第4話 迷門デー

 今日は、名門校が、迷門になる日だ。

 M森一高、体育館。

 壇の前に審査席が設けられ、真ん中は演技スペース。残り三方が、生徒たちの見学場所だ。

 学年ごとに、右は一年、左が二年。入り口側は三年、と、ざっと分けられている。出入りも参加も自由で、各自、体育座りしたり、自分の椅子を持ってきたり、立ち見で済ませたり。


 午後二時。

 体育館で、一年生の各クラスが、寸劇を発表する。持ち時間は五分。

 その頃、卓は、武志にドレスを着せ、メイクに余念がなかった。はっきり言って、一年生の出し物は、敵ではない。見ている暇もないし。

 三時からの二年生の出番に向けて、万全の準備を整えていく卓。

 もうじき、午後三時。

 いよいよ、二年生の上演が始まる。


 A組「白雪姫」

 予想通り、白雪姫は、女装ですね、という程度で、きれいでも、なんでもなかった。七人の小人のブレイクダンスが意外に上手かった程度で、見どころは、王子様から白雪姫へのキス、する真似。

 なんと、姫から王子に、もろにキスしてしまい、王子役は、ファーストキスを男に奪われた、と、ブチギレていた。


 B組「走れエロス」

 メロスではなく、スだった。

 親友の処刑の前に戻らねば、と、走るエロスだが、

「おにいさん、よってらっしゃいよ」

 あやしげな商売女が手招きし、ギリシャ風のぴらぴら衣装から肌を見せる。

 エロスは、ふらふらっと女に近づき、立ったまま、合体。

「この間、わずか一分!」

 のナレーションが、笑わせる。

 その後も、あちこちで女にひっかかったエロスが、よれよれになってゴール。


 C組 「仮面ライダー」

 豪華な振袖姿の令嬢、といっても、豪華なのは振袖だけで、大柄で色黒の男子が、サングラスにロングヘアのかつらで登場。護衛もつけているが、

 イーッ イーッ

 わらわら出てくるショッカーに護衛は倒され、令嬢が拉致されそうになる。

 マウンテンバイクで、ライダー、登場。

 パンチ、キックでショッカーどもを撃退。令嬢を取り戻す。


 そこへ現れたのが怪人キンチョゴン。

 山高帽にジャージ、トレパン、背中には大きな蚊の羽。腰をくねくね、両手の殺虫剤を、シュッシュとまき散らす。もともとコオロギのライダー、殺虫剤攻撃に耐えられず、後退。

 最後の手段、と、背中に背負った巨大な注射器を持ち出し、キンチョゴンを蹴倒し、お尻の間にぷすっと。足をバタバタさせ、絶命するキンチョゴン。

 正式タイトルは、「浣腸ライダー」だった。


 ここまでの話を、偵察の雄一から聞きながら、卓は、体育館に向かっていた。

「ほとんどシモネタだな」

 不敵に笑う卓。

 魅力的なヒロインがいない以上、こうしたネタとお笑いで、点を稼ぐしかない。

 こっちは正統派コメディ、「坊ちゃん」だ。ヒロインは、美しい武志。エロスも浣腸ライダーも、敵ではない。


 念入りな化粧を施した武志は、卓も予想できなかったほどの美女に変身した。

 出演者から、おおーっと、声が上がる。

 相手役の翔も、ため息交じりに、

「きれいだよ」

 本心からの賛辞。

 恥ずかしそうに、しかし、うれしそうに、うつむく武志。


 そろそろ時間だ。

 前の組が始まるのに合わせて、卓たちは体育館に入った。


 D組「アラビアンナイト」


 むせび泣くようなテナーサックス。なんとも妖しい音楽が流れ、

「本日は、M森ミュージックにご来場くださいまして、まことに、ありがとうございます」

 車内アナウンスみたいな、ヘンな調子の口上。早くも、この演目が何かを察知した見学席から歓声が。


「本日の出演は、当劇場が誇ります、大スター、ソルボンヌ大阪嬢、でございます。皆さま、盛大な拍手でお迎えください」

 拍手と、どよめき。


 卓は、混乱していた。


 大阪。

 D組の大阪って、あのガリ勉!?


 廊下でぶつかりそうになった、ずり落ちそうな黒縁メガネの、大阪が。

 まさか、と思ったが、「大阪」姓は、二年生には、あの大阪しかいないのだ。


 司会役の男の後ろから、シースルーのベールを被って、進み出たのは。

 アラビア風のゆったりした薄紫のパンツ。金モールの縁取りの紺のボレロ、たっぷりした袖の白いブラウス。

 腰にはショールを巻きつけ、漆黒の、ウェーブのかかった長い髪。、真っ赤なマニキュア、足元を見れば、ペディキュアも同じ赤。


 ベールをつけたままでも、あでやかな美貌は、見て取れる。色っぽく歩を進め、真ん中に出てくると、ソルボンヌ嬢は、ふわっとベールを持ち上げた。

 おおーっ、と声があがる。

 間違いなく、今日、ここまでの演目で、ダントツの美女である。


 目の化粧も、つけまつげも、申し分ない。

 リップも、きれいに引かれている。

 卓は、うなった。

 いきなりメイクして、こうも上手に、できるのか。もしかして大阪、普段から、メイクしてる?

 卓は、女装マニアの、父の言葉を思い出した。


 女装は、ストレス解消に、ぴったりなんだよ。気分転換もできるしね。


 受験に向けて、今から猛勉強しているであろう、大阪久夫。もしかして、前から女装を楽しんでいたのかも。

 卓は、複雑な思いで、ソルボンヌの舞を見つめるのであった。


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