ディグとノーツ 知恵の迷宮

三屋久 脈

知恵の迷宮

ディグの頭は爆発しそうだった。迷宮の難解な知恵を使う謎解きに、糸でもつれた頭の中がぱんぱんに膨らまされていた。

進まない思考に対して、むしろ時間の方が止まっているような錯覚と共に、額からにじんで滴る汗だけが、時間が進み続けている事をディグに伝えていた。その大きな腕と手で頭を抱えるも額から伝った汗は顎に辿り着き、ぽつりと足のつま先に落ちる。


限界だ。ノーツにあれだけ教えて貰ったのに。自分はこんな簡単な問題もやっぱりわからないし、ノーツのようにすらすらと得意げに、さも歌うようにダンジョンの謎解きなんて……。殴って解決すればそれで良いのだが、ディグの前にそびえたった壁は尋常ならざる分厚さだった。拳を立てればそれこそこちらの拳が潰されかねない頑丈さと重さを感じさせていた。


ああ、で、でもこんな簡単な問題もとけなかったら、ノーツに怒鳴られちゃう。ディグはそう思った。そもそもディグにとってノーツに怒鳴られる事よりも、せっかく謎の解き方や頭の使い方を教えてくれたのに、時間の無駄だった、と落胆されて嫌われて、ノーツにもう教えて貰えないんじゃないか?ダンジョンの冒険にもうついていかせてもらえないんじゃないか?と、そんな不安がディグを襲っていた。


「ああ!ううーっ!」

ディグが罠を踏んでしまい、ノーツとダンジョン内で分断されていなければ今頃、ノーツが水の上で舞うようにこの謎解きをやってくれていたのに。

罠にかかるのはそもそもこれが初めてではないのだが、一人密室に閉じ込められてしまうというのはなんとも情けない。というか、そもそも謎が解ければここは密室ではなくなるのだ。そんな事実がディグの脆い胸の隙間を風のように縫って通っていった。


「そこにいるんだろ!聞こえるかディグ!」

ディグはその少し赤みがかかった茶髪を手でぽんぽんと叩くと、壁の小さな割れ目に耳を近づけて、もう一度耳をすませてみる。

「おい!生きてるなら返事をしろ!お前がそう簡単に死なない事くらい知ってる!」

その高く、青く、しなやかな糸のような響きは間違いなくノーツのものだった。


「ノーツ!僕、生きてるよ!」

「中はどうなってる⁉こっちは魔物が沢山湧いてきてとにかくヤバいんだ、さっさとでてこい!」

ノーツは頭が良いが、複数の魔物との戦闘となると少々不安だ。華奢なその女の体と手に携えている装備はクロスボウという中距離向けの武器だ。いくらノーツでも囲まれてしまっては、その頭の良さも、武器も役に立たない。ディグはどうにかしてこの密室から出る必要があった。


「ここも謎解きが鍵になってるみたいなんだ、でもわからないよノーツ、助けて!」

「どんな風になってるのかまず説明しろ!」

ノーツに言われ、ディグは謎の描かれた壁を見る。擦れた黒の中に白い点が幾つも散っている──恐らくだがこれは夜を意味しているとディグの頭でも理解できた。しかし問題はここからだ、古代文字で綴られた蓋のついた箱が、壁に沿うようにして佇んでいた。

「ぁ、ぁあ……目の前に箱がある!あと壁一面に夜の絵が描かれてる」

「まずは箱を開けてみろ!」

間違えるかもしれないという分厚い氷を背負いながらディグは、おそるおそる箱の蓋を指でつついてから開けた。箱の中には三つの皿が並べられている。白い皿、黒い皿、半分になっている白い皿だ。

「お皿が二つ、半分の皿が一つ入ってたよ、ノーツ!」

「皿……?まだ何か壁に描かれていたりしないか?気づいた事を細かく教えろ、ディグ」

ディグはもう一度壁に目をやると、ふと蓋に何か書かれていた事を思い出し、その蓋を手に取って書かれている文字を眺めた。

朔望さくぼう、その重ねた日は二十二──

「下弦だ。半分の皿を壁に取り付けろ。窪みか何かあるだろ」


「お月様か!」

半分の皿を箱から取り出し、細めた視線を黒い壁に刺す。確かにお皿に合う形の窪みが見えた。

「凄いよノーツ!」そう歓喜しながら窪みに皿をはめ込む。

「下弦の月は左向きだ。皿を左向きにつけろよ!」

ディグの背骨に凍える電流が走り、出口を求めて胸の隙間から暴れてあふれ出そうになる、それを必死で閉じ込めようとするが、白い夜がディグの思考を塗りつぶしていった。夜の寒さがディグの背中をゆっくりと降りていく。


遅かった。カチリと音がたって、壁にはまった皿をひっぺがそうと必死になって爪を立てるが──つるつると……あまりにも皿は滑らかだ。


壁の隙間からノーツの、悲鳴とも驚きの声とも呼べる声が響いてくる。その声は中途半端に軽く、赤色が滲む。熱が踊って水が沸き立つようにディグは後悔していた。

「ディグ、てめえ逆につけやがったな!魔物がクソほど湧いてきやがった……早く終わらせてここから逃げるぞ、馬鹿が!」

言われたこともできなかった自分を酷く馬鹿だと思ったディグの視界は歪んだ。爪を立てるが上手く皿が取り出せない……焦ってしまって余計に。

「お皿が取れなくなっちゃったよ、ノーツ!」

ディグは壁の割れ目の方へと背後を振り返ったが、その声に返事は無かった。



風もないのになびく。空に溶けるような白い髪。

ノーツは駆けていた。背後を振り返ると、無数の気泡のように沸いて現れた魔物が、視界の奥までびっしり覆いつくしていた。


あの馬鹿が、よりにもよって二択で間違えやがって。


流石にこの数は自分を世界一の天才と思い込んでいるノーツでも気が遠くなるほどに多かった。こんな数を敵に回すのは波に浚われるのとかわりない。戦うくらいなら星を一つひとつ数えるほうが楽だ。


ぐんぐんと加速する時計の針のようにその足を巡らせる。ノーツが魔物の軍勢を引き離さなければ、ディグが出てきたときに魔物との戦闘が避けられなくなってしまう。ノーツにとって閉じ込められたディグを一人残して離れるのは心苦しい事だったが、他に手段は思い浮かばなかった。


ギチチと軋む音が、張った弦から指先へと抜けていく。淡く光る緑の結晶を先端に付けたボルトを、クロスボウに乗せるように装填させると、すぐさま目を肩肘で覆って天上近くに向かってそれを撃った。玻璃はりが砕ける音に耳障りな小鳥の悲鳴のような音が重なって一瞬共鳴する。


視界が小さな太陽に焦がされる。肘でつくった目隠しも意味を成さない程の眩しい閃光。視界の色がしばらく褪せてしまうほどの強い光の爆発に耳鳴りでもしているかのような軽い眩暈がノーツを襲う。


踊りを踊っているようだった。閃光弾をくらった魔物の軍勢はよろけ、混乱し、指先で壁を探るようにふらふらと歩きまわっている。これで魔物たちを撒ければしばらくは。



滑る爪、取り外せない皿、背を這い落ちる冷たい汗。閉じ込められているだけでもディグは焦りに身を震わせていたが、完全に冷静を欠いていた。ノーツに見捨てられてしまったと、ディグは自分を足手纏いだと、そう痛感していた。


いつも怒られてばかりで、さっきダンジョンに入る前に騎士団に襲われている竜乗りの女を助けた時もノーツに怒られた。

馬鹿なのかと。竜乗りの女は盗賊上がりの手配者だったらしく、何か悪い事をして騎士団に追われていたようで、下手をすれば僕たちは共犯者になる所だったのだ。多分騎士団のやつらは僕らの顔を覚えていないと思うが。


小さな壁の割れ目から小人の断末魔のような音が漏れた──この音はノーツの閃光弾だ。必死に戦っていて会話するどころじゃなかったんだ。ノーツは恐らくまだ僕を見捨てていない。

ノーツが打ち上げた小さな太陽がディグを襲う白い夜に夜明けを告げた。


諦める訳にはいかない。何か出来ないかと辺りを見回してみるが、箱以外に何もない。箱を覗いてみるが二つのお皿があるだけだった。白いお皿と黒いお皿だ。とりあえず白いお皿を手に取って壁を眺めてみる。


──希望があるかもしれない。夜の壁には、ぴっちりとはまったお皿の横に、まだ窪みが幾つかある。丸い窪みが二つと、はまったお皿の丁度逆側に左向きの半月状の窪みが見える。これこそが下弦の月の窪みだ。

下弦の窪みに、白い皿を少しずらして重ねて、丁度半分の所に指を置いておく。ディグはその尺に合わせて白い皿を真っ二つに綺麗に割った。窪みにぴったりはまるように、慎重に床で重ならない部分を擦って削る。


出来た。これも下弦の月だ。上から下へ、撫でるように優しく、半分に割った満月の皿を下弦の窪みにはめていく。


カチリと音が鳴った。迷宮が揺れ、密室の壁が沈み、ノーツのその顔が見えた。白い夜は明けたのだ。

「やったんだ‼ノーツ、僕ちゃんと出来たよ!」

「ああ、ディグ、良くやったな」

迷宮を揺らした壁がガツンと音を立てて沈みきると、一目散にノーツのもとへ。


「おい抱きつくな!ディグ、お前は馬鹿でかいんだから潰れちまうだろ」

嬉しくて嬉しくてたまらなかった。ノーツが自分を見捨てなかった事も、自分で考えて一度は失敗した謎を解いた事も、密室から脱出できた事も。ディグの胸は暴れ跳ねて空を飛び越してどこかへ行ってしまいそうだった。


「ノーツ、魔物はどうしたの?」

「全部撒いたよ、私は天才だからな。アイツらから逃げきるくらい簡単だった」

「流石だね」


取り敢えず一度、この迷宮から出る事にした二人は、出口へその歩みを進める。


出口へ──ただ正確には入り口だった。来た道を戻るのだ。

もう入り口は見えている。


ディグはやけに光沢のある金属で飾り付けられた箱をみつけた。一瞬、見覚えがあるような気がしたが、密室から脱出したてのディグにとってその疑問はほんの些細な事だった。


装飾を指で撫でる。つらつらとした触り心地さえ綺麗だ。きっとこの箱だけでも相当の価値があるのだろう。鑑識眼を持つノーツに知らせなくては。

「宝だ!ノーツ、宝があるよ!」

ディグは言いながら箱の蓋を開いた。

「おい!来た時に教えただろ!そのチェストは罠だ!──


揺れる迷宮、閉まる出口、背を撫でる冷たい汗。

ゴチンと音が立つ。横から滑って来た大きな壁が、ハサミを閉じるように出口を塞いだのだ。また白い夜がくる。

「馬鹿が!来るときに散々注意しただろ!一回で覚えろ!」

「ああ!ううーっ!ごめんよノーツ……」


蝉のように鳴る乾いた鐘の音が迷宮に響く。音はこの箱の中から鳴っているのだ。とてもやかましいし、とにかくこれは不味い。


ノーツの方を振り返った瞬間だった。

弦を弾くクロスボウの発射音と、ノーツの低く唸る声。さらにそれに肉を強く叩く音が混じる。そして鐘はまだ鳴り続けている。


ノーツが魔物に馬乗りになって襲われていた。クロスボウを盾替わりにするも、噛みつかれたその牙にバキリとへし折られてしまう。ディグが急いで魔物に突進するが間に合わない。


魔物はノーツの首筋にそのナイフのような牙を突き立てた。顔を震わせながらその牙を更に奥深くへと沈みこませている。ふざけるな、こんな事あってたまるか!


ディグはその尖らせた肩で魔物を押しのかせるように突き飛ばした。迷宮の壁に叩きつけられた魔物の悲鳴が響いて鐘の音と重なる。ノーツの傷は思ったより深い。

「死ぬかと思った。助かった、ディグ」

どくどくと、その痛みが溢れ出ていた。

「何を心配そうな目で見てるんだ。大丈夫だ」


大丈夫ではない。出血量が多いのもそうだが、一番の問題は首から出血しているという事だった。ディグは素直にノーツの言葉を受け取れなかった。首の怪我は止血出来ないのだ。出来たとしてもお互いにやり方を知らない。


空気が吸えて、声を出すくらいの事が出来る強さで包帯で首を軽く締めるノーツ。それをディグは見守るしかなかった。


「おい心配するな、絶対に助かる」

「うん……」

「あの鐘の音だ。すぐにでも沢山の魔物が押し寄せてくるはずだ。手際よく出るぞ」

「うん!」ディグはいつもより高い声で頷いた。

ディグは樽を担ぐようにノーツを担いで出口へと急いだ。


出口につくと両開きの分厚い壁が二人の行く手を阻んでいた。壁の中心には青い水晶が埋め込まれていて、それを囲う無数の白い点や、ぽつんと一つ小さな白いお皿が描かれていた。ディグの頭でも恐らくだが、これは空の向こう、星々を遠くから見た光景である事が理解できた。


小さく揺れる。この揺れは──ディグが後ろを振り向くと、幾千もの魔物の大軍勢がすぐ遠くに小さく見えた。大軍勢が走るその地響きの揺れだ。


「おい、ディグ。覚えているか?来た時に誰かが作っていた脱出用の魔法陣がこのすぐ近くにあったろ?」

「うん」

「お前の体が大きすぎて二人一緒に魔法陣で脱出できない……ディグ、先に外に出てろ」


「え?」

ディグの頭が空白で埋め尽くされた。真っ白な太い線で視界を遮られたようだった。魔法陣は使用すると半日程の間、魔力の充填時間の問題で再度使用できないのだ。


ディグに抱えられた腕から、ノーツは降りた。少しよろめきながらも壁の近くにある石板に手をかける。その石板にはいくつもの数字が書かれた小さな石がパズルのように並んでいる。おそらくそれらを並べ替えて数字を完成させるのだろう。


「私は謎を解くから、ディグ、お前は魔法陣で先に脱出しろ!」


だがだ。そうは言っても間に合わないのだ。謎を解くより幾千もの魔物に蹂躙じゅうりんされる方が早いのだ。ディグの頭でもそんな事くらい明白だった。再び魔物の軍勢に目をやるディグ。ノーツはディグにのろまと言わんばかりに眼光を尖らせて今日一段と怒鳴った。


「おい、聞こえたなら指示に従え馬鹿が‼これはお願いじゃない、命令だ。ディグっ!」


魔法陣、軍勢、ノーツと、回るように目線を巡らせるディグの白い夜が深みを増す。冷えた血が肩に登り、上手く息が吸えない程に呼吸が乱れる。


だがだ、確実だと思う事はたった一つなのだ。恐らく壁の謎は星の動きにまつわる物で、一定の周期から逆算して太陽の場所を数字で答えるようなものなのだ。それだけはさっきの謎を目の前にしたディグには不思議と理解できた。


「ディグ‼さっさと逃げろって私が言ってるんだ、従え馬鹿が!」


────「嫌だ‼」


ディグの怒声にノーツは産まれて初めて驚きを感じ、鼓動が胸の先を駆けた。


ディグは塞がった壁の隙間に力の限り指をめり込ませ、その大きな剛腕を震わせる。段々と高鳴る唸り声を上げて、力の厚みを徐々に重ねていく。


揺れる、揺れる。ディグのその両腕の力が壁を伝わって、この迷宮……ノーツの立つ大地を揺らしているのだ。ノーツは驚きのあまり声が詰まって上手く舌が回らない。馬鹿すぎると素直にそう思ったのだ。


「さ、さっさと逃げろディグ‼間に合わなくなるぞ!」

「それはノーツが間に合わないって事なんだよね⁉僕はそれが嫌なんだ!絶対に、絶対に嫌だ‼」


巨獣の雄たけびが響いていた。ディグの喉から出ている雄たけびだ。とんでもなく大きく、やはりそれはディグが獣人だと言う事を知らしめる。叫ぶディグのその目に赤の雷が落ちた。それに続くように腕の筋肉が煙を上げながら膨れ上がる。


ディグの上げる熱の煙を割るように、白い光の筋がノーツの顔を照らした。


ほんの少しだが、ディグが隙間を開けたのだ。声だけが通るあの壁の割れ目のように。壁がほんの少し、確かに開いている。


息も吸わぬ間にノーツも壁を開けんとその手を挟む。二人の怒声とも言える唸りが重なっていく。星を見上げるように力を込めると、込めたぶんだけ顔が上を向く。二人揃って少しずつ上を向いていた。


少しずつ開いていく隙間から大きな鳴き声が聞こえる。竜の鳴き声だ。かなり近い気がする。


ガクンとノーツが通れるくらいの隙間が開く。外が見えるがノーツは身体をつっかえさせるようにして足や背中、両腕を使って扉を開けようと踏ん張った。


怪我人とは思えない程の力で壁を蹴るノーツ。目の血管を切らすほどに剛腕の力を振り絞るディグ。その二人の力の限界は留まる事を知らなかった。岩が擦れるような音が聞こえてくる。


視界は光に塗りつぶされた。夜明けが来たようだった。目を刺す痛みが嬉しく感じる。だがすぐ側に魔物の軍勢は差し迫っていた。流石に外に出ても、もう逃げ切れない、いつか追いつかれる。ノーツはそう感じていた。


外に二人走り出た所を影に照らされる。竜だ、竜が私たちを目掛けて舞い降りてくる。最悪の挟み撃ちだ。落胆したノーツは体力の限界もあってかその場に崩れて座りこんでしまった。

「東へ、取り敢えず東へ逃げろ、ディグ。町にアイツらを連れていくな。東には川があるからやり過ごせる」

風にはためく船の帆のような響きをもつ竜の息がノーツの頭に降りかかる。


「やあ。変な鐘の音がするって思ったら。感動のご対面って訳だ」

竜が女の声を……いや、この竜は見た事がある。迷宮に入る前に助けた犯罪者の──


「乗りなよ!デカいほうも乗れると思うよ」

竜に乗っている女がそういうと、竜は翼を降ろしてディグとノーツが乗りやすいように体を傾ける。

「早くしなよ」

「あ、ああ!助かったよ」


ディグとノーツは竜に乗せてもらった。竜は荷物が増えたのにも関わらず軽々と翼をはためかせ空を飛んだ。地面には魔物の群れがわらわらと迷宮から溢れ出す様が見える。ひとまずは安心だ。二人で脱出できたのだ。


「助かったよ、竜乗りの。アンタ名前は?」

「名乗るほどのものでもないさ」

まあ指名手配者だからか。名を聞くのは無粋だ。

「助けてくれてありがとう、竜乗りさん」

「ん?ああ、困った時はお互い様だ。気にする事なんかないのさ」


風になびくノーツの、血の斑が混じった白い髪。そっと首に手をあてる。首の傷はすぐに拠点に戻れば問題なさそうだ。


ディグはひっそりとくすねてきた黒いお皿をノーツに見せた。

「閉じ込められた部屋にあったんだ、この黒いお皿はなんなのノーツ?」

「新月じゃないか?影に照らされた月だよ。みる所……価値はなさそうだな」


それでもディグの顔には三日月が浮かんだ。それに気づけば陽も落ちて、もう浅い夜だ。満天の星空がきらきらと、夜の黒に散りばめられている。雲がかかって月は見えないが澄んだ夜空が地平線のどこまでも続いている。


「またダンジョンに連れてってくれる?ノーツ」

「ああ。私は世界一頭が良いからな、お前みたいな一級の馬鹿でも私の足でまといになることなんて、できやしないんだ」

そんな他愛もない会話に暮れる二人を、竜乗りの女は横目に眺めて少し笑顔になった。


流星の尾が夜を刻む頃。ディグとノーツの顔に影を落とした新月が、二人の旅路をつつましく、静かに見守っていく。きっとどこまでも。

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