第2話:目が覚めたら女の子になっていた

 目が覚めたら女の子になっていた。

 

 夏休みの最終日の朝。股から、僕のこの世にたった一つのリーサルウェポンが消失し、代わりに胸に二つのバズーカがついていた。


 とりあえず揉んでみたが、感覚的にやはり僕の肉体で間違いないらしい。


 鏡を見た。自分で言うのもなんだが、僕はかなりの美少女に変身していた。喜んぶべきなのか分からず、複雑な気持ちになった。


 当然、一緒に住む家族にこんな事実を隠し通せるはずもなく、僕は即刻病院に連れて行かれた。

 そこで、担当になった先生が「翼の次は女体化か……。どうなっているだ全く」とボヤいていたが、僕に言われてもだった。


 僕は精密検査をした後、入院する事になった。しかし、入院したからといって、何かが解決するという事もなく、一ヶ月も経たないうちに、追い出すように退院させられた。


「学校は……、どうする?」


 母に問われた。僕はすかさず行くと答えた。せっかく、血反吐を吐くぐらい勉強して有名高校に進学したというのに、こんな訳の分からない理由で出席できなくなるなんて嫌だった。




 久々に登校した僕に待っていたのは、好奇の目だった。先生が一生懸命に僕の症状を説明していたが、誰もまともに聞いてはいなかった。


「なぁ、お前本当に佐藤なのか?」

 クラスメイトの一人にそんな事を訊かれた。ちなみに、佐藤とは僕の事である。

「逆に何に見えるんだ」

「めっちゃカワイイ女の子」

 即答された。……まぁ、確かに今はそうなっちゃたんだけど。


 それから、僕はクラスメイト達からの質問攻めにあった。その中には、「下着はどうしてるの?」とか、「生理はきたか」とか、セクハラ甚だしいものまであった。

 そして、しまいには、


「頼む、おっぱい揉ましてくれ!!」


 こんな奴までいる始末。


「いいだろ! 男同士なんだからさ!!」


 と、しきりに手を合わせ拝んでくる。周りも「お、やれやれ」「心は男なんだからいけるだろ」と囃し立ててくる。

 

「ふざけるな!」


 僕は怒鳴って、教室から逃げ出した。すると、後ろで誰かが、「なんだよ、やっぱり心も女になってんじゃん」と言って、それがやけに耳に残った。



 教室を出て、僕が向かった先は屋上だった。澄み切った青空を眺めれば、心も晴れると思ったが、ダメだった。むしろ、悔しくて涙が出てくる。


 僕は別に心まで女の子になっていない。さっきだって、胸を揉まれる事自体は別にどうでも良かったんだ。ただ、この前まで普通の友達だった奴らが、僕にほんの少しでも「異性」を感じている事に無性に腹が立ったんだ。


「クソっ」


 岩の隙間にいるダンゴムシみたいに丸くなって、屋上の壁にもたれた。今は少しでもこの女性の象徴を隠したかった。


 しばらくの間そうしていると、


「あ、いたいた」


 声が降ってきた。顔を上げると、そこには、隣のクラスにして幼馴染の佐奈が、覗き込むような形で立っていた。


「どうしてここに?」

 僕が尋ねると、


「拓海が教室から逃げ出したって聞いて、ここだろうなぁって思ったの。昔から高いところすきだもんね」

 佐奈はニッコリ今日の太陽みたいに暖かく笑った。


「授業は?」

「当然サボりで~す」


 ふふん、と何故か自慢げに言うと、佐奈は僕の隣に座った。


「で、どうしたの?」


 佐奈に訊かれて、僕はさっき教室で会った事を話した。


「もうイヤだこんな体! 何で僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!!」


 僕は零れる涙を必死で拭った。

 この世界には、女性の体が欲しい男性がたくさんいる。どうせなら、その人がこの病気に罹れば良かったのに。

 身勝手だとは分かっている。けど、そう思わずにはいられなかった。


「辛かったんだね」


 佐奈が僕の頭を優しく撫でてくれる。


「大丈夫だよ、性別がなんであれ、拓海は拓海なんだから」

「………ダメなんだよそれじゃあ」

 

 せっかく佐奈が慰めてくれているのに、僕はついそんな事を言ってしまう。

 

「どうして?」

「女の子のままじゃ僕の夢は叶わないから」


 僕には幼い頃から叶えたい夢があった。いつかいつかと思いながら、勇気がなくて踏み出せせずにいた夢が。


「何言ってるのよ。今のご時世、夢を叶えるのに男女は関係ないよ」


 佐奈がそう反論してくる。僕はムッとなって、つい言ってしまっていた。


「じゃあ、僕と付き合ってくれるの?」


 この十年間、ひた隠しにしていた想いを。

 

 やってしまったとすぐ後悔した。


 僕はずっと佐奈が好きだった。いつか、佐奈と付き合って、結婚して、幸せな家庭を築くのが夢だった。この学校に入ったのだって、佐奈の側に居たかったからだ。……だけど、この夢も女の子同士じゃ叶わない。


 佐奈に視線をやると、鳩が豆鉄砲を食ったみたいに驚いていた。その顔を見て、僕は急に恥ずかしくなって、またうつむいてしまう。


「ごめん、忘れて。急にこんな事言われたらビックリしたよね。ホントにごめん。こんなつもりじゃ」


「いいよ」

「えっ」


 予想外の返答に、突拍子のない声が出てしまった。ゆっくり顎を上げて佐奈の方を見ると、彼女もこっちを見ていて目が合った。その頬はほんのりと紅い。

そしてハッキリ言った。


「付き合おっか」


 時間が止まった気がした。脳が処理できず、頭の中がぐちゃぐちゃになる感覚。要するに混乱した。


「い、いいの!? 僕、女の子になっちゃったんだよ!」

「関係ないよ」


 佐奈は、僕の不安を吹き飛ばすように言う。


「どんな姿だろうと、私は拓海が好き。子供の頃からずっと」


 自分で言って恥ずかしくなったのか、佐奈は「ハハ」と照れくさそうに笑って、何も言わずに前を向いた。

 僕も言葉が出なくて、むず痒い沈黙だけが屋上に流れた。


 どうしたものかと迷っていたら、キーンコーンカーンコーンと、チャイムが鳴った。どうやら、授業が終わったみたいだ。

 これを合図に、バッと佐奈が立ち上がった。そして僕に告げる。


「そろそろ戻ろっか」

「イヤだよ、今戻ったらまたアイツらの遊び道具だ」


 クラスメイト達の下卑た目線を思い出して背筋が凍った。あんな目に遭うぐらいならここに一人でいる方がマシだ。

 

「男だ女でアレコレ言ってくる奴らなんてほっとけばいいのよ。どうせすぐ飽きるんだから」

「そう……かな」

「絶対そうだよ! ……それに、例え誰が何と言おうとも、私は拓実の味方だよ。……それとも、私だけじゃ不服?」

「そ、そんな事ないよ! 佐奈が味方だったら百人力……ううん、千人力だ!!」


 僕が心の底からの本音を言ったら、「アハハ、私一人で全校生徒に勝てちゃうね」と佐奈が愉快げに笑った。


「じゃ、行こう! 一騎当千の私と一緒に!」


 佐奈が冗談混じりにそう言って、僕に手を差し伸ばした。

 不思議とさっきまでの憂鬱な気持ちは吹き飛んでいて、僕はそっと佐奈の手を取った。

 

《完》


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