第2話 ドラゴンとナンパ

「ナンパだよナンパ! 窮地きゅうちのヒロインを主人公が助け、物語が始まる――ラブコメにおける定番のイベントじゃないか!」


「え、ラブコメ?」


 そう俺が聞き返すと大前は「そうラブコメさ!」と両手を広げて言った。


「あーもしかして、〝新作〟書き始めた?」


「いかにも! だがどうにも筆が進まなくてね。恥ずかしい話、序盤で詰まってしまっているんだよ」


 自虐的にな笑みを浮かべている大前を見て、俺は一人納得した。


 どおりで話の趣旨しゅしが掴めないわけだ。まさか小説のことに関してだったとは……にしたってナンパを探そうって発想はおかしいと思うが。


「百聞は一見に如かず。うだうだパソコンの前で悩んでるより実際ナンパを目にして直接着想を得たい……つまりはそういうことか?」


「……認めたくないが……ま、そういうことだね」


 視線を横に逸らし、不服そうにに口元を尖らせる大前。それ以上は掘り下げてくるなと態度で語っている。


 だがしかし、大前には現実を知ってもらわなくちゃならない。自分の考えがどれほど甘いかを自覚してもらわなければならない。


「簡単に言ってるけど、実際問題そう都合よくはいかねーだろ」


「いいや、そうとも限らないんだよ天野君。可能性は十分にあるんだ」


「なに、ここら辺てそういうスポットなの?」


 俺は首を回して周囲を確認する。時間的に学生服が多く目につくが、チラホラとスーツ姿も見て取れる。


 通りすがりの人に声かけてるのもいるが、ありゃどう見ても居酒屋の店員だしな。目的が違う。


「そんな話は聞いたことないね」


「んじゃなにを根拠に?」


 俺は視線を彼女に戻して訊ねた。


 得意げな顔した大前が口を開く。


「君は、『事実は小説よりも奇なり』ということわざを知っているかな?」


「現実の出来事の方が空想よりも不思議なことがいっぱい……的な意味だろ?」


「そうその通り! この世界はフィクションを凌駕りょうがするほどの不思議で溢れている! ……と、考えるとだ……」


 大前は顎に手を添えニヤリと頬を吊り上げる。


「裏を返せばフィクションでの出来事はこと現実においてなんら珍しくもないありふれたもの! となる。つまり助けを求めているヒロインの一人や二人見つけるのなんて造作ぞうさもないということだよ! わかるかね?」


「いやそれただの詭弁きべんじゃねーかッ!」


 身振り手振りを交えてまくし立てるように言ってきた大前に、俺は間髪入れずにツッコんだ。


 あーちきしょ、最後まで律義に耳を傾けていた俺が馬鹿だった。


 コイツの言うことは話半分に聞くぐらいがベストだな……そう俺は再認識する。


 一方の当人は呆れるように首を横に振った。


「否定だけされても困るんだがねぇ」


「だけじゃなねーよ。ちゃんと理由もある」


「ほぅ……」


 ではではご高説願おうか? 挑戦的な目をした大前が無言で続きを促してくる。


「ファンタジー小説なんかじゃドラゴンは定番中の定番だよな? 空飛んだり火を噴いたりなんかして……そんな目立つ存在を一度でも目にしたことがあるか? ないだろ?」


「ないね」


 ここであると言われたらお手上げ状態だったが、さすがの大前もそこまでぶっ飛んではなかったようで。


「そりゃそうだ。だってドラゴンなんて所詮は空想上の生物なんだから。フィクションなんだから」


 そう、フィクションでの出来事は基本、現実にはありえないんだ。故に詭弁、ナンパなんて見つかるわけがない。


「おやおや、なにやら勝手に解釈かいしゃくされてるようだ。いいかい? 天野君。私は見たことないとは言ったが、存在しないとは一言も口にしてないよ」


 だというのに大前は認めようとしない。


「おいおいまさか本気で言ってんじゃないだろうな? ドラゴンがいるかもって、現実と妄想の区別がついてない証拠だぞ?」


「ふぅむ、ならば証明してみておくれよ! ドラゴンがこの世に存在しないことを! ……そうそう、言っておくが〝いる〟を証明するより〝いない〟を証明する方が遥かに難しいからね?」


 大前は意地悪そうな顔してにじり寄ってきた。


「証明なんてしなくても、100人いれば100人が俺に賛同する! 賭けてもいいね!」


「数を盾に強がられてもねぇ。私はただ白黒ハッキリさせたいだけ、だから優位性を示されたくらいじゃ納得しないよ?」


 眼前までっ迫ってきた大前は、踵を上げ上目遣いで問いてくる。


「さぁ、早く証明を」


「ぐっ……」


 吐息がかかりそうなくらい顔を近づけてきた大前。コミュ症兼童貞の俺には耐えられず、後ずさる。


「おっと、すまなかったね。君のパーソナルスペースにずかずかと入ってしまって」


「き、気にするな」


「そうかい? ではお言葉に甘えて気にしないことにしよう――ささ、天野君、遠慮なく証明したまえッ!」


 大前はとどめの一撃と言わんばかりにビシッと人差し指を突き立ててきた。もはや逃げ道はなく、俺は白旗を振る。


「無理、証明なんてできない」


 否、できるわけがない。大前の言った通り〝ない〟を証明するのは限りなく不可能に近い。


 あるを証明するのであれば実際にドラゴンを見つけ連れてくればいいだけ。しかしないを証明するならば、世界中をくまなく探す必要がでてくるからだ。ドラゴンの定義によっては海中も……それだけやっても恐らく不十分だろう。


 つまり、この話の流れになった時点で負け確だったってことだ。くそ、もうちょい早く察していれば……。


 俺は大前に睨みを利かせるが、彼女の余裕ある表情は崩れない。


「ドラゴンの存在を完全に否定できなかった君は、それでもまだナンパエンカウント否定論をとなえるというのかな?」


「いやドラゴンとナンパを一緒くたにされてもな……というかナンパエンカウント否定論ってなんだよ。そんな頭の悪そうなもん、唱えた覚えがないんだけど」


「おや、それは負け犬の遠吠えと捉えていいのかな?」


「お好きにどうぞ」


「ふむ、ではお好きにさせてもらうとして――探しに行くとしようかッ!」


 そう高らかに声を上げた大前は、身をひるがえし、人の流れに混ざっていった。


 まあいいや。どうせ見つかんねんだし、てきとーに付き合って、テキトーなタイミングでおいとまさせてもらうとしよう。


――――――――――――。


 十分後。


「――や、やめてください」


「いいじゃんいいじゃん! 俺らと楽しいことしようぜぇ」


 ……え、嘘でしょ? マジで見つけちゃったんだけど。


―――――――――――――――――――――――


ここまで拝読いただきありがとうございます。深谷花と申します。

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