どうしてもヤツに女装させたい! 名門男子高が父兄NG極秘イベントに燃える日

チェシャ猫亭

第1話 めざせグランプリ!



 九月某日。

 今年の寸劇大会の概要が決まった。


 いよいよだな、と、市川たくは、武者震いする。

 昨年は、勝手がわからず、支離滅裂なものを出してしまい、大失敗。どうしても初体験の一年生は、そうなる。二年生の完成度の高さに打ちのめされ、来年こそは、と唇をかんだ。

 リベンジだ!

 獲るぞグランプリ!



 今年も、恒例の寸劇大会が開催されることになりました。

 歴史ある当大会は、今年で六十周年を迎えます。


 そんな書き出しの案内には、

 審査員が五十台の、教頭、学年主任、生徒指導の先生方であることを考慮し、くれぐれも「鬼×の刃」等の、流行ものは避けて、古典的作品を選んでいただければ幸いです。


 などと、書かれていた。


 なお、例年通り、父兄の観覧は絶対に認められません、観覧できるのは、あくまで在校生、教職員のみです。

 昨今は、スマホ等で録画できる時代です。本大会の映像が父兄や、外部に流出した場合、存続の危機が懸念されます。

 当イベントが無事に開催され、来年以降も継続できるように、生徒諸君の協力を,なにとぞよろしくお願いいたします。


 県立M森第一高等学校

 寸劇大会実行委員会



「パパ、決まったよ、今年の大会」

 卓は、勢いよく、父の書斎のドアを開けた。

「おう、そうか」

 パソコンで執筆中だった父・恵三が振り返った。

 金髪ボブのかつら。ナチュラルメイクに、派手な花模様のワンピース姿。

「いいね、そのワンピース」

 息子の賛辞に恵三は微笑み、

「だろ。ママが縫ってくれたんだ」


 恵三は、M森一高のOBだ。

 三十数年前。

 この寸劇大会で女装したのがきっかけて、女装マニアになった。

 単に女装が好きなだけで、恋愛対象は女性、男性に興味はない。妻のうららとは熱烈な恋を経て、結ばれた。麗は恵三の趣味に理解があり、裁縫の腕を生かして、夫の服をデザインし、縫い上げる。


 恵三は、プリントに目を通すと、

「で、何をやるんだ」

「夏目漱石」

 卓が応えると、

「いやに格調高いな」

「『坊ちゃん』だけどね」

「なんだ」

 といった反応になるのが、この作品の宿命だろう。


「だけどさあ。寸劇大会って名称、どうなの」

「六十年の歴史だからなあ、実質、女装大会なんだけどな」

 その通り、生徒たちは、女装フェスとか、ただ「フェス」と呼んでいる。県下有数の進学校、名門男子高校の、秘密のイベントなのだった。

「父兄NGってのも、どうなんだろ。女装くらい、今時フツーじゃね」

 卓の疑問に、恵三は、

「頭の固い父兄もいるからな。ウチの息子に女装なんかさせて、ってクレームつけるかも」

「うーん」


「パパだって、物書きで、自宅にいることが多いし、家族の理解があるから、こうして女装をエンジョイできるけど。隠れて楽しんでいる人たちは大変なんだ」

「そう」

「こないだも、ラジオの人生相談で、夫の女装趣味が許せないって奥さんの相談を聞いたよ」

 妻は夫の趣味が理解できずキレまくっていた。夫は、苦しい胸の内を訴えるが、私だって苦しい、と。もう少し、夫の心に寄り添ってあげて、という回答だったそうだ。


「パパ。メイクしてあげようか」

 重苦しい空気を吹き飛ばすように、卓が言った。

「その柄だったら、ばっちりメイクのほうが映えるよ」

 母が父にメイクするのを見て、卓は化粧に興味を抱いた。無骨な男が、あでやかな美女に変貌していく。魔法みたいだった。将来はメイクの仕事に就きたいと思っている。


 その夜の夕食時は、寸劇大会の話題で盛り上がった。服飾専門学校で講師を務める母は、衣装製作に今年も協力してくれることになった。

「卓。メイク、うまくなったね」

 恵三に施したメイクを誉められ、卓はご満悦だ、

 姉の比奈ひなは、M森一高の事務員。小学生の頃からの腐女子で、父に女装大会の話を聞き。M森一高の事務員を目指した。

 めでたく昨年、希望の職場に入り、秋の寸劇大会に大興奮だった。

「ねねね、巻上まきがみくん、今年はなにやるの」

 メガネの奥で瞳を光らせ、比奈が尋ねる。

 H組の美少年、巻上愛知が気になるらしい。


 ムリもない。

 昨年、愛知のクラスは「眠りの森の美女」を上演。バレエを習っている愛知は、華麗なチュチュに身を包み、本格的に踊ってみせた。まとまりの悪い一年生の演目としては、大成功だった。

「愛知か。たぶん、まだバレエだろ」

「トウシューズで立てるなんて、すごいよねえ」


 男子のバレエシューズは、ソックスカバーみたいなもので、つま先立ちはしない。というかできない。バレエ女子でも難しいトウシューズのつま先立ちをこなし、踊る愛知は、確かにすごいのだろう。

 愛知の自宅はバレエ教室だ。

 技術も、衣装も、メイクも。圧倒的に有利な立場。


 あいつにだけは、負けたくない!

 テーブルの下で、拳を握りしめる卓だった。





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