第1話 黙っていれば美人と囁かれるくらいに大前香苗はお喋り

 大前香苗。彼女は俺と同じく浅谷あさや高校に通う二年で、俺との関係は、まぁクラスメイトといったところだ。


 ただ、他のクラスメイト達と決定的に違うのは俺と普通に会話するという点。逆もまた然りで、大前もクラスでは俺としか話していない。


 これは大前の名誉のためにも言っておくが、なにもぼっち同士で慰め合うような、灰色の青春に無理矢理にでも青色を足そうとするような、そんな付き合いを俺達はしてるわけじゃない。ひょんなことから普通に会話を交わすようになっただけだ。


 ちなみに大前は学校内で〝黙ってれば美人〟とささやかれている。


 モデル顔負けと言うには些か胸が小さめだが、それでもスタイルは良い。加えて整った顔立ち。


 小説家と自称するだけあって肌は白く、それでいて黒髪ロング。幻想的というかオカルト的というか、おとぎ話の世界からこんにちはしてきたような美しさを持つ彼女は、きっと泉のほとりにたたずませるだけで絵になるだろう。


 だからこそ、大前の言動に男達は幻滅する。


 大前はそう……変なヤツなのだ。そのことを彼女も自覚している。


 なんでも創作者ってのは変人じゃなきゃ続けていけないそうな。もちろん彼女の持論であって真面な人もいるだろうが……うん、俺にはさっぱりな世界だ。


「…………」


 そんな彼女は今、不満そうな顔してビニール袋の中を睨みつけている。


「天野君。一つ聞いていいかな?」


「なんなりと」


「このモンブランを私は今、どうやって食べればいいのだろうか? もしその方法を知っているのなら、もったいぶらず可及的かきゅうてき速やかに説明してくれると助かるのだが」


「店員さんがつけ忘れた」


「だろうね。けど君は気付いていたんじゃないかな?」


「いや、えっと……それは……」


 言葉に詰まる俺を見て、大前はやれやれと肩をすくめる。


「お得意の〝コミュ症発動〟ってやつかね? まったく、君はそれを言い訳に人との関りを避けているだけじゃないのか?」


「んなことはない。なにせ友達100人作りたいって気持ちを小1の時からずっと変わらず持っているからな、俺は」


「じゃあ何故、フォークを一つお願いしますの一言が発せなかったんだい?」


 大前の率直な疑問に俺の口から「うっ」と情けない声が漏れ出てしまった。


「……店員さんがギャルで……めちゃ怖かってん」


「なるほどね。なら仕方ないか」


 ふむふむと頷き納得した彼女は、モンブランの入った袋を鞄の中にしまった。


「あれ、フォーク貰いにいかなくていいのか?」


「……どうして?」


「いやどうしてって、すぐにでも糖分が欲しいって言ってたのお前だろ?」


「……ああ! 確かに!」


 手のひらにポンと拳を置いて思い出したように言った大前。おいおいマジかよ、つい数分前のことだぞ?


「けどここで私自らが貰いにいったとしたら、おかしな話にならないかい?」


「……どゆこと?」


「私は天野君に買いにいってもらうよう頼んだわけだが……なにもなければ最初から私がいっていた。つまり、私にはコンビニに入れない理由があった、というわけだよ」


「ああ、なるほど」


 今度は俺が手のひらに押印する番だった。


 つか一回頼まれただけで応じちゃうとか、どんだけちょろいんだよ俺。


「んで、その理由ってのは?」


「簡単なことだよ。天野君が感じた通り、さっきの店員は中々に尖った見た目をしていた。あの手の人間とは昔から馬が合わなくてね、いさかいなんかもしょっちゅう。そういうのは疲れるし、なによりストレスが溜まるだろ? だから極力関わらないようにしているんだよ」


 ほおん、要は自己保身てことか。生き方としては賢いな。けど利用される人の気持ちも考えようね?


「あ~俺が言うのもなんだけど、人を見た目で判断すんのはどうなの?」


「逆だ、天野君。初対面の人間は見た目で判断するしかないんだよ。情報が圧倒的に不足しているからね」


「なんか、それっぽいな」


「ぽいじゃなくそうなんだよ…………それよりも、本題に入ろうじゃないか」


 にやけ顔から一変、真剣な表情をして言った大前だったが、俺は全然まったくこれっぽっちもピンとこない。


「あの、本題ってなに?」


「ん? 言ってなかったけ?」


「なにも聞かされてないどころか、半ば強制的に連れてこられたからな」


 ぽかんと呆けた顔をする大前。しかしその表情はすぐに崩れた。


「はっはっはっ! そうかそうか伝えてなかったか! それは悪かったね」


 ああ、絶対悪いと思ってないなコイツ。


 手を叩いてわざとらしく笑った大前を見て、俺はそう思った。


「ところで天野君。今は何時だい?」


「え? ああっと、16時30分だな」


 俺は左手首にはめてある腕時計チラと見て、表示されている時刻をそのまま大前に教えた。


「では、ここはどこかな?」


「どこって、駅前のコンビニだろ? なに、おちょくってんの?」


「そんなことはないさ。というより、そこまでわかっているんだから、後は自ずと見えてくるんじゃないかな? 答えが」


「あ? 時間と場所が関係してんのか?」


「そうとも! 今回に限っては――いつ、どこで、さらに言えば私と天野君が共にいる、この三つから本題の〝なにをするか〟が見えてくるはずなんだが……どうかな?」


 大前が試すような視線を投げかけてくる。


 正直言ってお手上げ、というかこんなもんわかるわけがない。カラオケ、ショッピング、ゲーセン等々、ぱっと思いつくだけでもたくさんあるってのに、その中からどれか一つに絞れなんて無理に決まってる。これこそ初対面うんぬんの際に大前が口にしてた情報不足ってやつだ。


 かといって素直に認めるのはこう、しゃくに障んだよなぁ。


 見逃してるだけであってヒントはすでに提示されてたり? と、俺は考えを巡らすが、


「………………ギブ」


 結局答えに辿り着くことができず、俺は早々に音を上げた。


「ふむ、では解を出すとしよう」


 そこで一旦言葉を切った大前は、俺の目を見据えてニヒルな笑みを浮かべた。


「放課後に! 駅前で! 私と天野君が二人揃ってなにをするか! それはズバリ――〝悪漢あっかんにナンパされて困っている女子を探し救う〟だッ!」


「………………ごめん、ちょっとなに言ってるかわかんない」


 彼女の言う解が、俺にはまったくもってせなかった。

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