弔いの儀式
1つ目は『雨上がりの水たまり』
2つ目は『カクテル』
3つ目は『穿つ』
空を覆う灰色の雲の一角が切り取られ、本来地上に射すはずの太陽光がアスファルトを照らしていた。
アルフォンス=マエストロ。
金髪碧眼で右目にモノクルをつけたこの男が放った魔術が、標的もろとも雲間を穿ったのだった。放射状に放たれた魔術は、雲を融かし雨をも散らした。
標的は心臓を撃ち抜かれて既に絶命している。標的は東洋人の中年男性でなかなかの手練れだった。アルフォンスが最終奥義を使わなければ、今頃太陽を拝んでいたのは敵だったかもしれない。
アルフォンスは標的の情報を知らない。名前も経歴も――アルフォンスは組織からの依頼を淡々とこなすだけの魔法使いの殺し屋だ。仕事をするうえで障壁となるのだから、殺し屋に標的への深入りは不要だ。
アルフォンスは空を見上げた。血なまぐさい殺し合いがあったこの場所だけ晴れている。雨上がりの水たまりに映る空は、皮肉なほどの蒼かった。
『貴様、どこの組織の差し金だ』
「私もそんなことは知らんよ」
アルフォンスはカバンからカクテルグラスを取り出した。
アルフォンスは殺し合いの最中に、沈黙を貫くことを流儀としている。標的からの問いかけに答えることはない。ついたあだ名はサイレントキラー。命乞いにも取引にも応じない不気味な殺し屋として恐れられている。
だが本来のアルフォンスは人と話すことが好きだ。酒好きでもあり、なかでもカクテルを愛好する。人を殺す魔術の触媒の道具と、カクテルを作る道具はカバンに一緒に入っている。
アルフォンスはシェイカーを振り、カクテルを作り始めた。標的が死んだ後に作るカクテルはいつも決まっている。ジン、ライム、ガムシロップを混ぜる。
カットしたライムを添えて、アルフォンスはカクテルを標的の顔のそばに置いた。標的は少し笑って息絶えていた。
アルフォンスは血だまりに膝を浸すと、寂しげに微笑む。
「ギムレットだ。君も気に入ってくれるといいが」
別れのカクテル言葉を持つギムレットを、息絶えた標的の前で飲むことが、アルフォンスなりの手向けだった。
標的の戦闘中の言葉を思い出し、アルフォンスは話しかけていく。
『こんな最期も悪くない』
「どうだい、そっちには天国の門とやらはあるのかい? それともケルベロスがいるのかい?」
『貴様の腕があるなら、殺し屋などせずとも世の中の役に立つことが可能だろうに!』
「買いかぶりさ。私は影を歩くことが性に合っている」
『サイレントキラー。私の言葉が貴様に届いているのなら、私の息子と妻を護ってくれ……』
「……サイレントキラーではなく、友人として約束を守るよ」
アルフォンスと標的の『おしゃべり』は再び、空が暗くなるまで続いた。
アルフォンスはギムレットを飲み干し、また次の依頼へと向かった。
サイレントキラー、アルフォンス・マエストロ。彼が生涯殺した人間の数は正確には知られていない。不思議なことに、彼が殺した標的は皆死に顔が穏やかだったと云われており、またのあだ名をスマイルサンタと云う。
三題噺帳 鶴川ユウ @izuminuma
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