テツくんとリンちゃん2
貧乏の理由が判明したのは、二十歳の誕生日。
紗代もなりちゃんも既に就職してて、俺はまだ学生。
上の二人が家にお金を入れられるようになってから、母さんは、前ほど無茶な働き方はしなくなっていた。
「也実が二十歳になった時にも、同じ話をしたの」
切り出したのは、母さんだった。
「あなた達三人には、本当に苦労を掛けて、ごめんね」
聞かされたのは、父さんが背負った借金のこと。母さんが、その返済を助けるために働いてること。紗代だけは、最初から全部を知ってたってこと。
「相続放棄っていうのがあってね。お父さんとお母さんが死んでも、その手続きをすれば、あなた達が借金を負うことはないの。だから、大人になった徹は、自分の望むように生きていいの。一人暮らしをしてもいい。徹が稼いだお金は、全部徹が自分の人生のために使うべき物だって、理解しておいてほしいの」
「……紗代となりちゃんは、家に金、入れてるじゃん」
「私の夢は、お母さんとお父さんが一緒に暮らせるようになることだから」
「私は別に家のためとかじゃなくて、一人暮らしは嫌だし、自分の生活費を毎月渡してるだけ」
紗代にはきっと、最初から選択肢なんてなくて。
なりちゃんは、自分で考えて決めたこと。
これから就職活動をする上で、家の事情も含めて、今後の自分の人生をよく考えて決めなさいと言われた。
俺の夢は、紗代を楽にすることで。なりちゃんと直兄も一緒に、ずっと仲良く笑っていたい。母さんと父さんも、できることなら楽にしてやりたい。
守りたい人たちに、誰よりも守られていた俺にできることって、何なんだろう。
就職したらやっと恩返しができるって、思ってた。
「徹は悩むと、俺のとこに来るな」
苦笑を浮かべて俺の頭をくしゃりと撫でたのは、直兄だ。
佐藤家の二階にある直兄の部屋へ上がって、俺はいつも座るクッションの上に腰を下ろした。
「念願だった大人の仲間入りしたっていうのに、どうした? 也実とケンカでもしたか?」
「直兄はさ、うちの事情って、どこまで知ってんの?」
ベッドへ座った直兄は、「結構知ってる」と告げた。
「うちの親からも軽く聞いてたし、紗代姉ちゃんからも聞かされてる」
「どう思った?」
「俺の親じゃないから無責任かもしれないけど、親の借金は親の責任だよ。徹たち三人は十分苦労したんだ。自分のために生きていいと思うよ」
「でも、そうしたらきっと、紗代だけが取り残されるんだ」
「紗代姉ちゃんだって、そのうち結婚するかもだろ」
「紗代はすっげぇいい女だけど、お人好しだから。めちゃくちゃ心配」
「お前たちって、お互いに過保護だよな」
「直兄、俺……どうしたらいいと思う?」
「たくさん考えて、悩んで。自分で答えを出すしかないよ」
結局俺は、なりちゃんと同じ選択をして、就職してから一年後、貯めたお金で一人暮らしを始めた。
家の手伝いはよくしていたし、家事能力には自信があった。
あのアパートは、大人が四人で暮らすには狭かったし、姉二人に何かがあったときに助けられるよう、俺は外で荒波に揉まれて大人になるべきなんだって思ったんだ。
※
花凛と出会ったのは、会社だった。
隣の部署にサポート係として入ってきた派遣社員で、業務上の関わりがない、同じオフィス内で働いている大勢の中の一人。
そんな俺らが会話するようになったのは、会社の懇親会がきっかけだった。
「長峰さん」
呼ばれて振り向けば、そこにいたのは頭のてっぺんからつま先まで、キレイに整えた女の子。
「どうも。島田です。物流課の」
「ああ、どうも。長峰です。飲んでる?」
「はい。社内で噂のイケメンを間近で拝みたくて、声を掛けてみました」
「ハハ。どうも」
「なるほど。それがイケメンと言われ慣れてる人の反応なんですねー」
第一印象は、変な子。
「趣味なんです」
「何が?」
「他人の表情とか、その時の声の出し方とか、そういうのを観察するの。本物のイケメンってなかなか接する機会がなかったので、長峰さんに興味があったんですよね」
「なんか、そういう仕事でもしてたの?」
「へ?」
「いや、なんか、深いなと思って。そういうところを見る必要のある仕事してて、染み付いてるのかなって思っただけ」
「へぇ! 顔がいいだけじゃないわけですね」
「そりゃどーも」
「派遣社員って、夢破れたような人種が集まってますからねー」
とても上手に笑った後で、彼女は同僚のもとへ帰っていった。
それから、社内で擦れ違えば声を掛けるようになった。
だけど、ただそれだけだ。
顔見知りの会社の人。それ以上でも、以下でもなかった。
「長峰さんじゃないですか。イケメンのイケボで、『今日も一日頑張れよ』って言ってみてもらえません?」
「おー。今日も一日、頑張れ」
「あざます!」
たまに変な要求をしてきて、笑わせられる。
明るく元気な変な奴。
「島田さん。おやつ?」
オフィス内にある社員専用のコンビニで彼女を見掛け、声を掛けた。
「あら、長峰さん。サボりですか?」
「俺がサボりなら、君もサボりだよな」
「いやぁ、小腹が空いて、どうにも業務に集中できなくてですねー」
「何買うの?」
「口の中は完全にバウムクーヘンなんですが、これ、ちょっと大きくて食べきれないなと、悩んでいるところです」
「ふーん。半分こ、する?」
「いいんですか?」
答えの代わりにバウムクーヘンを手に取り、自分のコーヒーと共にセルフレジへ向かう。ちょこちょこ後ろをついてきた彼女が、楽しそうな声で告げた。
「ひゅーひゅー。行動までイケメンですねー」
「全部俺が食べる」
「イケメンの意地悪、最高です」
思わず噴き出して笑った俺を見て、彼女はまぶしそうに、目を細める。
「素の笑顔、かわいいですね」
なぜだか耳が、熱くなった。
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