第4話 俺に主人公は務まらない2

「――お、おいやべーぞ! 誰かがサツ呼んだくせぇ! 逃げねーと!」


「わーってるよ、少しは落ち着け……もしまた会う機会があったらそん時は俺と楽しんでくれよな?」


「おいタツマ!」


「はいはい、わーった、わーった」


 間もなくして男共の声が聞こえなくなった。


 上手く、いったのか?


 結果や如何いかに、俺は顔をひょっこと出して確認する。


「ふぅむ、どうやら無事に追い払えたようだね」


 大前が口にした通り、男共の姿は既になかった。残された女性はキョロキョロと辺りを見回している。警察が来るのを待っているのだろう。


 あの女性はしばらく時間を無駄にするだろうが、いずれ気付くだろう。誰かが警察を呼ぶ振りをしたってことに。


 もしかしたら今度はその誰か、つまりは俺を探し出すかもしれないが……それも、遅かれ早かれ気付くだろう。とうにいないってことに。そうしたら諦めて帰ってくれるはず。


「ここに長居しててもしょうがないし、帰ろうぜ」


「帰る? はて、君はなにを言ってるんだい? ヒロインに助けた存在として認知してもらうまでがラブコメだろう? とぼけているのかそれとも天然なのか……恐らく前者だろうが――さっさと向かいたまえ、天野君」


 素直に従ってくれるとばかり思っていたからこそ、俺は大前の発言に動揺を隠せなかった。


「いやいやいやいやちょっと待て。ナンパを探して救うまでがお前の提示した条件だったよな? んでそれは奇跡的にも現実のものとなってお前の望みは叶ったわけだ。んじゃ終わりでいいよね? ってなるだろ普通」


「いいや、普通の男子高校生だったらこの状況、喜んで向かうだろうね。となるとやはり……ふむ、私の目に狂いはなかったな」


 最後の方がよく聞き取れず、俺は「え、もう一回言ってくんない?」と聞き返した。


「こっちの話だ。というよりまだそこにいたのか君は」


「ん? 目障りだから帰れってこと?」


「違う。不安を抱いているであろう彼女を一秒でも早く安心させてやれと言っているんだよ。まったく、人の話はちゃんと聞くものだぞ? 天野君」


「いやそれこっちのセリフなんだけど。帰ろうぜって言ったよね? 俺」


「……まさかとは思うが、意地でも行かないつもりかい?」


「そのまさかですね、はい」


 俺が即答すると、大前は「ふぅむ」と零して視線を落とした。なにやら思案している様子だ。


「……わかった、なら私が行ってくるとしよう」


「え、お前が行ってもどうにもならんくない?」


「そうとも限らないよ。なにせ私は彼女に天野君が助けた事実と天野君の連絡先を伝えてくる気でいるからね」


 大前はさらっととんでもないことを言い放つ。


「うん、やめて。迷惑になると思うからやめて」


「迷惑にはならないよ。むしろその逆、彼女の知りたがってることを教えてあげるんだから、感謝されてもおかしくない」


「じゃあ俺の迷惑になるからやめて」


「なら君が行けばいい。簡単だろ?」


「いやだからそもそも俺は行く気が――」


「そうか。では私が」


「だからそれもおかしくない? って話で――」


「タイムイズマネー。君か、私か、3秒以内に決めたまえ」


 海外コメディドラマを彷彿ほうふつとするような会話の応酬おうしゅうを経て、大前は理不尽な二択を強引に突き付けてきた。


「3」


「待て待てどうしてそうなんだよおかしいだろ――」


「2」


「つか俺の意が一切汲まれてないんだけど――」


「1」


「ちょ、マジほんと嫌なんだって。なんかこう、恩着せがましいというか――」


「ゼ――」


「わかった! 俺が行ってくる……俺が行ってくるから、お前はここで待っててくれ」


 もはや消去法だった。大前に行かせたら連絡先どころかあることないこと言いふらされる可能性がある。それなら自分が向かった方がいいと俺は判断した。


「ふむ! では天野君に任せるとしよう!」


 なにをぬけぬけと……はなから俺を出向かせる気満々だったくせによ。


 俺は心中で大前に悪態をつきながらも、重たい足を進めた。


 この場合、なんて声かけるのが正解なんだよ。「大丈夫? 怪我はない?」とかが無難か? う~んなんだろ、俺のキャラに合ってない感が半端なさすぎて、口にしてる自分を想像しただけで鳥肌立つわ。そういうのは少女漫画に登場するようなイケメン君にしか許されんわな。


 んじゃ逆に助けたのはあくまで見返りの為、的な感じでいくのはどうだろうか? 「俺は感謝を言葉や態度じゃなく形で返してもらいたいんですよね……例えば、お金とかね」みたいな。


 ……いけ好かないっていうか、さっきのナンパよりも質の悪い奴になっちゃってんな。


 助けた側としてどう接するのが正解なのか、そう考えてしまっていること自体が不正解なんだと俺は遅れて気付いた。


 どれだけゆっくりだとしても、歩いているからには着実に距離は縮まっていくもので、遠くて不明瞭ふめいりょうだった彼女の姿は、今じゃハッキリと視えている。


 〝俺と同じ高校の制服〟を身に纏った彼女は、いつかのおっちょこちょいな〝店員さん〟だった。


 ナンパを探して救う、その難題をクリアしただけでも奇跡と呼べるのに、その救った相手がまさかの〝タルタルソースさん〟だなんて……これはもう、天文学的確率なんじゃ。


 俺は口を開けたまま彼女に人差し指を向けた。


 彼女もまた、目を見開いて俺と同じ動きをする。


 そして――、


「「あの時の」」


 俺と彼女は同時に声を発した。

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黙ってれば美人と囁かれている自称ネット小説家の女子にナンパを探して救ってと頼まれ、実際に見つけて助けた結果、ラブコメが始まった。 深谷花びら大回転 @takato1017

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