第5話 ストリップ劇場か!

 悩ましい音楽に合わせて、ソルボンヌは踊る。

 立ち膝になって腰をグラインドさせたり、寝転がって脚を高く上げたり、なかなか挑発もうまい。

「いいぞー」

「もっとやれー!」

 見学席から声が飛ぶ。

 名門男子高校の体育館は、ストリップ劇場と化していた。


「決して、踊り子さんに、触らないように、お願い、申し上げます」

 相変わらず、電車のアナウンスみたいに、司会者が注意する。

 体をくねらせ、紺色のボレロを脱ぐと、薄い白ブラウスの下に、真っ赤なブラジャーが透けて見える。

 うおーっ、と興奮の叫びが上がる。


 スーツ姿の男がソルボンヌに近づき、抱き着こうとする。興奮して出てきちゃいました、といった感じ。

「お客さん、触らないで!」

 警備員役が飛んできて、客をはがいじめにし、つまみ出す。

 といった芝居が、笑いを誘う。


 ソルボンヌは、ブラウスのボタンを外した。

 フロントホックの赤いブラを、ブラウスの右袖を抜いて右のブラを、続いて左を、と器用に外していく。

 ブラの下にも、肌色の盛り上がりがあり、ドキッとさせられる。ピンク色の乳首らしきものまで、ちらちら見える。肌色のスポーツブラに、何が縫い付けているのか。

 審査員の重鎮教師たちも、思わず身を乗り出していた。


 片手で胸を隠し、片手にブラを持ったまま、腰をくねらせ、三年の見学席に近づき、ブラを、思わせぶりにくるくる回す。

 真っ赤なブラが宙を舞い、見学席に落ちた。

 わっと三年生が群がり、

「離せよ」

「俺のだぞ」

 たちまち、奪い合いが始まる。

 紺ブレザーの男子高生のこの姿、なさけないというか、なんというか。

 ソルボンヌが、床に落ちたボレロを拾い上げ、四方に投げキッスして、去っていく。

 劇場は、じゃなかった、体育館は、割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。



 やられた。

 卓は、蒼白になり、唇をかみしめた。

 うちの組の直前に、この盛り上がり。

 大阪久夫、いや、ソルボンヌ大阪ひとりに、完全にやられた。こんなエロい出し物の後で正統派コメディ「坊ちゃん」では、あまりに不利だ。

「さ、本番だ」

 陽が、ぽんと卓の肩をたたく。

「俺たちは、精いっぱい、やるだけだ。な」

「うん」


 坊ちゃんが赴任した中学には、ウラナリという英語教師がいた。マドンナと呼ばれる、美しい婚約者がいる。

 武志、登場。水色のドレス、ロングヘアに水色の大きなリボン。その美貌に、見学席が、軽くどよめく。まさか、硬派の柔道部員、山平武志の女装とは誰も気づかないようだ。


 翔と腕を組んで歩くマドンナ武志は、本当に幸せそうだった。

 しかし、幸せは長くは続かない。

 教頭の赤シャツが、マドンナを見初め、ウラナリを左遷し、恋人たちを引き離すのだ。義憤にかられた坊ちゃんは、先輩教師の山嵐とともに、赤シャツ、取り巻きの野だいこの悪事を暴こうとする。

 が、坊ちゃんたちが活躍する前に、


「怒りのマドンナ、赤シャツを背負い投げ~!」

 陽のナレーションとともに、武志の一本背負いが、鮮やかに決まった。

 よし!

 卓は、拳を突き上げる。

 見学席から爆笑。拍手。


「お疲れさん」

 戻ってきたキャストに、ねぎらいの言葉をかける。ソルボンヌに、してやられたが、皆、それぞれに充実した表情だ。

「ありがとう、山平」

「おう」

 汗を浮かべながらも笑顔の、マドンナ武志は、頬を紅潮させ、いっそう美しく輝いていた。



 F組 「腑子」

 太郎冠者と次郎冠者が、主人の留守中に、腑子という毒(実は砂糖)を、ちょっぴり味見するつもりが全部、食べてしまう。言い逃れのために、主人の大事な皿を,わざと割る。死んで詫びようと、腑子を食べても食べても死ななくて、ついに食べきってしまった、と、言訳する話。

 激怒した主人が女装で、最後、般若の面をかぶって追いかけてくるのが、鬼婆みたいで笑える程度。


 はっきり言って、しょうもない出来だ。これが、うちの組の前だったら、と、卓は再び、唇をかむ。


 G組 「旅の宿」


 同タイトルの歌に合わせ、浴衣姿の新婚さんが、日本酒を酌み交わしてイチャイチャする。バックには、屏風。審査員には、二人の様子がよく見える。

 が、見学席には、屏風の裏しか見えず、そこでは、ハア。な世界が展開されていた。

 グレイの浴衣の二人の男子が、ゴザの上で、からみあう。顔はわからない、ガスマスクを被っているので。


 なんじゃ、これは。

 卓だけでなく、生徒たちも、理解に苦しんでいた。

 審査員には見えないところで、男同士が抱き合い、脚をからませ、腰を上下させたところで、不気味なだけだ。

 なに考えてんだ。

 シュールな世界を描きたかったのかもしれないが、周囲はドン引きである。


 卓はあきれ、またまた悔しさがこみあげる。この二組の盛り下がりの後で、愛知の組が「白鳥の湖」上演する。


 どんだけ有利なんだよ!

 やり場のない怒りに、卓は体を震わせた。

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