第6話 わが青春に悔いなし
H組「白鳥の湖」
哀切なメロディが流れ、白鳥の白いチュチュに身を包んだ美少年、愛知が現れる。ほっそりした肢体、やわらかな脚のライン、とても男とは思えない。見学席から、ほうっとため息が漏れ聞こえた。
悪魔ロットバルトに魔法をかけられ、夜だけ人の姿に戻ったオデットは、王子に助けと求める。
比奈が言っていた通り、王子は長身でまあまあイケメンの斎藤。意外な脚線美で白タイツが良く似合う。
悲しい運命を告げ、王子と愛を確かめ合うオデット。
そこへ、悪魔ロットバルトと、その娘。黒鳥のオディールが現れる。
「きたねー」
「ひっこめ!」
見学席からはブーイングの嵐。
原作バレエでは、黒鳥は、オデットと同じバレリーナが演じることが多い。それが、色黒、腋毛ボーボーの見苦しい男子が出てきたので、当然の反応。
くそっ! シリアスの中にもお笑いを入れて、見事な演出だ。
歯ぎしりする思いの、卓。
が。どうすることもできない。
愛の力が悪を滅ぼし、悪魔たちは退散。オデットと王子は、しっかり抱き合うのであった。
盛大な拍手と歓声とともに、すべての演目の上演が終わった。
結果発表。
体育館が、静まり返る。
プレゼンターは、生徒指導の松波先生。
まずは、準クランプリの、ふた組から。
「二年C組『浣腸ライダー』。そして、二年E組の『坊ちゃん』です」
卓は、一瞬、よろめいた。
グランプリ、ダメだった。
当然、愛知の組だよな,
まさか、ソルボンヌ大阪のストリップ?
いや、そんなはずはない。
卓は、ぶんぶん首を振った。
いやしくも、ここは高校だ。教育の場で、ストリップがグランプリなんて、許されない。
「発表します。記念すべき、六十周年のグランプリは、二年H組の『白鳥の湖』に決定しました!」
拍手と歓声。
オデット姫姿の愛知が、嬉しそうにグランプリのトロフィーを受け取る。
茫然とする卓に、陽と雄一が声をかける。
「いいじゃないか、準だって。立派なもんだ」
「そうだよ。いい出来だった。審査員の見る目がないんだよ」
水色のドレスの武志が、恥ずかしそうに準グランプリのトロフィーを受け取り、卓に渡した。
「ありがとう」
「ん?」
「香山の恋人役に、してくれて」
武志に感謝され、卓は何も言えなくなった。
こっちこそ、マドンナ役を引き受けてくれて、ありがとう。おかげで、理想のマドンナを出演させられた。きれいで、シャイで、そのくせワイルドな。
「続きまして、主演女優賞を発表します」
そうだ、これが残っていた。武志の美貌と熱演なら。
卓は期待したが、
「二年D組、ソルボンヌ大阪を演じた、大阪久夫くんです」
生徒たちが、どよめく。期待通りだろう。皆、ソルボンヌに翻弄されていたのだ。
そうきたか。
卓は、がっくりと肩を落とした。
「アラビアンナイト」 の衣装とメイクのままで、大阪久夫が、進み出た。
小さなトロフィーが渡される。
大阪久夫と握手する教頭は、妙に嬉しそうだった。
その日の夕食は、当然、寸劇大会の話題で盛り上がった。
「これが本物のマドンナか。いや、美人だねえ」
恵三が感嘆の声をあげる。
「パパなんか、クレオパトラの侍女のひとりだったからなあ。クレオパトラをやりたかったよ」
「パパが世界一の美女を? 図々しい」
苦笑いする卓。恵三は女装趣味とはいっても、特にイケメンではない。
「ほんと、女の子で通りそうねえ。ママの作ったドレスが最高に似合ってる」
母もご満悦だ。
そこへ、残業で遅くなった、姉の比奈が帰宅した。
卓に近づき、
「ねねね。巻上くんのオデット姫、やっぱり、最高に綺麗だったね。斎藤くんの王子様と、似合いすぎ」
「うん」
生返事する卓。
「それにしても、びっくりしたよね大阪君、すっごい 美形だった、おまけにセクシー」
「ああ」
休憩時間をずらして、D、E、H組の寸劇を、比奈は、しっかり見たらしい。
「ただのガリ勉かと思ったら。メガネとったらすごい美少年、って、BLにも、よくあるけどさあ」
また腐女子トークだよ、と、げんなりする卓。
「山平くんのマドンナも、超絶美女だったねえ」
「だろ」
俺のメイクの力も手伝って、と、卓は少し、自慢げに言う。
「香山くんと、めちゃくちゃお似合いカップルだったあ。ねえ、あの二人。本当につきあってるんじゃないの」
「はあ? 香山には、彼女がいるってよ」
「なんだ、つまんない」
卓は、内心ドキッとした。武志が香山翔を好きなこと、比奈は見抜いたのかも、と。
熱い目で、翔を見てたもんなあ。
武志は、翔が好きなのだ。だから、女装なんて、と言いながら、恋人役ができる、腕を組める、と、引き受けてくれた。
ベッドの中で、卓は、今日一日を振り返る。
今年こそは、と挑んだ、女装フェス。
準グランプリに終わったが、不思議な充実感がある
武志に女装させたいという希望が叶い、見事な一本背負いも見られたし、武志は、幸せそうに翔と腕を組んで歩いた。
武志の恋が叶うことはないだろうが、いい思い出ができたのではないか。その手助けをできたのがうれしい。
来年は、演劇部の後輩のクラスのメイクを引き受けるつもりだ。演劇部の演目にも、女性役を出して、皆が驚く美女を出現させよう。
次の目標を見出した卓は、満足して眠りにつくのであった。
<了>
【あとがき】
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
高校時代のなつかしい寸劇大会を、やっと形にすることができて、ほっとしました。
男女比が7対2と言う構成で、当然、女子は無視されがち
。こうした催しでは、男子が妙にはりきる。
寸劇大会を見て、唖然としたのは、男子って、どうしてこんなに女装が好きなの?
もちろん、女子にストリップや手招きする商売女、なんか、させられないわけですが。嬉々として女装しているように見えましたね。
演目は、紹介にもあるように、大体、実際に演じられたものです。
ストリップは、かなり盛りましたが、掛け声、あのままです。「いいぞー、もっとやれ」
黒鳥への「きたねー、ひっこめ9」も確かに聞きました。
ガスマスクでからみあう男子は、今も謎です。何がやりたかったのかなあ。
マドンナは、当時、あごがれていた方で、あのまんま。水色ドレスで一本背負い。並んで歩いた男子がまた、長身でさわやか。うっとりしたものです。当時から腐っていた私、大喜びでした。
ちなみに、うちのクラスは浣腸ライダー、説明が詳しいのは、そのためです。
修学旅行すら廃止になったと聞きますから、もう、あんな寸劇大会はやっていないと思いますが、大切な高校自体の思い出です。
どうしてもヤツに女装させたい! 名門男子高が父兄NG極秘イベントに燃える日 チェシャ猫亭 @bianco3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます