシリーズ 西沢陸 @yuukidokan

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