第3話 俺に主人公は務まらない1

 人気のない高架下。壁面に描かれたカラフルでポップな落書きが治安の悪さを象徴しているこの場所で、俺達はナンパの現場を発見した。


 明らか嫌がっている女性に対し、二人組の男はお構いなしに詰め寄り、下心スケスケな言葉をぶつけている。


 その様子を俺と大前は物陰から窺う。


「天野君天野君天野君ッ! ほら見たまえッ! ナンパだよナンパッ! ラブコメの始まりを表すと言っても過言ではないナンパが今、私達の前で繰り広げられているよッ!」


「ちょ、声でけえって! ヤツらにバレるだろ!」


 興奮のあまりか、ボリューム調整を盛大にミスった大前に、俺はひそめた声で注意した。


「すまない。少し取り乱した」


 少しってレベルじゃなかったけどな。小学校低学年の子がカブトムシ見つけたぐらいのはしゃぎようだったし。ほんと事情を知らなかったらただのヤバいヤツだからね?


 無言でいる俺を見てどう捉えたかは知らんが、大前は「んんッ!」と気を取り直すように咳払いをした。


「いやしかし、本当にお目にかかれるとは思っていなかったよ。否定できないとはいえ、可能性は限りなくゼロに近かったからね」


「お前自身も期待してなかったんじゃねーか! つか、悠長ゆうちょうにくっちゃべってる場合じゃないだろこれ」


 あの女性がどれだけ必死に抵抗しようと力じゃ男共には勝てない。仮に俺らが加勢に行ったとしても数で勝るだけ。男が俺一人だけじゃ心許こころもとないっていうか確実にボコられて終了だ。その後のことを考えると、やはり加勢は得策じゃない。


 深刻な事態に大前も神妙な面持ちで頷く。


「確かに、このままだと彼女が危険だね」


「だな。ちなみになんだが、プランていうか、見つけた際の対応をどうするか予め考えてきてたりするか?」


生憎あいにくだがプランなんて大層なものは持ち合わせていないよ。ただ、この場をおさめることができる人物になら心当たりはある」


「ん? 他に誰かいるのか?」


 辺りを見回してもそれらしき人物は見つからなかった。


 誰もいないじゃんかよ。そう言おうと大前に視線を戻すと、彼女は俺を指差していた。


「え、なにそれ? お前はもう死んでいる的な意味?」


「この私がそんな安直なパロディに走るわけないだろ……君だよ君、天野君が彼女を救いに向かうのさ」


 あーなるほどね俺があの女性を救えばいいのね――ってどうしてそうなるのッ⁉


「いや無理! 無理無理無理ッ! そんな勇気ある行動、俺にはとれない!」


「いいや、君ならできる」


「できるわけ! あんな怖そうなヤツら相手にするとか無理だから! 恐怖で喋れなくなる自信しかないから!」


「なぁに、君も目つきだけなら彼らに引けをとらないよ」


「フォローになってねーよッ! つかあれだ、俺コミュ症だから容姿とか関係なかったわ。人ってだけで喋れなくなるんだったわ」


「なら拳で語り合ってくるといい。そうすれば君のコミュ症も少しは改善されるだろうし、彼女も救える――まさに一石二鳥!」


荒療治あらりょうじすぎんだろッ!」


 俺がそうツッコむと大前は失望したかのように軽くため息をついた。


「そうかそうか。天野君がそこまで頑なに拒むのなら仕方がない……残念だが彼女は諦めるとしよう」


「え、そんな、あっさり……」


 大前の切り替えの早さに俺は面食らう。


「おやおやどうしたんだい? そんな拍子抜け~みたいな顔して」


 寸前まで立ち去ろうとしていた彼女は、足を止めて振り返り、嫌味っぽく言った。


「いや別に……」


「――『この女、切り替えが早いな』とでも思ったのだろう?」


「………………」


 黙る俺を見て無言の肯定と受け取ったのか大前は続ける。


「できれば天野君が彼女を救い出すところまで見たかったが……ナンパの現場をお目

にできただけでもかなりの収穫、文句はないさ。だからもうここには用がない、簡単な話だろ?」


 諦めようと口にした割には、彼女の言葉はどこか挑発的だった。


「――いやッ! 触らないでッ!」


 狙ったかのようなタイミングで女性の叫びが響き渡ってきた。動き出せない俺を責めるかのように思えてしまうのは自意識過剰だろうか。


「いやぁ苦しい、心が締め付けられるよ……ねぇ? 天野君」


「あぁもうわかったよ! やればいんだろ? やればッ!」


「おおうッ⁉ やってくれるのかい? 天野君!」


 わざとらしい反応をした大前に、俺は舌打ちしてみせる。


「けどお前の求めには応えないからな」


「と、いうと?」


「どうせ主人公がヒロインの前に颯爽さっそうと現れ救い出す、みたいなのを期待してんだろ? わりぃがそんな恥ずい真似、する気はさらさらねぇからな」


「はっはっは! それはやろうと思えばやれるってことかな?」


 俺はなにも答えずに大前から視線を外す。


 すると大前は再び笑い声をあげた。


「構わないよ。好きなようにやりたまえ」


「言われなくても……」


 俺はその場で深く息を吸い――そして、


「お巡りさあああああああああああああんッ! あそこでえええええええええええすッ! あそこで、嫌がる女性に無理矢理ワイセツなことをしようとしている輩がいまあああああああああああああすッ!」


 天に向かって嘘を叫んだ。

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