テツくんとリンちゃん3

 バウムクーヘンを分け合って食べた日以降、俺たちの距離は縮まった。

 休憩室で、一緒に昼食を取ることもある。


「毎回気になってたんですけど、そのお弁当、彼女さんの手作りですかー?」

「いや。自分で作ってる」

「うわ。今はやりの料理男子ってやつですね」

「うわって反応、おかしくないか?」

「イケメンで料理も上手って何なんですか。世界征服でもするつもりですか」

「料理と顔で、どうやって世界征服するんだよ」

「長峰さんって、さりげに自分がイケメンって認めてますよね」

「うちの姉はめちゃ美人」

「うわぁ~、すっごく見てみたーい」

「会ってみる? 島田さんと紗代って気が合いそう」

「サヨさんは、どなたで?」

「長女。土曜に、甥っ子とピクニック行くんだけど、島田さんがいたら楽しそうだなって」

「クソ。このっ、ナチュラルボーンイケメンがッ」

「予定ある?」

「ないですよ。行ってやりますよ」

「あざまーす」

「イケメン魔王」

「それ、悪口?」


 休日に彼女に会えることに、俺はこっそり浮かれていた。


 土曜になって、待ち合わせ場所に現れた彼女は、走り回る気満々のスポーティな服装だった。


「めちゃくちゃ走りますよ! 甥っ子くんと追いかけっこがしたい!」

「まだ一歳だから、走れないな」

「事前情報の不足!」

「ブハッ。ごめんごめん」

「誠意が感じられません」

「じゃあさー、花凛って呼んでいい?」


 心底嫌そうに、彼女は顔を歪ませる。


「脈略がない上に、これだからイケメンは案件ですね。女がみんな自分に気があると思うなよ」

「休日に会ってくれるから、脈アリだと思ったんだけど」

「私は美女に会いに来たんですー」


 先に着いて、芝生の上にレジャーシートと簡易テントを広げていた姉二人と義兄。

 三人を見て、彼女のテンションが爆上がりした。


「ぽちゃかわ系のお姉さんに、お姉様系美女と、爽やかパパさん。ここは公園という名のパラダイスですか?」


 彼女を「会社の人」だと紹介すれば、紗代がとってもうれしそうに笑う。


「花凛ちゃん、かわいらしい名前ね」

「どうぞ、リンちゃんとお呼びください」


 両手をつないだ二人は、顔を見合わせ笑い合う。


「長峰さんは、穏やかさを全部紗代さんに取られちゃったんですね。おかわいそう」

「徹は目付き、悪いから」

「なりちゃんには言われたくねぇな」

「なんだと、愚弟」

「こら。ケンカしないの! リンちゃん、お弁当たくさん作ったから、遠慮せずに食べてね」

「わーい! 卵焼きは甘い派ですか?」

「直也くんが出汁派だから、両方あるの」

「素敵です! 私、両方食べたい派なんですー」


 花凛はするりと馴染んでしまっただけでなく、紗代となりちゃんに、めちゃくちゃ懐いた。


「リンちゃんは声優やってたんだ? すごいじゃん。格好いいね」

「いやぁ、格好良くなんてないですよ、也実さん。売れないまま年取って、事務所から戦力外通告されたんで、全然すごくないんです」

「でも、好きなことに向けて全力で頑張ったんでしょう? それはきっと、リンちゃんの糧になってるはずだよ」

「紗代さん! 好き!」

「リンちゃんは、徹じゃなくてお姉ちゃんと付き合っちゃう?」

「ナイスアイデアですね! 結婚を前提に、私とお付き合いしませんか!」

「徹に恨まれちゃうから、ごめんなさい」

「長峰さんはいいんですよぅ。付き合おうぜって言葉、いただけてないんで」


 姉二人の視線が突き刺さる。

 俺の隣では直兄が、膝の上に乗せた息子にジュースを飲ませながら苦笑い。


「だから言っただろう。連れてくるなら、頑張れよって」

「……告白ってしたことないから、どうやるべきかわかんなかったんだよ」

「うっわ! 俺モテます発言、乙!」

「徹はクズだな」

「だから、なりちゃんには言われたくないって」

「徹」

「……はい」

「ちゃんとなさい」

「はい」


 紗代が静かな声で言うときは、一番ヤバい。


 ちょっと散歩しないかと誘えば、花凛は素直について来た。


「俺と紗代って、似てると思う?」

「唐突ですね。似てると思いますよ。目付きはともかく」

「なりちゃんと俺は?」

「也実さんが男になると、長峰さんになるんだなって感じです」

「そっか」

「はい。長峰さんって、結構面倒くさい人ですね。お姉さん達から愛されて育ったんですね」

「うん。まぁ、かなりね」

「姉弟仲がいいのは、とっても素敵です」

「あのさ」

「なんでしょう?」

「俺は多分、姉たちに何かがあれば飛んでいく」

「いいんじゃないですか」

「君より、姉を選ぶこともあるかもしれない」

「ほう。女が一人で生きられないとお思いですか」

「そうは思ってないけど。昔、姉たちより私を選べって言われたことがあってさ」

「何を選ぶかはその人の自由で、それを許容するかどうかも、相手の自由です」

「花凛は、どっち?」

「紗代さんや也実さんがお困りなら、早く行ってこいバカヤローって蹴飛ばして、私は自分でどーんと解決!」

「花凛のそういうとこ、好きだ」

「おお!」

「毎日、こうして君と会話したい」

「もう一声!」

「一緒にいると、すごく楽しいんだ」

「なるほどー。それで?」

「結婚したい」

「一足飛び!」


 足を止めた花凛が俺を見て、呆れたように笑う。


「恋の段階を飛ばしちゃいますか」

「結婚してからも、恋はできるだろ。君を逃したら、結婚したいと思える人には会えないと思う」

「ふむ。それで?」

「俺は、君が好きだ。君は?」

「好きだから、のこのこ休日に会いに来ました。いいでしょう。そのプロポーズ、お受けします」

「いいの? 本気?」

「逆にさっきの言葉が嘘なら、二度と口をききません」

「本気だ」

「では、テツくん。これからよろしくお願いします」

「うん。よろしく、花凛」


 我ながら下手くそな告白だったけど、花凛は今でも俺と一緒にいて、毎日言葉を交わして、くだらないことで笑い合っている。

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借り物彼氏のマジ恋 よろず @yorozu_462

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