第3話 水色のドレス

 翌日。

 一時間目の休み時間に、卓は、武志に切り出した。

「『坊ちゃん』のマドンナ、やってくれないか」

「はあ? 女の格好なんて、できるか」

 とっくに断っただろ、と気色ばむのを無視し、

「そうか。マドンナの恋人役、香山なんだけど」

「えっ」

 武志の顔色が、変わる。卓は、

「香山ー!」

 窓際にいた香山翔を呼んだ。

「なに」

 にこやかにやってきた翔に、

「マドンナ役。山平に決まったから」

「そうなんだ。よろしく」

 と、武志に笑顔を向ける、翔。

「お、おう」

 否定、ではなかった。

 どぎまぎしながらも、武志は、イエス、と言ったも同然だ。卓には、嫌だと言ったのに。


 よし、と卓は心で叫んだ。

 女装を断られた春以降、卓は、武志をずっと観察していた。何か、落としどころがあるのではないか、と。

 そのうち、武志が、翔の方を、よく見ていることに気づいた。

 あいつ、翔が好きなのでは。

 翔に近づける役なら、受けてくれるかも、腕を組んで歩くシーンを入れたりして。

 翔は、サッカー部で、ディフェンダー。ポジションにふさわしく長身で、やや小柄な武志とは、身長差も理想的。さらさらヘアに、やさしげな笑顔で、とこかの女子高に彼女がいるらしい。


 武志をゲットして、これでキャストは万全。

 主人公の新米教師・坊ちゃんは、いつも元気な、北野源。赤シャツは教頭だが、マドンナに横恋慕し、婚約者のウラナリを左遷する、悪いヤツ。体格のいい、佐賀恭二を抜擢した。

 原作では、青白く弱弱しいウラナリだが、何せ武志の相手役。密かに思いを寄せているらしい、カッコいい翔を、真っ先に口説き落とした。

 来月の寸劇大会に向けて、あとは練習あるのみ。


 狙うのは、あくまでグランプリだ。

 準グランプリも、二クラスに与えられるが、二番じゃ気が済まない。とにかく、愛知の組には、絶対に負けたくない。おそらく、愛知は、卓のことなどライバルと思っていないだろうが、卓は、勝手に闘志を燃やしている。

 あとは主演女優賞。愛知に奪われたくはない。まあ、及び腰の武志に、あまり期待はできないが、美しさでは、絶対に負けない。

 地はいいのだ、あとは俺のメイクの力で、絶対に主演女優賞も!



 夕方。カレーの準備を手伝いながら、卓は母に、衣装の相談をした。じゃがいもの皮をむく手つきは、なかなかだ。

 母は、にんじんを刻みながら、

「明治時代の話よね。鹿鳴館スタイルでいくか」

「よくわかんないけど、足だけ出る、長いドレスにしてよ。色は、水色かな」

「わかった。あとでデザイン画を描くね」


 夕食は、またまた寸劇大会の話でもちきりだった。

「へえ、山平くん。女装オッケーしたんだ、よかったね」

 比奈も、武志の美貌には気づいていたが、硬派っぽいので、意外だったらしい。

「うん。これで大成功、間違いなしだよ」

 マドンナの衣装の話になると、恵三は、

「そのドレス、パパも着たいな」

 どうせ一度着たら用済だから、と恵三は続ける。

「サイズをパパも合わせて縫ってもらえると、うれしいな。生地代くらいは、出すからさ」


 女装フェスの費用は、すべて生徒の持ち出しだ。衣装代がかからないのは、助かる。卓は、

「アクションもあるから、ゆったりサイズにしても、いいかな」

 ちょっとだけ父に譲歩すると、母は、

「ウエストは、ゆるくして、後ろでリボンで結ぶタイプにしようか。だったら、調節が簡単」

「いいね、それ」

 武志のあでやかなマドンナを想像し、卓は、うっとりする。メイクの研究も、しておかなくては。


 母は、ささっとデザイン画を描いてくれた。上品で華やかで、イイ感じ。

 生地を用意し、恵三に合わせて採寸、ゆるめに縫い上げ、一週間とかからず完成。

 卓のイメージした通り、マドンナにふさわしく、品よく仕上がった。

 まずは、恵三が試着する。

「いいねえ。いかにもマドンナって感じ」

「パパには、もったいないよ。早く脱いで」

 悦に入っている父から、ドレスを奪い取る。あくまで、これは、武志のためのものだ。


 翌日。更衣室で、武志に着てもらった。皆には、当日まで見せないつもりだ。

 小麦色の肌、美しくて、ちょっとワイルドなマドンナが出来上がりそうだ。

「めっちゃ似合うよ」

「そっか」

 素直な感想に、武志は照れていた。



 十月の第三週の金曜日。ついに寸劇大会。通称「女装フェス」の日がやってきた。

 翌日から二日間は、文化祭だ。文化部以外の生徒にも活躍の場を、との趣旨で始まった前日祭。どうせ平日の午後で父兄は観覧できないし、と、次第に悪ノリして女装をやったのが受けて、各クラスとも、いつの間にか、女装がメインになった、と。恵三は言っていた。

 以前は、三年生も参加したが、受験のこともあり、二年生までとなった。だから、今年はラストチャンス。卓が燃えるのも、無理はないのだ。


 




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