第2話 作戦会議
数日後。
卓はE組の作戦会議を開くことになっていた。場所は、同じ演劇部の陽の家。
帰り際、廊下の角で、誰かとぶつかりそうになった。
「失敬」
英単語集から顔を上げたのは、D組の大阪久夫。黒縁メガネの青白いガリ勉、成績はトップクラスでT大医学部間違いなし、と言われている。家は市内でも有名な内科クリニック。
あんな奴は、寸劇大会なんか、完全無視なんだろうなあ。
盛り上がる、とはいっても、単にフェスを見て楽しむだけの生徒が、ほとんどだ。スタッフ、キャストは、やりがいがあるから挑んでいるだけで、楽しんでもらえれば、それでいい。そうでも思わなければ、やってらんない、というのが本音だ。
作戦会議。
といっても、卓のほかには、佐久間陽と、囲碁同好会の新山雄一だけ。知的な顔立ちの陽はシナリオ補助や演出を担当、本番では、ナレーターをやる予定。
雄一は、雑用係というべきか。去年、卓と同じクラスだったよしみで、今年もつきあってくれた。
囲碁同好会は、別名「囲碁老人会」と呼ばれ、じじむさいメンバー揃い。雄一も、そんな同好会にふさわしい、若年寄タイプだった。
「これが、今年のラインナップ」
陽が、速報を持ってきていた。同じ演目にならないように事前に公表されるのだ。
A組 白雪姫
B組 走れメロス
C組 仮面ライダー
D組 アラビアンナイト
E組 坊ちゃん
F組 附子(ぶす)
G組 旅の宿
H組 白鳥の湖
「白鳥の湖」。やはり、愛知はバレエできたな。
どうしても卓は、愛知のH組が気になる。
人気のある演目で、数年に一度は、どこかのクラスが採用してきたとか。去年、なんたらスワンという映画が話題になり、タイムリーといえば、タイムリーだ。
各クラスの美少年を、卓はざっと頭に浮かべた。
目立つのは、愛知くらいで、他の組に、大したのはいない。
「白雪姫。どうってことないな」
「メロス、に女、出てきたっけ」
「結婚する予定の妹くらいじゃね」
A組、B組は敵ではない。
「仮面ライダー、も、よくわからん」
卓が、首をかしげる。
「今年、シリーズ五十周年だからかな」
雄一の言葉に、
「へえ、そうなんだ」
「良く知ってるな」
卓も陽も感心する。雄一は、
「じいちゃんが、ヒーローもの好きなんだ。先生たちだってガキの頃、見たんじゃね」
「アラビアンナイト、は、ちょっと色っぽいかも」
「でも、D組に、美形はいないだろ」
こちらの二クラスも、どうってことない、という結論に達した。
「附子。狂言なんか使って、どうなる」
「確かに笑える話だけど、ド素人の高校生の手におえるかな」
と、完全スルー。
「旅の宿、ってなに」
卓も陽も、ハア、な顔だが、雄一は、
「ヨシダタクローの歌だよ」
古いものは俺に任せろ、なのだ。
「教頭がタクロー好きらしいから、そのへん狙ってんのかな」
教頭ひとりにウケたところで、審査に響くほどではないだろう。
結局、H組以外に、大した強敵はいなさそうだ。
次は、キャストの選定。
坊ちゃん、赤シャツ、ウラナリなど、メインキャストの候補をあげ、交渉することにした。
「問題は、マドンナだな」
陽が腕組みして言えば、雄一は、
「顔でいけば、
山平
柔道部、というとごついイメージだが、六十キロ以下級だから、むしろ引き締まったスレンダーな体つき、ドレスが似合いそうだ。
「卓は、どう思ってんの」
黙ったきりの卓に、陽が声をかけると。
「うん。もちろん、山平がいい」
卓は、四月から、武志に目を付けていた。寸劇大会で何をやるにしろ、ヒロインが重要だ。
「秋の寸劇大会。女性役、どうかな」
軽い調子で声掛けすると、
「ふざくんな」
凄みのある声が返ってきた。
怒らせて、投げ飛ばされると怖いので、それ以上、迫らなかった。
あの時は、あっさり断られたが。
今度は、逃がさない、と、卓は決意する。
夕食のとき、比奈に、愛知の組が「白鳥の湖」だと知らせると、
「すてきー! 巻上くん、オデット姫がぴったり。ねねね、王子様は誰?」
「知らねえよ、誰か背の高い奴だろ」
うんざりしながら答える、卓。
「巻上くん、一六十センチ台。かな。プロになるのは、難しいかも」
「バレエの、プロ」
「大きい女子が増えてきたから。つま先立ちして釣り合うには、一八十センチは欲しい。巻上くんは、コンテンポラリーに行くか、男だけのバレエ団が、いいかも」
男性が女役を務めるバレエ団が海外にあるそうで、愛知はそこがいい、と比奈は力説する。
王子様とみつめあったり、リフトされたり。似合いそう、とキャーキャーうるさい。
「巻上くんにはね。H組なら、斎藤くんが似合うと思うな」
またか、と卓は、あきれた。
メガネ女子で、職場、つまりM森一高では、まじめな事務員を装っているが、実は比奈は、さりげなく、美少年をピックアップしては、この子とこの子が似合うー。と、リアルBLカップルを妄想して喜んでいるのだ。
ったく、腐女子ってやつは。
まさか、俺も、誰かと勝手にくっつけられてたりして。
卓は背筋が寒くなったが、自分は、ブサくはなくとも、イケてもいない。たぶん大丈夫だろう、たぶん。そう思うことに、した。
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