息子が、命を捨てました。

@akatamago

第1話 私の息子は、命を捨てました

息子は、命を捨てて世界を救いました。

 私の息子は勇者なのでしょうか。あまり詳しくないですがファンタジーな物語のように、彼は勇者と呼ばれるのでしょうか。いえ、実際に呼ばれているんです。ネットの匿名掲示板やSNSではもう勇者らしいです。命を賭して世界を救った。そう称えられています。でも、彼は命を賭したわけではありません。だって、あの時死ぬことは確定していましたから。生き残ることは決してなく、彼は命を捨てました。命をかけたわけでもなく、賭したわけでもなく、捨てたのです。どうして捨てたのか、私にはもうわかりません。彼が死んだとわかってから、ずっと考えているけどわからないんです。

 何度でも言います。私の息子は、命を捨てました。



 あの日は、春には似合わない強い雨が降る日でした。せっかく咲き始めた桜の花びらは、雨で枝から離れていきます。

 妻は、早朝から起きてくれて朝飯と弁当を作ってくれています。少し遅れて私が起きて、またそこから数分後に子供たちが起きてきます。それはいつもと変わらない朝でした。テレビをつけ、いつもと同じ朝のニュースを観ます。テレビ画面の左上の時間が六時五十九分から七時に変わるのも毎朝見る光景、のはずでした。

 時計の時間が変わる瞬間テレビは消え、雨で暗くなったためにつけていた部屋の灯りは突然静かになりました。外は、雨雲に覆われ朝だとは思えない暗さ。停電かと思い、外を覗きます。このあたりの地域が停電か知りたかったのですが、時間も時間なので部屋の電気がついてなくてもおかしくありません。

 すると、突然の頭痛が起こりました。偏頭痛持ちというわけではないので、違和感を感じましたが一過性のものだとその一瞬は思っていました。しかし、その違和感は間違っていませんでした。というのも、部屋にいる4人全員が同じタイミングで頭痛が起こっていたんです。

 子供たちも頭痛持ちというわけでもなく、彼らにとって珍しい頭痛で少し心配でした。


-----おはようございます-----


 「大丈夫か?」

 我慢できないほど痛いというわけでないので、子供たちも耐えられそうでした。とりあえず治るのを待っていました。


-----このこえは、ちきゅうのみなさんにとどけています-----


 ここでやっと気づきました。男性とも女性とも思える中性的な声が聞こえます。そして、この声は家族たちも聞こえているようでした。


-----じかんがもったいないので、ようけんだけみなさんにつたえます-----


 突然聞こえてきた声は、なかなか理解し難いことを語り始めました。まず、声の主は自分が異星人だと伝えてきました。この時点で理解が追いつきません。そんな中、次第に呼吸がしづらくなってきました。これは流石に、混乱している頭でも危機感を感じてきました。とりあえず、子供たちをどうにかしないと。そう思い、子供たちに寄り添おうと思いました。でも、体が動きませんでした。声の主は、話を続けています。


-----みなさんのからだのいちぶは、かつどうをていししています-----

-----のこりのぶぶんもていししてもいいのですが、それではしんせんなじっけんたいをかいしゅうできません-----


 異星人はそう言ってきました。そして、残りの部分を要約すると地球人一人だけ彼らに与えれば危害は加えないということでした。

 それが私の息子でした。

 息子が犠牲となったと分かったのは、その日の夜でした。高校生の息子が、暗くなっても帰ってこないのはごく自然なことです。この時もどこか寄り道をしているのだろうと思っていました。

 3人で晩飯を食べていると、再びあの声が聞こえてきました。


 -----じっけんたいのていきょう、ありがとうございました-----


 今度は、頭痛も体の拘束もありませんでした。そして異星人は、誰に向けたかはわからないお礼を言い私の息子の名前を言いました。私の息子が実験体として身を捧げた、なんておかしなことを言うのでしょう。息子は、今どっかで寄り道をしていてそれできっともうすぐ帰ってくるんだから。

 息子が犠牲になったと認めざるを得なかったのは、次の日の朝でした。息子が帰ってきたら、さすがに遅いぞと叱ってやろうと待っていて気づいたら日付が変わり、日が差していました。仕事に行く気にはならず、妻と警察に行こうと話しました。娘は、学校に行かせ私たちは手短に荷物を準備し家を出ようとしました。するとインターホンが鳴ります。ドアを開けるとスーツを着た男が2人立っていました。彼らは政府の者だといい私の息子の話をし出しました。

「こちらの映像に映っていました。」

 そう言われて見せられたのは、息子の通学路にある公園の監視カメラの映像でした。日付は昨日を指し示し、彼は空を見上げています。そして、息子は空に向けて手を振り始めます。そして姿を消しました。

「私たち政府は、この映像を見て彼らのいう実験体に息子さんが指名または立候補したのではないかと考えています。」

 この男は、何を意味のわからないことを言っているのでしょうか。これなら、異星人の昨日の朝に言っていたことのほうが理解できます。何がどうなって息子が自らを犠牲にするのか。ふざけんな。そう男たちに怒鳴りました。生まれて初めて声を荒げました。それでも男たちは話を続けます。

「今回の件は、息子さんの意図に関わらず全世界に知れ渡っています。私たち政府としては、言い方はあれですが、謝礼金と慰霊金として遺族の方に支払わせていただく所存です。」

 国は私たちの息子をもう亡き者にしていました。再び怒鳴りそうになりましたが、左に座る妻に止められました。妻は涙を流し、ただ僕の膝を握っています。あの時の妻の姿はいまだに忘れられません。

映画で他人が泣くと、我にかえり自分は泣かなくなるようにこの時も泣く妻を見て急に冷静になりました。

政府の人には帰ってもらいました。真相の追及もお願いして。上司らしき人も「必ず、調査次第にご報告します。」と答えてくれました。よく見ると2人とも顔がとても疲れていて、2人の苦労をしているのでしょう。。

 彼らが帰った後も家の中は静かで、妻の静かに泣く声がしばらく聞こえるだけでした。

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